第三章(4)
「……ここは?」
今までとは少し雰囲気の違うフロアだった。俺たちの目の前には大きな扉が一つだけあった。どうやらこの階にあるのはこの部屋だけのようだった。
「入ってみるか」
両開きの扉を押すバムントさん。ギリギリときしむ音を立てて開いていく。
「むむっ?」
中はやけに広い空間になっていた。まるで体育館や物流倉庫ほどの大きさがあるようだった。天井も高く、とても地下にあるような場所とは思えなかった。
「あれは、もしかして……」
そして、部屋の中心には大きな一本の柱のようなものが建っていた。床と天井を結ぶ塔のような太い柱。その周囲にはうっすらと緑色の霧が取り巻いているように俺たちの目には映った。
「魔法力プラントなのか!」
俺たちの知っているものの中ではアンドアネルなどにある魔法力プラントの姿が目の前にある柱と酷似していた。柱に近づいてみる俺たち。真下から見上げながらノルノが言う。
「……強い魔法力を感じる。間違いないようだな」
バムントさんもうなずく。
「そうか。考えて見ればこの地下施設の機械を動かすには魔法力が絶対に必要だ。だからプラントがあるのも当然と言えば当然か」
ノルノは腕組みをして柱を眺める。
「それにしても、これは今の魔法力プラントと比べてもまったく遜色のない出来のようだな。小型だし強力だし、なんたっていまだに稼働しているみたいだし。百年以上前にこれほど魔法力プラントを実用化させていたとは驚きだ。昔にもプラント自体は作られていたらしいがここまで高性能ではなかっただろう」
「これも邪教徒どもの研究成果の一つか」
「やはりこの施設、ほかにも何かあるかもしれませんね」
俺たちが続けて中の様子を見回していると。
――バタン!
突然、今入ってきたばかりの扉が勝手に閉まった。
「敵っ? 罠か!」
俺たちは慌てて三人の背中を合わせて死角を消す。そこへ。
「こんな辺鄙なところにお客さんか。これまたずいぶんと久しぶりな話だな」
何者かの声が聞こえてきた。低く部屋中に響き渡るような声。
「誰だっ? 出てこい!」
「……言われなくても出ていくさ」
どこからともなく俺たちの前に姿を現したのは、
「モ、モンスターだと!」
人間ではなく一体のモンスターだった。
「ちぃっ。もはや逃げられん。戦うしかないな」
俺たちは一気に集中力を上げてそのモンスターを凝視する。オーガのように人型の大きな体にまるでライオンのような頭部とヤギのような長い角、背中にはオオワシのような両翼、尾はヘビがそのままくっついたかのようになっておりチロチロと赤い舌を伸ばして俺たちに頭を向けている。
「……見たことがないやつだ」
ゲーム『しかし世界は救われなかった』の中では出てこないモンスターだった。ただ、人語を操るところから推測するに魔獣の一種には違いないようだ。
「俺も初めて見る相手だ。慎重に行くぞ」
魔獣なら魔法も使ってくるだろう。バムントさんもいきなりは斬りかからずにじりじりと間合いを詰めていく。と、そこへ。
「ああん? おまえら、俺とやろうってのか?」
モンスターは人間のように肩をすくめた。
「ったく。血の気の多い連中だぜ。どっちがモンスターだがわかりゃしねぇな、はっはっは」
牙の光る口を大きく開けて笑い出すそのモンスター。
「……なんだ、こいつは」
想定外の態度に一様に眉をひそめる俺たち三人。油断するわけではないが相手のモンスターから戦意のようなものは感じられなかった。人間そっくりのしゃべり方といい、見た目以外でもこんなモンスターは初めてだ。俺たちが黙って様子を見ているとモンスターの方も俺をじろじろと眺めて、
「ほう。さてはおまえ、勇者だな。また勇者がここに来たってわけか。奇遇な話だな」
「なっ! 先代の勇者を知っているのか。おまえ何者だっ? もしかしておまえが勇者を殺したのかっ?」
驚く俺に、
「おっと。質問は一つずつだ、勇者のぼうず。まず、俺の自己紹介をしてやろう。俺の名はクォン・キマイラ」
モンスターは薄く笑って、
「人間の手によって生み出された魔獣だ」
「人間の手によって生み出された魔獣だとっ?」
「その通りだ。へっへっへ」
俺たちはとっさに言葉が続かない。人間が魔獣を作るなんて話も作ることに成功したなんて話も聞いたこともない。クォン・キマイラとかいうこのモンスター、本当のことを言っているのだろうか? だとしたらここの邪教徒たちが隠れてやっていたことはこいつを作り出すことだったのだろうか?
