第四章(1)
できるかぎりの速さでアンドアネルまで戻ってきた俺たち三人。魔王軍は首都に向かってかなり近づいて来ているようであったが幸いにもまだ戦いは始まっていなかった。地上に降ろされたアンドアネル城に入った俺たちは一秒でも早くロネア様に魔王の秘密を伝えるべく彼女の執務室を訪れた。
「ロネア様っ!」
部屋に入る俺たち。大人数で会議ができるくらいに広い部屋の中、俺たちの到着を聞かされていたロネア様はいつも以上の笑みで迎え入れてくれた。
「みなさん、よく無事に帰って来てくれましたね。みなさんがデルムト遺跡に行ったと聞かされて本当に心配してたんですよ。よかった、本当に無事でよかった」
うっすらと涙さえ浮かべるロネア様。
「す、すみませんでした」
ロネア様にはかなりの心配をかけたみたいだな。確かに自分がかつて最悪の経験をした場所に再び勇者のパーティが向かったと聞かされるとそれも無理のない話かもしれない。でも、危ない目にも遭ったが収穫は充分だった。早くロネア様にも魔王のことを伝えなければ。
「ロネア様、聞いてください! 俺たちはついに倒してもまた現れる魔王の秘密を知り得ることができたんです!」
「……そうですか」
驚くか喜ぶかと思いきや、なぜか声の調子を落とすロネア様。
「では、あなたたちもクォン・キマイラと戦ったのですね」
あの魔獣の名前が出た。やはりロネア様もあいつと戦ったのか。おそらく先代の勇者はそのときに死んでしまったのだろう。彼女にとってはつらい記憶だ。
「はい。でも、俺たちは勝ちました。やつから魔王の秘密を聞き出すことができたんです!」
俺は一気に続ける。
「魔王の正体は人間が魔法を使うことの反動によって生み出された存在だったのです。だから、人間が魔法の力を利用するかぎり魔王は何度でも現れて人間の前に立ちふさがるのです。特に魔法力プラントの影響は絶大です。魔王は魔法力プラントのせいで大きな力を身につけ始めたのです。ロンセリアを襲ってくるのも魔法力プラントのせいでしょう」
俺はとにかく進言する。
「ロネア様、早く国中の魔法力プラントを停止させましょう! そうすれば魔王の力もきっと弱まるはずです。魔王軍にも勝てます!」
そこまで言い終わって俺はようやく安心する。やっとすべてをロネア様に伝えきることができた。これでもう安心だ。ロネア様なら今後の戦いを必ずうまく進めてくれる。ロンセリアは負けずにすむのだ。
「…………」
俺の話を聞いてしばらく黙ったままのロネア様。いまだにその表情は晴れていないようだった。
「……そうですか」
また、小さくつぶやくロネア様。
「…………」
それから彼女はうつむいて黙りこんでしまった。今日のロネア様、少し様子がおかしいようだった。
「ど、どうしたんだ、先生?」
ノルノも不思議そうに尋ねる。
「魔王の秘密がわかったんだぞ? わたしたちは魔王軍に勝てるかもしれないんだ。なんで喜んでくれないんだ?」
そばに寄っていったノルノ。ロネア様は首を傾げるノルノの顔を見る。次に俺とバムントさんを見てくる。そのロネア様の顔はまったく喜んでなどいなかった。まったく逆だった。彼女はまるで悲しみに支配されるのを耐えているかのような顔をしていた。
「ついにあなたたちは知ってしまったのですね。魔王の秘密を。魔王と魔法の関係を」
「……ロネア先生?」
怪訝そうにロネア様の顔を下から見上げるノルノ。ロネア様はそのノルノの顔にそっと手をかざして言った。
「……精神魔法ムローチア」
「え?」
魔法? ロネア様はノルノに魔法を使ったのか? ムローチアは相手を眠らせることができる精神魔法だが。
「ロネ……ア……先生……」
バタリ、と絨毯の上に倒れるノルノ。間違いない。ザ・センチュリーはノルノに眠りの魔法をかけたのだった。
「ど、どういうことですっ」
とっさに後ろへと距離を取る俺とバムントさん。
「なぜ、ノルノに魔法をっ?」
剣を抜くべきか。今は非常時なので城内でも帯刀が許されていたが、ロネア様に刃を向けてよいものか。迷いが生じる俺とバムントさん。そこへ。
「……精神魔法ブレージア」
「うっ!」
強烈な目まいが俺たちを襲う。再びロネア様の精神魔法だった。ブレージア、相手の脳に負荷をかけて動きを止めたり鈍くしたりする魔法だ。
「ロ、ロネア様……なぜ……」
ガクリと床に膝をついて動けなくなるバムントさん。精神魔法は心に迷いがあればあるほどかかりやすいものだ。
「うおおお!」
俺は頭を振ってなんとか意識をはっきりと保つ。強力なロネア様の魔法だが勇者にはそれほど効かない。
「ロネア様、あなたは魔王の秘密をすでに知っていたのですね!」
俺はついに剣を抜いた。いくら相手がこの国の宰相でもこのままされるがままになるわけにはいかない。
「あなたは何を考えているんです! 俺たちをどうするつもりですか!」
「……トーイチ、さすが勇者ですね。精神魔法ぐらいではたいした効果はないですか」
「答えてください、ロネア様!」
剣を構える俺。ロネア様は暗い表情のまま言った。
「トーイチ、あなたたちには当分の間この部屋の中でじっとしていてもらいます。今、あなたたちに魔王の秘密を世に広められては困るからです。そして、魔法力プラントを停止させるなんてことはもってのほかです」
「なぜですかっ。プラントを止めないかぎり魔王はいなくならないんですよ。それどころかまた増えるかもしれないんですよ!」
ロネア様は平然と答えた。
