第四章(6)
「ロネア様っ!」
アンドアネル城の正面から伸びる大通りの一角にダラグネス・ロンテは着陸していた。半球に近い形をしたクルーザーほどの大きさの乗り物が道路の上に停まっていた。ロネア様は道に降りて、ダラグネス・ロンテの表面に手をついて寄りかかるように立っていた。
「ご無事ですか、ロネア様!」
ロネア様の側まで来た俺たち。彼女は俺たちに顔を向けた。
――はっ!
ロネア様の顔を見て俺たちは息をのんだ。
――まったく別人のようじゃないか!
ダラグネス・ロンテから降りたロネア様の顔は完全に老人のものだった。皮膚にはしわが多く刻まれており目はくぼんで頬はこけている。体も以前に比べかなりやせ細っているようだった。もともとの見た目が実年齢に対して若すぎたロネア様だが、それでも眼前にいる女性は年を取りすぎているように見えた。
「ロ、ロネア様……」
なんと声をかけてよいのかわからない俺たちに彼女は、
「……みなさん。来たのですか」
青白い顔で小さく言った。
「まだまだ戦いの途中です。危険ですよ。みなさんは万が一のときに備えて城に控えていてください」
そして、再びダラグネス・ロンテに乗り込もうとする。
「駄目だっ、先生っ」
ノルノがロネア様を止めるように飛びついていく。
「その体じゃもう戦うのは無理だ、先生! もう休んでくれ。早く病院に行こう、先生!」
ロネア様は体にしがみつくノルノになんとか笑みを作って向けた。
「ありがとう、ノルノ。でも、わたしはまだ戦わなくてはなりません。敵にはまだ魔王モルグラッドという恐ろしい相手が残っています。戦わなくては」
それでもノルノは、
「モルグラッドならわたしたちが倒す。だから、先生は休んでくれ。ダラグネス・ロンテにはもう乗らないでくれようっ」
俺も二人のそばに駆け寄る。
「ノルノの言うとおりです、ロネア様。あなたはもう充分すぎるほど戦いました。これ以上ダラグネス・ロンテに乗ると死んでしまいますよ! モルグラッドならこの前だっていい勝負だったんだ。今の俺たちなら勝てます。あなたは休んで……」
「トーイチ!」
急にロネア様が強い口調で俺の言葉を遮った。
「トーイチ、それにノルノ。二人とも魔王モルグラッドを決してあなどってはいけません。モルグラッドは本当に本当に恐ろしい相手なのです」
彼女はじっと俺とノルノを見る。
「この前の戦いでのモルグラッドは実力の半分も出してはいないかったでしょう。それに、私のまわりではモルグラッドよりギゾーカイの方が強いという意見も聞きますが、私の感覚ではまったく逆です。おそらくモルグラッドの方が強いでしょう。いや、強いというよりは力が計れない、底が知れない、といった感覚でしょうか」
ロネア様は俺たちを見回して言った。
「とにかく魔王モルグラッドは大変な強敵です。ダラグネス・ロンテの力を持ってしても必ず勝てるとは限りません。これからの私たちは一瞬の気のゆるみも許されないのです」
「…………」
ロネア様の言葉に圧倒されるように黙る俺たち。そこへ。
――ドドドォォォォォン。
空で大きな爆発音が鳴り響いた。
「なんだっ?」
音がした方を見ると、そこでは数隻の魔法船が煙を上げながら地面に墜落していく様子が目に映ったのだった。中には大型の戦艦の姿もあった。
「そ、そんな。今度は何が起こったんだ……」
一度に多くの魔法船が沈められるなんてことは尋常なことではない。魔獣どもの仕業とは考えにくい。かといって魔王ギゾーカイはもういない。あの魔法船たちはいったい何によって破壊されてしまったのか。
「あいつの仕業か!」
注視していると何か黒い影がものすごい速度で空を飛び回っているのがわかった。
――ズドォォォン!
その黒い影による攻撃でまたもロンセリアの魔法船から火が上がった。街へと落下していく魔法船。その間にはもう別の魔法船が黒い影によって攻撃を受けている。大気魔法の力により浮かんでいる魔法船や翼によって飛んでいる魔獣たちとは比べものにならないほどの飛行スピードだった。
「……とうとう現れたようですね」
縦横無尽に空を駆ける影を見ながらロネア様が言った。
「あれは魔王モルグラッドです」
「ええっ?」
その言葉に俺たちは驚きの声を上げる。
「あれがモルグラッドですって?」
「はい、間違いありません」
「しかし、モルグラッドはあんなとんでもない速さで動くことができたのですか? 以前の戦いでは私たちの重力魔法ティノートンを使った攻撃にもついて行けないぐらいの動きだったと思うのですが」
ヤーレスさんの質問にロネア様は険しい表情で答えた。
「おそらくモルグラッドはそのティノートンを使っているのでしょうね」
「え?」
俺たちは驚くというよりロネア様の言ったことの意味がわからなかった。なぜなら重力魔法ティノートンはロネア様が独自に生み出した魔法だからだ。この世でティノートンを使える存在はロネア様しかいないはずだ。それをなぜ魔王が。
「これこそがモルグラッドの恐ろしさなのです……」
青白いロネア様の顔がさらに血の気を失っていく。
「私が何年もかけてようやく編み出した魔法を、あやつはたったの数週間で身につけてしまったのです。それもティノートンと同時にほかの攻撃魔法や防御魔法も使える、という改良までほどこして。驚異的としか言いようがないほどの魔法に対する理解力です。だからこそ魔王モルグラッドは本当の意味での魔王、魔法の王なのですよ」
「……モルグラッド、そこまでの敵だったのか」
ロネア様の言葉によってようやく魔王モルグラッドの真の実力がわかり始めた俺たち。
「では、私は行きます」
ロネア様は細い階段をのぼってダラグネス・ロンテの上部に立つ。
「これ以上、モルグラッドを放っておくことはできません。このままでは魔法船団が全滅してしまいます。あやつは私が倒すしかないでしょう」
結局、俺たちはロネア様を止めるタイミングを逃してしまった。地面を離れて浮かび上がるダラグネス・ロンテ。彼女はその上から、
「ヤーレス、あなたはもう魔法力プラントに待機していてください。私が負けたらすぐにでもプラントを破壊するのです。そうすればいくらかモルグラッドの力も弱まるはずです」
「えっ、は、はい。わかりました、ロネア様」
次に彼女は俺に言った。
「トーイチ、おそらく勇者と魔王はコインの裏表のような存在だと思われます。人間を滅ぼそうとする魔王の魔法力とそれに対抗する勇者の力。いくら魔王が強くてもあなたならきっと倒すことができるはずです。最後まであきらめないでください」
「えっ? それはどういうことですか?」
俺の問いには答えずに、ロネア様は最後に笑みを浮かべた。
「みなさん、私はあなたたちと会えて本当によかったです。この一ヶ月間の私はまるで昔に戻れたような気分でした。本当にありがとう。そして、さようなら」
緑色の翼を広げて飛んでいくダラグネス・ロンテ。
「ロネア様!」
俺たちの呼び声にロネア様はもう振り返ることはなかったのだった。




