第四章(2)
「冷徹にして無慈悲なる力の逆流。我が意志に従いて秩序ある相に転移せよ、万物は凍結せよ」
先にロネア様の魔法。
「氷雪魔法ツィハースレン」
ロネア様の足下から床を伝ってまっすぐに広がっていく氷。それが俺の足に絡まりつくとすぐに体積を増やしていく。足裏からくるぶし、ふくらはぎ、膝へと俺の体を凍らせながら駆けのぼってくる。
「あ、足がっ。動きがとれない!」
あっという間に腰の辺りまで氷の塊に閉じ込められてしまった俺の体だったが、
「こ、この程度でっ」
それでも俺は強引に動こうとする。体の中をめぐっている勇者の力を強く発動させる。
「おおおおお」
すると。バリン、とガラスが砕けるような音とともに俺の足を覆っていた氷がバラバラに砕け散った。このぐらいの魔法なら充分に勇者の力で対抗できるようだった。
「さすがトーイチ。勇者としての才能は歴代でもトップクラスのようですね」
「それはどうも!」
そのまま俺はロネア様との距離を詰める。
「やあーっ」
マイネストラスを振るう。とはいえロネア様を殺してしまうわけにはいかない。なので体を狙って峰打ちにしようとしたが、
「来なさい、ウェアズム・スタッフ」
ロネア様が愛用の杖の名前を呼ぶ。部屋の端に立てかけられていたその杖がロネア様の手元まで一瞬で飛んでくる。
――カキン!
甲高い音を鳴らしてマイネストラスとウェアズム・スタッフがぶつかる。ロネア様は正確に峰打ちを杖で受け止めた。
「なめられたものですね、私も」
次のタイミングではロネア様の方が先に動き出していた。軽いが素晴らしい強度をほこる魔法の杖が俺の脇腹を強く打ちすえる。
「ぐうっ!」
俺の顔が苦痛に歪む。
「く、くそうっ」
いったんは距離を取らざるを得ない俺。ロネア様は鋭い視線で、
「手加減をして私に勝てると思っているのですか? 本気できなさい、トーイチ」
「……わかりました」
確かに中途半端な態度で勝てる相手ではないようだ。ザ・センチュリーは武器を使った近距離戦でも俺を上回る。やりづらいうえにとても難しい戦いだ。
「では行きます!」
剣を振りかざしてロネア様に向かっていく俺。こうなったら流れの中でうまく勝機をつかむしかない。
「エアロ・ブロードアロー!」
まずは衝撃波を飛ばす。どの程度効くか。隙でもできればいいが。
「防御魔法マベールハイト」
魔法が速い。
「読まれていたかっ?」
衝撃波はロネア様の目前であっけなく散らばり、近くの家具や壁を傷つけるにとどまる。
「くっ。え、ええーい!」
わずかな隙すらロネア様には生まれなかったが俺も足を止めるわけにはいかない。勢いよく斬りかかっていく。
――カン、カカン、カン。
部屋中に鳴り渡る金属音。お互いの武器が交錯する。
「そこです!」
「ぐっ。無理かっ」
再度、俺はロネア様の杖によって追い返される。
「まだ、これから!」
平凡な戦い方で勝てないことはもう織り込み済み。俺はすぐ次の手に出る。
「はあっ」
俺はマイネストラスの柄をきつく握り、剣全体に勇者の力を行き届かせる。ガラスのような刀身がプリズムのような輝きを帯びる。
「もう一度!」
俺は剣を振り上げてロネア様に斬り込んでいく。
「何度やっても無駄ですよ、トーイチ」
「わかるもんか」
勇者の力によって威力が増した俺の剣がロネア様の杖とぶつかり合う。
――クワァァァン!
