第三章(5)
「こいつ!」
ここにきて俺たちも状況のおかしさに気づき始めた。クォン・キマイラ、こいつは尋常な相手ではない。
「傷が回復するのかっ?」
俺にはそうとしか考えられなかった。回復魔法を使っている様子はないのでクォン・キマイラは自力で驚異的な傷の修復を行っているようであった。
「殺してしまって話が聞けずにまずいので手を抜いていたが、どうやらそんなことを考えている場合ではないようだな」
バムントさんは手にした大剣に大きくかざした。剣がまとった魔法力がいっそう高まったかのように光が発せられる。
「クラッシング・クランチ!」
目にも止まらぬ速さの斬撃がクォン・キマイラを襲った。
「げっ! うげ――」
ただでさえ強烈なバムントさんの斬撃。それが何発もほぼ同時に放たれた。クォン・キマイラの体は頭や腕や足がバラバラになるほど切り刻まれて派手に後ろに吹き飛んでいく。ズドッ、と背後の壁にぶつかって動かなくなるクォン・キマイラ。
「今度こそ決まった!」
俺は喝采の声を上げる。いくら回復力がすごいと言ってもさすがにこうなってはお終いだろう。むしろ完全に死んでしまっていないかが心配だ。
「……やりすぎてしまったか。まだ生きていればいいが」
体のあちこちがちぎれ飛んだクォン・キマイラに近づいていくバムントさん。そこへ。
「うげぇえええ~。ぐはあ~。ぐほっぐほっ!」
突然、バムントさんの背後から聞こえた声。
「なっ!」
慌てて振り返って距離を取るバムントさん。いつの間にかクォン・キマイラの体は壁際にはなく、また完全な状態に戻ってバムントさんの後ろから姿を現したのだった。
「い、今のは危なかったぜぇ~。マジでやるじゃねぇか。今のはさすがに死ぬかと思ったぜ。ひぇっへっへ~」
苦しそうではあるが依然として無事なままのクォン・キマイラ。
「…………」
バムントさんは無言でその様子を見つめる。
「ば、馬鹿なっ?」
俺は愕然とする。ちりぢりになってしまった体がすぐに復活しただと。信じられないことだ。これはもう回復力うんぬんの話ではない。もっと深い何かがクォン・キマイラの体には作用しているとしか思えなかった。
「バムントさん、代わってくれ!」
ノルノが杖でクォン・キマイラを指す。
「おそらくこいつはゴーストの類だ。それならばわたしの神聖魔法の出番だ」
なるほど。ノルノの言うとおりかもしれない。クォン・キマイラがゴーストなら死なないことにも説明が付く。それに、ゴーストなら神聖系の属性攻撃で一発だ。
「永久に清浄なる神の光よ、闇から生まれ出でし暗澹たる魂に深き安らぎを与え給わん。神聖魔法エルトーマ!」
ノルノの声とともにクォン・キマイラの大きな図体が真っ白な輝きに包まれる。しかし。
「おおっと。あちぃじゃねぇかよ、おい」
不死の魔獣は神聖魔法の炎に包まれても平然としている。
「お嬢ちゃん、残念! 俺はゴーストではないんだよなぁ、へへ」
平気そうな顔でへらへらと笑っているクォン・キマイラ。
「くうっ。これでも駄目なのか」
額に大粒の汗を浮かべるノルノ。
「お、俺も行くぜっ」
今度は俺がマイネストラスを振りかざして謎の魔獣に向かっていく。こいつの倒し方はわからないが、このまま黙って見ているわけにもいかない。相手が魔獣ならばもしかしたら勇者の力でなんとかなるかもしれない。俺はクォン・キマイラにせまる。
「うおおおーっ」
「いいねぇ、今度は勇者が相手か。どんどん来いやぁ!」
相変わらず余裕の表情を見せるクォン・キマイラ。
「くらえ、ソード・セイクリッド!」
俺は対魔王魔獣用の必殺技を繰り出す。魔法力で出来た敵の体をたやすく切り裂く一撃がクォン・キマイラの銅に突き刺さる。
「うごおっ!」
クォン・キマイラの傷口から吹き出す大量の黒い霧。
「たあああああ!」
俺はそのままマイネストラスを横に払う。真っ二つになるクォン・キマイラの体。
「ギャアアアアアあああぁぁぁ……」
絶叫とともに霧となって霧散するクォン・キマイラ。完全に倒した。
「た、倒したのいいが……」
