第四章(5)
およそ三十分ぐらいの時が過ぎた頃だった。戦局に大きな変化が出た。
――ズドォォォン。
地響きのような音を立ててアンドアネルの街に墜落したのはロンセリア軍の大型魔法船だった。
「リーブッシュ級の戦艦が落とされたっ?」
目を疑う俺たち。たった今、魔王軍によって破壊されたと思われる魔法船はロンセリア軍魔法船団の中でも旗艦クラスの戦艦だ。超弩級の艦体サイズと攻守ともに充実した装備を誇り、アンドアネル防衛部隊の中心とも言える存在だ。今までの戦いでもよく活躍していて危ない場面もほとんどなかった。それが気づいたらもう墜落していたのだった。
「な、何が起こったんだ?」
戦艦がやられた辺りの空を注視していると。
――パアアアアアァァァァァ。
魔法の光が空を走った。
――ドドドドドォォォォォン。
直後にいくつもの爆発。
「ああーっ!」
たった一撃だった。たった一撃の閃光魔法によって何隻もの魔法船が沈められた。
「ア、アンドアネルの魔法船団がいとも簡単に……これはもしかして……」
こんなデタラメなことができる敵はやつしかいないだろう。
「魔王ギゾーカイ!」
ついに魔王がアンドアネルの空に現れたのだった。
「あの大きさと姿形、間違いないようだな」
バムントさんの視線の先にはしだいにプラントの方へと向かってくる大型モンスターの姿があった。体長は三十メートル以上、全身が鋼鉄のような皮膚に覆われており、クジラなどの海洋生物に似た見た目をしている。閃光魔法を得意としており、その威力は古今の魔王、魔法使いが使ってきたものの中でも明らかに群を抜いている。魔王モルグラッドと互角かそれ以上の能力、やつは史上最強の魔王だとも言われている。
「やはりギゾーカイ自らが戦場に現れましたか。ロウリーンでもやつが現れたとたん魔法力プラントが破壊されたらしいですからね。とにかく恐ろしい相手です」
ヤーレスさんの額に汗がにじむ。
――ドォン、ドォン、ドォォォン!
アンドアネルの街の上では魔法船団と魔王ギゾーカイの戦いが激化している。ギゾーカイの攻撃は厳しくまたも多くの魔法船が沈められていく。しかし、ロンセリアが誇る魔法船団も黙ってはいない。魔王はほぼ単独で行動しているようだった。弾丸や攻撃魔法の雨を魔王に降らせて確実にダメージを与えているようだった。
「ゴオオオォォォ」
遠雷のように空気を低く振るわせる魔王ギゾーカイの声。見ていると、魔法船との戦いの最中だったがギゾーカイは強引なまでに魔法力プラントへと迫っていこうとしているようだった。
「あいつ、なんとしてでもここに来るつもりだ!」
俺の声にヤーレスさんがうなずく。
「はい、その通りです。やつの狙いは魔法力プラントただ一つです。ロウリーンでの戦いでも同じだったようです」
准将は分析する。
「ここからが本当の正念場ですよ。やつを倒すだけなら魔法船団の力で可能かもしれない。ただし、時間がかかります。魔法力プラントを守りながらというのではかなり困難な作業になるでしょう。やつの突進はどうやっても止めることができないのです」
ヤーレスさんの言うとおりだろう。魔王ギゾーカイはほぼ単身で特攻してきている。いくら魔王といえどもこれは自殺行為だ。ロンセリア軍の兵力を持ってすれば充分に倒すことはできるだろう。しかし、自滅を覚悟でプラントを破壊しに向かってくるギゾーカイをすぐに止めることは大変に難しいだろう。
「おそらくギゾーカイはアンドアネルの魔法力プラントと共倒れになってもよいという覚悟なのだな。魔王自らでも軍のために捨て駒になることをいとわない考え方。敵ながら恐ろしいやつだ」
バムントさんの言葉。これも正しいのだろう。体に魔法船の攻撃を受けながらもこちらに向かってくるギゾーカイの目にはプラントしか見えていないのだろう。では、どうしたらいいのか。どうしたら魔王ギゾーカイからプラントの破壊を阻止できるのか。
「……情けない話ですけど、やはり我々にはロネア様に頼る以外ないかもしれないですね。自分の無能が恨めしいですよ、私は」
ヤーレスさんの悔しそうな顔。
「……そうですね」
俺たちも同じ気持ちだった。でも、きっとロネア様はこういう事態も想定してダラグネス・ロンテに乗り込んでいるのだろう。あらゆる計算からロンセリア軍を勝たせるための最善策として彼女はあの理不尽な兵器に乗り込んでいる。俺たちは本当に彼女には頭が下がる思いだった。
「始まる。ギゾーカイとロネア様の戦いが始まるぞ」
食い入るようにアンドアネルの空を見つめるノルノ。
「頼む、ロネア様。勝ってくれ」
俺たちも祈るように見ていると、
――カッ!