マイネストラスの力とウェアズム・スタッフの力が反応して不思議な金属音が部屋に鳴り響く。
「あたれえええ!」
俺は渾身の力を込めてマイネストラスを振り回す。単純な腕力ではロネア様より俺の方がまさるかもしれない。今はマイネストラスの力も増大させている。ここは多少強引にでも戦う方が得策かもしれない。
「たあっ、はあっ、うおりゃあ!」
俺の息もつかせない連続攻撃がロネア様をしだいに押さえ込んでいく、かに見えたが。
「……なかなかの太刀筋ですね、トーイチ」
後ずさるロネア様の表情には余裕すらあるようだった。
「でも、武器をうまく操るのに何も腕力は必要ないのですよ」
「えっ。うわっ」
ふとしたタイミング、俺が目一杯の力で振り下ろした剣はロネア様が斜めに構えた杖によって横に逸らされてしまった。その結果。
「なっ! しまった、くそっ!」
ロネア様の机の脇に突き刺さるマイネストラスの刀身。なんとか剣を引き抜くも俺は数瞬の間、無防備な状態をさらけ出してしまった。当然、その隙を見逃してくれるロネア様ではない。
「はっ!」
「ぐあああっ」
俺の体は杖に激しく打ちつけられて大きく後ろにはじき飛ばされる。
「うぐ……や、やばい……」
俺はマイネストラスで体を支えるようにしてなんとか立ち上がろうしたが、
「これで終わりです」
目の前に立つロネア様。彼女が手にした杖が俺の首筋を狙って正確無比に振り下ろされる。
「ま、まだだ!」
俺を気絶させようとする一撃が決まる直前、俺はマイネストラスにさらなる力を送り込んだ。
「えっ?」
突然、強烈な光を爆発させるマイネストラス。目を焼くような閃光が部屋の中に一瞬で広まった。
「きゃっ!」
さすがのロネア様もこれには意表を突かれたようで完全に動きが止まる。
「め、目くらましですか!」
彼女の言うとおり、俺はただマイネストラスの光を急激に増大させて放っただけだった。直接的には何の効果もない攻撃。しかし、なんとか俺は窮地を脱出することだけはできたのだった。
「はあっはあっ……とりあえず……なんとか助かった、か」
俺はロネア様と距離を取ってまずは体勢を整える。体は痛んではいたが動けるぐらいには回復したようだった。
「……やりますね、トーイチ」
きつく俺を見据えてくるロネア様。彼女の方もすでに視力は回復したようだった。
「さすがに一筋縄ではいかないですか。私の方もあなたを軽く見過ぎていたようですね」
ロネア様の表情が明らかに変わる。先ほどまでは余裕もあるような雰囲気だったが、今はもう違う。ザ・センチュリー、伝説の魔法使いと呼ばれた人間の突きさすような眼力が俺に向けられていた。
「私も本気でいきます。もはやあなたの命は保証できないかもしれません。覚悟してください」
「……俺だって負けませんよ」
睨み合う俺たち二人。
「氷雪魔法ゲハースレン」
ロネア様の魔法。ゲハースレンは氷で何かを作り出す魔法だ。
「むっ。何がくる?」
俺は用心深く構える。ロネア様の前に発生したのは、
「なんだと! 兵士だとっ!」
彼女は魔法の氷で二体の人間、武装した兵士を作り出したのだった。
「さあ。行きなさい、あなたたち!」
ロネア様の指示に従って氷で出来た二体の兵士が剣を掲げて俺に近づいてくる。
「マジかよっ」
いくら魔法とは言えここまで精巧なものを作り出すことが可能なのだろうか。つくづくロネア様の魔法力には驚かされる。
「お、驚いてる場合じゃないな」
俺は目前に迫った二体の兵士にマイネストラスを向ける。
「ぬおっ、でりゃあああ」
俺は氷の兵士たちと剣を交える。
「く、くそっ。て、手強いっ」
ロネア様の生み出した兵士たち、さすがに動きまでは素早くないがパワーは充分だ。しかも、二体なのが厄介だ。おそらくある程度はロネア様が指示しているのだろう。連携も悪くない。
――シャカン、シャキン。
マイネストラスのような氷の刃が閃いては俺に襲いかかる。俺はあっという間に防戦一方になる。
「こんなやつらにやられてたまるか!」
俺は再びに勇者の力を集中させる。
「輝け、マイネストラス」
相手は兵士とはいえ魔法で出来たものだ。もしかしたら魔獣と同じようなものかもしれない。それなら勇者の力が有効かもしれない。
「スペル・イクスティンクション!」
俺は本来なら魔法を吸収するために使う勇者の技をあえて攻撃に使った。白く輝くマイネストラスの刀身が兵士たちの剣と正面からぶつかる。すると。
――ガシャアアアン!
派手な音を立てて兵士たちの剣がバラバラに砕け散った。
「よし、今だ!」
俺は武器を失った二体の兵士たちに次々と剣戟を浴びせる。
「ソード・セイクリッド!」
対魔王魔獣用の必殺剣、この技も見事に魔法の兵士たちに効いた。
――パアアアン! パアアアン!
