第四章(3)
「おっ。トーイチ、やっと目を覚ましたか」
ソファの上で起き上がった俺の耳にまず入ってきたのはノルノの声だった。
「……ここは?」
ぼんやりする頭でまわりを見回す俺。広くてあちこちが損傷している部屋。見覚えがあった。
「まだわたしたちはロネア様の部屋の中だ」
ノルノが教えてくれる。そうだ、ここは俺がロネア様と戦った部屋だった。
「おまえは丸一日も寝ていたんだぞ。まあ、体にダメージは残っていないようだ。安心しろ」
「そうか」
ロネア様には完敗だった。彼女は俺を気絶させただけだった。圧倒的なまでの力量の差だった。そのことはもう仕方がない。
「あっ。それより魔王軍はどうした? 戦いはまだ始まっていないのか?」
ノルノは近くの椅子に座ったまま、
「詳しいことはわからない。でもベランダから見える外の様子からすると戦いはいつ始まってもおかしくはないように思えるな」
俺は立ち上がる。
「なにっ。なら早く俺たちも前線に向かわないと! いや、それより魔法力プラントの方が先かっ?」
「それは不可能だ、トーイチ」
壁にもたれるように立っているバムントさん。
「俺たちはあの後からそのままロネア様の部屋に軟禁されているんだ。ここから外に出ることは許されていない」
その表情は当然、暗い。
「……そうですか」
ロネア様は絶対に魔法力プラントを停止させたくないようだった。戦いに負けた俺たちがこの部屋に閉じ込められるのも当たり前の話か。
「えーい、くそっ!」
俺は壁を叩く。しかし、このままここでじっとしているわけにもいかない。魔王軍との戦いが始まってしまう。
「バムントさん。この部屋、無理矢理に脱出することはできませんかね? なんとしても魔法力プラントを止めないと」
バムントさんは静かに首を横に振る。
「やめておいた方がいい。昨日のタイミングだったらともかく今さらプラントに行ってどうするつもりだ? 下手に動けば俺たちは反逆者扱いだぞ。ほかの兵士たちとも争いになる。この大事なときにみんなを混乱させることはできない」
「…………」
俺は無言でうつむく。バムントさんの言うとおりだ。今さら何をやったって遅い。俺たちはもうプラントには入れてもらえないだろう。
「こうなったかぎり俺たちにできることは、ロンセリア軍を応援することぐらいしか残ってはいないだろうな」
部屋の中をどことはなしに見つめながらバムントさんはつぶやいた。
「…………」
俺はうつむいたまま元いたソファーに座ったのだった。
しばらくしたときだった。
――ドゴン。
爆発音が遠くから響いてきた。慌てて俺たちは部屋の外に設けられたベランダに出る。
「あ、あれはっ」
ロネア様のこの部屋はアンドアネル城の中でもかなり上部に位置しているのでベランダからはアンドアネルの街が一望できた。
「火が、上がっている……」
城壁の辺りに見える黒い噴煙。遠くの空には無数の魔獣らしき影が見えていた。
「ついに始まったか」
しだいに大きくなる魔獣たちの影。動き出す数多くの戦闘用魔法船。旅客機ほどの大きさがある魔法船たちは攻撃魔法を発射できる大砲を武器に大空を駆けていく。魔王軍とロンセリア軍の戦いの火ぶたは切って落とされたのだった。
――ドゴン、ドゴン!
すぐに爆発音は増えていく。立ちのぼる煙も。空では激しく飛び交う魔法船と魔獣たち。両方が放つ攻撃魔法の光がいくつも明滅していた。
――パアアアァァァ、ズドーン!