まだまったく油断できない。相手が普通の魔獣でないことはわかりきってる。またすぐに復活してくるかもしれない。
「……さ、さすが勇者じゃねぇか」
やはり。少し離れた位置に元通りの姿を見せたクォン・キマイラ。
「今までで一番痛かったぜぇ。痛いんだよぉ、勇者の攻撃はよぉ~。マジたまんねぇぜ。でもな? それがまたいいんだけどな! ふひゃはっはっは!」
苦痛に歪んだ顔のまま哄笑を上げるクォン・キマイラ。ノルノがつぶやく。
「……異常なやつめ」
そう異常。何から何まで異常としか言えない相手だった。
「さあ、もう終わりか?」
しばらくして、また元気な様子を見せるクォン・キマイラが両手を開いて言った。
「もうちょっとだけなら好きに攻撃してきてもいいぜ。おまえらはけっこう面白い相手だしな。ほらっ。来いよ、来いよ!」
挑発してくるクォン・キマイラだったが、
「…………」
俺たち三人は攻撃の態勢は崩さないものの黙ったまま動かない。正直、このクォン・キマイラには何をやっていいか分からなかった。俺たちの攻撃はことごとく通用しない。おそらく剣の威力だとか魔法の強さだとかそういう問題ではない気がする。目の前にいる人の手によって作られた魔獣、こいつの根本的な秘密をあばかないかぎり俺たちに勝ち目はないように思われるのだった。
「なんだよ。来ないのかよ。ちぇっ。つまんねぇな」
クォン・キマイラは俺たちの方へゆっくりと歩き出した。
「じゃあ、もういいや。おまえらに俺は倒せない。はっきりしちまったな。少し早いけどこの遊びは終了だ」
クォン・キマイラは歩きながら俺たちに右手をかざす。
「仲良くここで死ねや」
魔獣の右手を中心とした空間が急速に赤く染まっていく。
「火炎魔法ゲバドル!」
魔法によって現れたのは炎で出来た巨大な斧だった。火炎魔法ゲバドル、灼熱の炎を変形させて様々なものを作り出す魔法だ。やつの場合は斧を作り出したようだ。右手一本ででその燃えさかる斧を軽々と振り回す。
「あれがやつの武器っ。来るのかっ?」
身構える俺たち。クォン・キマイラは両翼をバサッと大きく開いて宙に浮かぶと、
「はっはーっ!」
低空飛行で瞬きするほどの間に俺たちの前まで近づいて来た。
「ぬう、速い!」
「おまえらが遅ぇんだよ」
前衛のバムントさんに対して炎の斧を振り下ろすクォン・キマイラ。バムントさんは自分の大剣でなんとか受け止めるも、
「がはっ……」
そのまま地面に叩きつけられてしまう。
「次は勇者のぼうず、おまえだ」
俺の体よりも大きな斧で殴りつけるように斬りかかってくる。
「ぐあああっ!」
俺も直撃を防ぐので精一杯だった。派手にはじき飛ばされて後ろの壁に叩きつけられる。
「嬢ちゃん、死ねや」
クォン・キマイラが少し離れた位置にいたノルノに向けて斧を振ると、炎をともなった衝撃波がノルノを襲った。
「ひょ、氷雪魔法ゲハースレン!」
とっさのノルノの魔法。ゲバドル同様に氷で出来たものを生み出す魔法だ。ノルノは氷の盾を目の前に出現させてなんとか炎の衝撃波から身を守ったが、
「う、うわあーっ」
すぐに溶けて消える氷の盾。相手の魔法力の方が上。ノルノは熱風で体を吹き飛ばされてしまう。
「……ぐっ」
そろって地面に倒される俺たち三人。どうにか立ち上がろうとしたところに、
「今度はこのゲバドルだ」
クォン・キマイラの手から炎の斧が消える。そして、代わりに炎で出来たいくつもの矢が空中に現れた。
「とどめだ。じゃあな、楽しかったぜ」
幾条もの炎の矢が放たれて、俺たちの頭上に降りそそぐ。
「ま、まずいっ」
必死に足を踏ん張らせる俺たち三人。そしてぎりぎりの防御に全力を傾ける。
「ふぬはっ!」
剣で矢をたたき落とすバムントさん。
「スペル・イクスティンクション!」
俺は勇者の技で魔法を消そうとする。
「氷雪魔法ツィハースレンだっ」
ノルノは別の氷雪魔法で炎を中和しようとする。
「ぐあっ!」
それでもすべてを防ぎきることはできない。体のどこかに炎の矢を受ける俺たち。ただし、致命傷を避けることはできた。まだ戦うことはできるようであった。