「増えたら倒せばいいじゃないですか」
「えっ?」
俺はその言葉を聞いてあっけにとられる。
倒せばいいって。それができたら苦労はしないじゃないか。いや、仮に倒せたとしても決して根本的な解決にはならないじゃないか。
ロネア様は俺の心を読んだかのように続けた。
「いいですか、トーイチ。私たちロンセリアの人間にとって魔法力プラントはもうなくてはならないものなんですよ。夜に明かりをつけて過ごすことも難しい病気の治療をすることも魔法力プラントなしでは成り立たないことなんですよ。魔王は倒すことができます。しかし、今の人々が魔法力プラントを失えば大幅な生活レベルの低下を招きます。それはきっと魔王軍に襲われる以上のことに違いないのです」
「そんな馬鹿なっ」
俺は反論する。
「ロンセリアが滅ぶかどうかというときに生活レベルも何もないでしょうが! 魔法力プラントは絶対に止めるべきですよ!」
「では、問いますが……」
ロネア様は俺の目をまっすぐ見て、
「トーイチ。あなたの世界で今すぐ電気をなくせ、と言われたらどう思いますか?」
「うっ。そ、それは……」
俺は言葉に詰まる。確かにそれは難しいことかもしれない。たとえ石油などのエネルギーが問題で大きな戦争が起こっても人々は電気を使いたがるに決まっているだろう。それはたぶん歴史が証明している。しかし。
「で、でも、今のロンセリアは本当に滅びそうで……」
ロネア様は迷いなく断言する。
「いいえ、滅びません。魔法力プラントのエネルギーは武力としてもたいへん強力です。私たちはさらなる新兵器を導入して今回の戦いにのぞむつもりです。決して魔王軍には負けないでしょう」
自信のみなぎるロネア様の言葉だが、俺も引くつもりはない。
「それでも多くの人が死ぬことも決まってる!」
俺はキキマ砦で本当にたくさんの人が死ぬところを目の当たりにした。あんなことは本当にあってはならないことなんだ。
「絶対に魔法力プラントは止めるべきに決まってる!」
「…………」
しばらくして彼女は首を振ってつぶやくように言った。
「どうやら私たち二人、意見が合うことはないようですね」
沈痛な面持ちのロネア様。
「あなたたち勇者はいつもそういうことを言うのですね。勇敢で、それでいて優しい心を持っている。私も勇者の言葉に何度励まされたことか。しかし、最後にはこうして必ず心がすれ違ってしまう……三十年前のピエトロ、そして今度はトーイチまで……」
ピエトロ、死んでしまった先代勇者の名前を口にするロネア様。
「いったいどうして? なぜなの? 誰か教えて……教えて、ピエトロ……」
深い悲しみがロネア様の顔を覆っていくのがはっきりとわかった。
「ああ、ピエトロ……私の愛した勇者……」
ぼんやりと独り言のようにつぶやく。
「許して……お願いだから私を許してちょうだい……」
彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「も、もしかして!」
このとき、俺はある考えが頭の中に浮かんで体が震えた。デルムト遺跡の地下、クォン・キマイラからはまだ聞いていなかった質問の答えがあったのを思い出した。
――おまえが先代勇者を殺したのか?
――そいつはどうかな。
俺の問いにやつは答えをごまかした。
「ロネア様……あなた、もしかして……」
震える俺の声。
「先代の勇者を……」
この先は言えない。
「そうです、トーイチ……」
彼女は泣いていた。
「先代の勇者を殺したのはこの私です」
「……なんてこと」
俺の視線の先、彼女は泣き続ける。
「私とピエトロは愛し合っていました。魔王軍との戦いの中でも私たちは幸せでした。しかしクォン・キマイラを倒して魔王の秘密を知った瞬間、すべてが狂ってしまった。彼は、ピエトロは今のあなたと同じようにプラントを停止させるべきだと主張したんです」
彼女は泣きじゃくっていた。
「でも、私は違った! 私はザ・センチュリーなどと呼ばれ国で責任ある立場の魔法使い、魔法力に背を向けるなんてことはできるはずないんです! できるはずないじゃないですかっ!」
しだいに弱々しくなっていくロネア様の声。
「そして、私たちは激しい口論になりました。デルムトの地下施設を出る頃にはお互いの心に深い溝ができていました。そんなとき運悪く私たち二人は魔獣の群れに襲われてしまった。普段ならなんとかなったでしょうが、そのときの私たちはとてもじゃないですが平常心では戦えなかった。その結果、彼は死んでしまった……」
消え入りそうな声。
「私がピエトロを殺したんです……」
それからは沈黙。様々な感情の渦巻く沈黙。悔恨、怒り、絶望、諦念。彼女にとっては残酷とも言える沈黙。
「…………」
俺も何も言えない。話を聞くかぎり先代勇者が死んだのは不運な事故としか思えない。しかし、ロネア様は決してそうとは考えないのだろう。彼女の心に深く突き刺さった杭はいまだに抜けていないようだった。
やがて。
「トーイチ……」
ロネア様は顔を上げた。
「私はあなたとは戦いたくありません。おとなしくこのままこの部屋の中にいてくれませんか?」
俺は答えた。
「……すみません、ロネア様」
「……そうですか」
ロンセリア王国宰相の顔つきが変わっていく。
「……仕方ないようですね」
「……仕方ないです」
彼女の表情がきつくこわばる。
「行きますよ、トーイチ」
「はい」
俺たちには力ずくで互いを止めるしか方法は残されていなかった。