氷で出来た二体の兵士たちははじけるようにその姿を消滅させた。俺とロネア様の間には氷の粒がキラキラと舞い散っている。
「さあ、次はロネア様だ」
俺は奥にいるロネア様に向かって走る。その俺の耳に彼女の声が入ってくる。
「風よ、嵐よ、暴虐なる気流の渦は全て一切を飲み込んで蹂躙せん」
呪文の詠唱だ。早くも次の魔法を用意していたか。
「やらせるかっ」
俺は彼女の魔法が発動する前に斬りかかろうとする。マイネストラスがロネア様の体に届くか届かないかのとき。
「大気魔法グリューネフ」
わずかに早く彼女の魔法が炸裂した。
「ぐううう!」
まるで台風のような風が突如として巻き起こり、俺の体は再び入り口付近にまで吹き飛ばされてしまった。魔法自体による直接的なダメージはほとんどなかったが俺の体は壁に強く叩きつけられる。
「……ちくしょう。また距離を離されちまったか」
いや、むしろ体へのダメージはこの際たいした問題ではない。それよりも接近戦に持ち込めずに相手から先手先手で魔法による攻撃を受け続けないといけないことの方が問題であった。いくら魔法に強い勇者でもこのままではジリ貧だ。
「とにかく何が何でも近づいていくしかない!」
俺は再びロネア様に向かって走り出す。そこへ。
「偉大にして睦まかなる場の力よ。我が前に姿を現せ。怒りにも似た激情で我が敵を縊り給え」
たいして間を置かずに魔法による追撃。
「電雷魔法ボルザッケン」
「があああ!」
身を切るような痛み。常人なら気絶でもしてしまうんだろうが俺は勇者だ。まだまだ耐えられるはずだ。
「耐えてくれっ。俺の体っ」
俺は魔法を受けながらも足を踏み出す。
「前にっ。前に出なくてはっ!」
しかし、さらに。
「有から無、無から有へ、刹那に瞬く猛き力よ、今こそ我が命ずる、赫々たる焔と成りてすべてを燃やし尽くさんことを」
「こ、この魔法。やばいかっ」
「火炎魔法バイバドル」
ウェアズム・スタッフの先から放たれる爆発的な炎。部屋の中のものをすべて焼き尽くしてしまうような炎の渦だったが、
「うおおおおお!」
俺はその渦の中に思いっきり飛び込んでいった。ロネア様も目を見張る。
「な、なんですって?」
熱い。痛い。とにかく熱くて痛かったが勇者の力が魔法による致命傷を防いでくれる。俺は強引そのものにロネア様へと飛びかかっていく。
「ロネア様、覚悟!」
不意を突かれたであろうロネア様は動けない。
「やあああーっ」
俺の剣が彼女の体を縦に切る。
「きゃあっ!」
ロネア様の悲鳴。とっさのことで手応えははっきりしなかったが、なんとか命までは奪わないほどの攻撃だったはずだ。
「よし、どうだったかっ?」
杖を床に落としてうずくまるロネア様。俺は彼女の様子を見ながら、
「さあ、ロネア様。この勝負は俺の勝ちです。今すぐ降参してください」
「…………」
「意地を張っている場合ではありませんよ!」
俺には彼女の白い服が血で赤く染まっていくのがわかった。
「早く降参してその傷を魔法で回復させてください。そのままでは死んでしまうかもしれませんよ!」
床に片膝をついてうずくまっているロネア様。俺の顔を見上げて言った。
「残念ですがトーイチ……」
俺は次の言葉に耳を疑った。
「あなたの負けです」
「えっ?」
目の前にいて傷ついていたロネア様の姿。それがかげろうのように揺らめいたかと思うと、跡形もなく消え去ってしまった。
「うっ!」
突然、俺はみぞおちに強烈な衝撃を感じた。見ると俺の腹部にはロネア様の杖がえぐるように打ち付けられていた。逆に崩れ落ちる俺の体。
「い、いったい……」
どういうわけか無傷のままで俺の真横に立っていたロネアは言った。
「大気魔法ザフールカ、あなたが倒したのは魔法で作った私の幻です。火炎は目くらましだったのです」
「し、しまった……」
意識が朦朧としてくる俺。最後にロネア様の言葉が耳に入ってくる。
「本当にごめんなさいね、勇者トーイチ……」
そして俺は気絶したのだった。