ギゾーカイが先に閃光魔法を放った。戦艦が一撃で落とされる威力のものだ。それをダラグネス・ロンテはバサリバサリ、とオーロラのような両翼を正面で閉じ、ギゾーカイの魔法を受け止めた。
――ゴォォォォォン!
大爆発が空で起こった。
「ううーっ。ロ、ロネア様はっ、ダラグネス・ロンテは無事かっ?」
ベランダにいる俺たちまで届くほどの爆風だった。少し経って、ようやく風が収まってきたとき。
「だ、大丈夫みたいだ!」
ノルノの声。目の前には依然として優雅とも言えるダラグネス・ロンテの姿があった。ロネア様はあの攻撃をほぼ無傷で耐えたのだった。
――ブワアアアァァァ。
閉じていた両翼が花のように開くダラグネス・ロンテ。そして、今度はロネア様の方から攻撃した。
「閃光魔法リュンドラーヌ」
そうロネア様の声が聞こえてきたかのようだった。ダラグネス・ロンテもギゾーカイとまったく同じ閃光魔法を放ったのだった。
ピカッ、とアンドアネルの街をすべて照らし出すかような鮮烈極まる閃光。
「ゴオオオオオォォォォォ!」
空にとどろく魔王の叫び。ギゾーカイの体で先ほどと同様の大爆発が起こった。どうやらギゾーカイはダラグネス・ロンテの魔法をうまく防御できなかったようだ。体の一部がごっそりと削り取られており、見るからに大きなダメージを負ったようだった。
「ゴオオオオオ!」
怒りに狂ったような魔王の声。
――カッ、カッ、カアアアッ!
幾筋もの光の魔法を全身から放ってくる。磁石に吸い寄せられる砂鉄のように光の筋がダラグネス・ロンテに向かっていく。再び羽を閉じるダラグネス・ロンテ、その表面ではいくつものビーム状の魔法が突き刺さり、いくつもの爆発を生み出していく。
「ゴオオオ、ゴオオオ、ゴオオオ!」
ギゾーカイの魔法はまだ終わらない。マシンガンのように閃光魔法を撃ち続ける。
ドドドドド、ドドドドド、ドドドドド……。
爆発の炎に絶え間なくさらされるダラグネス・ロンテ。
「ぐうっ。な、なんて攻撃だーっ」
ギゾーカイによる攻撃はアンドアネルの城や街までも巻き込んでいるようだった。俺たちのいる場所でも大きな揺れを感じる。それに爆風に次ぐ爆風でとても立っていられないほどだ。状況は俺たちでさえ何がどうなっているのか分からなかった。ひたすら耳を打ち続ける爆発音だけが攻撃の凄絶さを物語っていた。
「ゴォォォ……」
しばらくして、ようやくギゾーカイによる一連の攻撃が収まったようだった。
「……み、みんな、怪我はなかったか?」
「ああ。わたしは平気だ」
声で互いの安否を確認する俺たち。辺りにはいまだ黒煙が濃霧のように立ちこめている。 ダラグネス・ロンテの様子はわからない。とても心配だ。あれほどの攻撃を受けたのだ。無事であると信じたいが不安の気持ちも強い。
「ロ、ロネア先生ーっ」
視界が悪い中、必死に呼びかけるノルノ。すると。
――フワアアアア。
風が辺りに巻き起こった。まるで台風のように強い風、ただし人を傷つけるような激しいものではなかった。暖かく春風のような強風。それが周囲に立ちこめていた煙をすべてどこかに吹き飛ばした。
「おお!」
視界が晴れ渡る。
「ロネア様!」
そして、目の前には大きく翼を広げたダラグネス・ロンテの姿があったのだった。
「わあっ! 先生は無事だ!」
ノルノの声に応えるように緑色に輝く両翼を羽ばたかせるダラグネス・ロンテ。次はロネア様が攻撃する番だ。
「閃光魔法サン・ヴァルミ」
鐘の音のように澄んだ声がかすかに響いたかと思うと、
――パアアアアアアアアアア。
光が、一本の光の柱が天から降りてきた。光の柱は空に浮かぶギゾーカイの体の真上に降りる。
――ズウゥゥゥゥゥン!
