第三章(7)
「ちっ。うおおお」
突然、クォン・キマイラが全力で前に飛んだ。まるで自分からノルノの魔法にぶつかっていたようだった。
「ぐげえええええ!」
当然、まともに魔法をくらって全身に大ダメージを負うクォン・キマイラ。ぼろぼろの姿になって地面に倒れる。
「な、なんだ?」
俺は目を見張ってクォン・キマイラの様子をうかがう。
今のあいつの行動、明らかにおかしかったぞ。いや、今までの行動はすべておかしかったかもしれないが今度ははっきりと違う。自滅に近いような行動。決して好んでやったものとは思えなかった。きっと、何かがある。
俺がそう思って見ていると、
「……ハァハァ。やっかいなクソガキだ」
クォン・キマイラは体を回復させながら起き上がり、一直線にノルノに向かっていく。
「……火炎魔法ゲバドル」
今度はさらに大きな斧を出して両手で構える。
「氷雪魔法ゲハースレン!」
何本かの氷の矢を作り出してクォン・キマイラに放つノルノだったが、
「ほらよ」
二メートル以上はある斧を振るっていとも簡単にすべての氷の矢を蒸発させる。燃えさかる巨大な斧を大きく振り回すクォン・キマイラ。圧倒するような迫力でノルノに迫る。
「おまえの相手は俺だ」
ノルノの前に立ちふさがるバムントさん。
「どけよ、おっさん。俺はまずそのガキから殺すことに決めたんだ」
「力ずくでどかしてみたらどうだ?」
「そうかよっ」
巨大な斧だが予想以上の速さで斬りかかるクォン・キマイラ。本気を出したバムントさんも負けじと互角に対応する。
「おらおらーっ」
「ふんっ、はあっ!」
斧を動かすたびに生まれる炎の軌跡。大剣の方も斧と激しくぶつかって魔法力の光をパッとはじけさせる。いくつもの炎と光の爆発。思わず見とれてしまうほどの両者の戦いだった。
「おっと、俺も見てる場合じゃない。バムントさんに加勢しないと」
俺は走って両者のもとに向かっていく。クォン・キマイラはなぜかノルノを狙っている。このことも気になるところではあった。
「くらえ、クォン・キマイラ!」
相手はバムントさんとの戦いで手一杯のはず。俺の攻撃まで防げはしないだろう。マイネストラスがクォン・キマイラを切り裂こうとしたが、
「甘いな、ぼうず。もう一丁、ゲバドルだぜ!」
炎の斧をさらにもう一本出現させるクォン・キマイラ。左手に持った新たな斧で俺の攻撃を受け止める。
「なっ。くそっ」
「うははははは!」
クォン・キマイラは両手に一本ずつ、器用に二本の斧を操りながらバムントさんと俺の相手を同時にする。クォン・キマイラが派手に動かして炎を振りまく二本の斧はまるでフェニックスの両翼のようだ。バムントさんはともかく俺の攻撃なんかは軽くあしらわれる。
「ぼうず。そんなに死にてぇならおまえから先に殺してやってもいいんだぜ!」
「ぐわあーっ」
大きく後ろにはじき飛ばされる俺の体。ドガッ、と魔法力プラントの表面に当たって崩れ落ちる。
「させん!」
俺に目標を定めたらしいクォン・キマイラの行く手をふさぐバムントさん。しかし。
「さっきからうるせぇよ、おっさん。てめぇは一番最後だ。おとなしく待ってやがれ!」
クォン・キマイラは両手の斧を今まで以上の速さと強さで思いきり振るう。
「おらあっ!」
「ぐううっ!」
さすがのバムントさんも受けきれずに体ごとはじき飛ばされる。かなり大きなダメージを負ったのかもしれない。すぐには立ち上がれないバムントさん。そうして生まれた隙にまた俺の方を向くクォン・キマイラ。
「死ねや、ぼうず!」
俺もまだ立ち上がれない。クォン・キマイラが右手に持っていた炎の斧を俺に投げつけようとした。だが、なぜか。
「……くっ。運のいい野郎だ」
クォン・キマイラは斧を投げるのをやめた。そして、歩いて俺のもとまで近づいて来ようとする。
「……た、助かった。でも、いったいなぜなんだ?」
クォン・キマイラはなぜさっきのタイミングで俺に斧を投げつけなかったんだ? そうすればおそらく俺は死んでいただろう。魔法に強い勇者といってもゲバドルは物理的な特性の方が強い。あれほどの斧が体に直撃すれば俺の身は持たなかったはずだ。なのにどうして?