爆発の光や音も近くなってくる。アンドアネルの街にも被害は出始める。空での戦闘はしだいに本格化していく。
「まだ始まったばかりだが戦況は互角か」
「いや、ロンセリア軍の魔法船がよく頑張っている。魔獣を一匹たりともプラントに近づかせていない」
ベランダから見える外の様子に釘付けになる俺たち。そこへ。
――ガチャリ。
入り口の扉が開いた。見ると部屋には一人の男が入ってきた。
「ヤーレスさん!」
真剣な表情で俺たちを見返すのは准将のヤーレス・サンパーだった。
「みなさんに話があります」
彼の言葉に俺たちは一度、部屋の中に戻る。
「ロネア様からの言づてです」
「ロ、ロネア様から?」
「ええ、そうです。魔王軍との戦いが始まったらみなさんに言うように私は命令を受けました。非常に重要な話です。よく聞いてください」
ゴクリとつばを飲んでヤーレスの次の言葉を待つ俺。彼は懐から小さな手紙を出すと一言一言を正確に読み始めた。
「トーイチ、バムント、ノルノ。あなたたちにはひどい目に遭わせてしまったことを本当に申し訳なく思っています。しかし、魔王軍との戦いが終わった頃にはきっと私の考えが正しいと理解してくれるはずです。魔王は必ず私の手で倒します。安心していてください」
続けるヤーレスさんの声音が少し固くなる。
「ただしもしも私が負けた場合、国中の魔法力プラントは即座に破壊、または停止することに決めました。詳しい手順はヤーレスに教えています。彼がすべてやってくれるでしょう。そしてトーイチ、バムント、ノルノ。あなたたち三人は私の代わりに魔王を倒してください。みなさんならきっとできるはずです。どうか私の勝手なお願いを聞いてください。あなたたちが最後の希望なのです。お願いします」
ヤーレスさんはそっと手紙をまた懐に戻す。
「以上です。みなさん、理解していただけたでしょうか」
「……はい」
重くうなずく俺たち。ロネア様の決意、そして俺たちへの深い信頼がはっきりとわかる内容だった。さらにロネア様は魔法力プラントの破壊にまで言及していた。ロネア様は万が一魔王に敗れたときのことも想定してなすべき事を冷静に判断していた。その私情にとらわれない姿勢は見事としか言いようがない。俺たちにできることは彼女の意思をしっかりと尊重して行動することだろう。もし魔王と戦うことになっても俺たちはけっして物怖じすることはないはずだ。
「では、みなさん……」
外に出るヤーレスさん。
「ロネア様の戦い、しかと目に焼き付けておきましょう」
俺たちもベランダに出て再び戦いの様子に目を向ける。
いよいよ激しくなる魔獣と魔法船の制空権争い。この空の戦いで魔法船団が負けてしまうと魔法力プラントは破壊され、全体の戦局でも大きく不利になってしまうだろう。重要な戦いだ。
「……ん?」
すると、何か大きなものが城の下の方から現れたのがわかった。
「な、なんだあれは?」
アンドアネルの空に浮かび上がってきたもの、それはまるで……。
「オ、オーロラっ?」
薄い緑色の光によって出来た巨大なカーテン。それは俺の知っているものの中ではオーロラという表現がぴったりだった。アンドアネルの空にかかった光のカーテンはしだいにその姿をもっとはっきりとしたものに変えていく。
「これは……翼……オーロラが鳥が持つような翼に……」
俺たちに目の前に現れたのは、鳥、いや神や天使の背にあるような荘厳な光の両翼だった。まばゆいまでの光の翼がアンドアネルの空、城とプラントの前方に揺れているのだった。
「敵の攻撃ではなさそうだが……」
突如として現れた翼をベランダの欄干から身を乗り出して見る俺たち。ヤーレスさんが一人、冷静に言った。
「みなさん、安心してください。あれは我が軍の兵器です」
「そ、そうなんですかっ」
驚いて顔を向ける俺たち。
「はい。あれはロネア様が中心となり今回の戦いに備えて急ピッチで開発を進めていたものなのです。なんとか完成が間に合ったようです」
ヤーレスさんは落ち着いた声で説明した。
「あれこそが首都最終防衛システム『ダラグネス・ロンテ』です」
「ダラグネス・ロンテ……」
「そうです。そして、あの翼の中心にいるのがロネア様なのです」
「ロ、ロネア様が? あの中に?」
「ダラグネス・ロンテの中心部、両翼の根元には半球状のコクピットのような部分があり、その上に立ってロネア様がダラグネス・ロンテを操っているのです」
「ロネア様が自ら、ですか?」
「ええ。あの兵器はロネア様専用に作られたものなのです。彼女にしか操ることはできません。しかし、その分だけ戦闘能力は絶大なものを発揮することができるのです。とりあえず見ていましょう。そのうち分かると思います」
空に浮かぶ巨大な両翼に目を移す俺たち。緑色の光がオーロラのように美しく揺らめいている。これだけを見ればとても兵器のようには見えないのだが。
少しして。