光の柱はそのまま魔王ギゾーカイの体を縦に貫いた。天から伸びる柱に串刺しにされたようになったギゾーカイ。
「ゴオオオオオオオオ!」
魔王の絶叫。ギゾーカイは体を貫く柱によって動くことはできず、上下の傷口からは間欠泉のように魔法力の黒い霧が吹き出している。
「すごい。こんな閃光魔法があったなんて……」
神々しいまでに厳か、残酷なまでに破壊的な魔法。もしかしたらこの魔法もロネア様が独自に開発し、対ギゾーカイ用に準備していたものなのかもしれない。まさに世紀の大天才の手によるものとしか考えられない所業だった。
「閃光魔法サン・ヴァルミ」
ダラグネス・ロンテによるもう一度、同じ魔法。ただ今度は数本もの光の柱がギゾーカイの体に突き刺さった。
「ゴオオオオオオオオオオ!」
断末魔とも思える声がとどろく。何本もの光が魔王の体を貫いている。空にまき散らされる黒い霧。空気に溶けるかのようにギゾーカイの体が体積を減らしていく。
「ゴオオオオォォォ」
なすすべなく力を失っていくギゾーカイ。
「ゴォォォ……」
やがて、魔王ギゾーカイは消えた。三十メートルはあった巨体のすべてを霧へと変化させて、アンドアネルの空の中に溶け消えてしまったのだった。
「……魔王が、消えた?」
すうっ、と閃光魔法の柱もなくなる。後には本当に何も残ってはいなかった。
「……た、倒したのか」
城のベランダから見ていた俺たちは呆然としてつぶやく。史上最強とまで言われた魔王がついに倒されたのだった。魔王の一体がこれでいなくなった。俺たちはあまりの出来事に喜んでいいはずなのに半ば信じられないような心持ちだった。
「やった! やった! やったーっ!」
ややあって、嬉しさを爆発させるノルノ。
「ロネア先生が魔王を倒したぞ。うっわーい! やったーっ!」
俺たちの口からも次々に喜びの声が出る。
「ロネア様、なんてすごい人なんだっ」
「厳しい戦いでした。でも、よく勝ってくださいました。さすがはロネア様です!」
「これで魔王もあと一体か。もう少しだな」
俺たちの前で神がかった強さを見せるロネア様とダラグネス・ロンテ。ロネア様はまさにロンセリアの女神のような存在だ。
「ロネア様の体は心配だがこの調子なら本当に魔王をすべて倒しきってくれるかもしれない」
俺たちがそう思ってダラグネス・ロンテを見ていると、
「えっ?」
突然のことだった。
「どうしたんだっ?」
ダラグネス・ロンテの光が急激に弱くなった。両翼の光はほとんど中心部分だけまでに減少したのだった。しかも、その小さな翼はふらふらとしていて動きが安定していないように見えた。
「ああっ。いけないっ」
そして、ついに小さくなったダラグネス・ロンテはアンドアネルの街の中に落ちてしまったのだった。当然、ダラグネス・ロンテを中心部でコントロールしていたロネア様の身に何かがあったと考えるべきだろう。
「これはロネア様が危険です!」
ヤーレスさんの顔色が変わる。
「早く彼女のもとに行きましょう!」
俺たちは急いで城から出て、ダラグネス・ロンテが墜落した辺りに向かったのだった。