「クォン・キマイラ、やつには絶対に何か秘密がある。その秘密を見つけなければ……」
クォン・キマイラの不可解な行動によって命拾いした俺は魔法力プラントを背に立ち上がろうとする。俺の方に歩いてくるクォン・キマイラ。
「俺の手で直々に真っ二つにしてやるぜ。ぼうず」
俺の目の前までやって来た。ゆっくりと斧を振りかぶろうとする。
なぜだ? 動きが慎重すぎる。
俺はまたクォン・キマイラの行動に疑問を感じた。そのとき。
「も、もしかして……」
俺はあることに気がついた。そして、すぐに叫んだ。
「ノルノ、魔法だ! イドルホーンをこっちに向けて撃て!」
ノルノは驚いて、
「えっ? そんなことをしたらおまえの体も無事ではすまないぞ。振動魔法は物理特性が強いからいくら勇者の体でも……」
俺はノルノの言葉を遮って、
「いいから早く撃て!」
「わ、わかった」
俺の語気に押されるように呪文を唱え始めるノルノ。俺にクォン・キマイラの斧が振り下ろされる前に。
「振動魔法イドルホーン!」
物質を破壊する空気の振動が俺とクォン・キマイラに向けて解き放たれた。すると。
「く、くそがあああ!」
クォン・キマイラは俺への攻撃をやめて、再び自らの体をイドルホーンの中に飛び込ませた。
「ぐ、ぐげえええええ!」
直撃。クォン・キマイラは全身にひどい裂傷を負って倒れる。
「痛ええ痛ええ痛えええ……」
地面でのたうつ不死身の魔獣。
「……やはり」
俺は確信する。クォン・キマイラの秘密について。こいつの言動には今までいくつもの不可解な点があった。それをまとめてみると分かった。
こいつは最初の頃に言った。俺は人間の手によって作られた魔獣だからこの部屋から出ることは一歩もできない、と。まず、この言葉がおかしかった。どうしてクォン・キマイラが人に作られたことと、この部屋から出られないことが関係あるのか。普通は関係ないはずだ。誰に作られようとクォン・キマイラは好きなところに行けるはずだ。だが、実際はそうではない。理由はただ一つ。
「この部屋にこそクォン・キマイラが生きていける、または不死身である秘密があるからだ」
そして、イドルホーンを何度も自分からくらいに行くこと。自分からくらう魔法はイドルホーンだけだ。ゲハースレンの場合はまったく違った。つまり、クォン・キマイラは物を大きく破壊するイドルホーンにのみ異常な注意を払っていることになる。思えばこいつがゲバドルによる直接攻撃にこだわっていたのもおかしいな。こいつほどの魔獣ならギルホーンなどの大きな魔法も充分に使えるはずだしな。しかし、使わなかった。それはなぜか。この理由も一つ。
「壊れては困るものがこの部屋の中にはあるからだ」
最後にそれは何か。イドルホーンからクォン・キマイラがかばっていたもの。俺にとどめを刺さなかった、いや刺せなかったのも何かをかばっていたからに違いない。それは俺の背後にあるものだ。俺と巻き添えにして壊れてしまってはいけないから。それは……。
「魔法力プラントだ!」
今、俺の真後ろにある魔法力プラントこそクォン・キマイラがかばっているものだ。魔法力プラントこそがクォン・キマイラが死なない秘密だったのだ。
「ノルノ!」
俺は大声で言う。
「魔法力プラントだ。俺の後ろの魔法力プラントをイドルホーンで破壊するんだ!」
「よし、わかった!」
呪文を唱え始めるノルノ。
「力、波、空間、時間。あらゆる事象は一と成り得ん、あらゆる系は一と成り得ん……」
イドルホーンでプラントを破壊すればもうクォン・キマイラは復活することはできないに違いない。
「これで俺たちの勝ちだ!」
俺がそう確信したとき。