モンスターはあ然とした俺たちの顔を見て満足そうに、
「それだよ、それ! その馬鹿みたいな面! 俺はおまえらのそんな顔が見たくってわざわざ話をしてやってるのさ、ひゃははは!」
急に腹を抱えて笑い出すクォン・キマイラ。ややあって、
「ああー、おもしろかったぜ。こんなに笑ったのは久しぶりだぜ。さて、もう一つ質問があったな。俺が勇者を殺したか、だったかな?」
「そ、そうだ。先代勇者はここで死んだ。おまえがやったのか!」
クォン・キマイラはちっちっ、と人差し指を横に振る。
「そいつはどうかな? 俺はその質問に答えることもできるが簡単に答えを言ったんじゃあ全然おもしろくもなんともないなぁ」
「……どういうことだ」
クォン・キマイラは顎を俺たちに突き出して、
「どうせ、おまえらはこれから俺に山のような質問を浴びせてくるだろう。邪教徒がどうしたの俺を生み出す方法がどうしたのとな。そんなのいちいち俺が相手にしてたんじゃ面倒くさくてたまんねぇぜ」
俺たちが黙っていると、
「そして、おまえらが一番知りたいことは俺にはちゃんとわかっている。あれだろ? 魔王の秘密だろ? おまえらは次から次へと現れる魔王の秘密が知りたくてわざわざここまでやって来たんだろ?」
「おまえ、魔王の秘密を知っているのかっ!」
思わず身を乗り出す俺たち。クォン・キマイラは両手を広げて、
「もちろんさ! 魔王も俺みたいな魔獣も体の出来は同じようなもんだからな。魔王のことは自分のこととまるっきり同じだぜ!」
俺たちが問いただす前に目の前の魔獣は言った。
「これから、おまえらには俺とある勝負をしてもらう。もし俺に勝つことができたなら魔王の秘密でもなんでも教えてやるぜ」
「……勝負だと?」
「そうだ、よく聞きな」
クォン・キマイラは楽しそうに、
「おまえらは今すぐここで俺と戦ってみごと俺を倒してみろ。ただし、おまえらにはどでかいハンデをくれてやろう。俺はしばらくは何もしない。抵抗もしない。反撃もしない。魔法だって使わない。その間におまえらが俺を降参させることができたらおまえらの勝ちだ」
「……もし降参させられなかったら?」
俺の問いにクォン・キマイラは急に鋭い視線をぶつけてきた。
「俺はおまえらを殺す。楽しめないおもちゃに興味はないんでな」
俺たち三人は数秒ほど目配せをして強くうなずいた。
「いいだろう。その勝負、受けて立とう」
俺は即断する。確かにこいつは怪しいやつに決まっている。しかし魔王の秘密がわかる可能性があるなら何だってするべきだろう。もはや俺たちに残された時間はないんだ。
「そうこなっくちゃ!」
肩や首を回すクォン・キマイラ。
「俺は人間の手によって作られた魔獣だからこの部屋から出ることは一歩もできない。百年以上もこんなところに閉じ込められて死ぬほど退屈してんだ。どうか俺を楽しませてくれよな」
パンパンと手をたたいて、
「さあ、かかってきやがれ!」
余裕の表情を見せるクォン・キマイラ。
「……しばらく自分は抵抗しない、か」
早速、バムントさんがのしのしと近づいていく。
「ふざけたやつだ。だが、そう言うならお言葉に甘えさせてもらうぞ」
魔法の大剣を振り上げたかと思うと瞬く間にクォン・キマイラの頭を斬りつける。
「はあっ!」
「うぎゃあ!」
頭部を大きく切り裂かれて悲鳴を上げるクォン・キマイラ。傷口からは黒い魔法力の霧が吹き出す。
「い、痛えーっ。めちゃくちゃ痛えええよおおおっ!」
攻撃を受けた頭を押さえてもがくクォン・キマイラ。だが、バムントさんは微塵の躊躇も油断も見せずに二撃目を加える。次は銅を狙っての一閃。これもクォン・キマイラはまともに受けて腹に深い傷を負う。
「うぎゃあああああ!」
さらに大きな悲鳴。地面に倒れてのたうつクォン・キマイラ。
「くそ痛えええーっ。うげあああ~っ」
そんなクォン・キマイラの様子にバムントさんは意外そうに、
「どうした。でかい口をたたいた割にはずいぶんな様じゃないか。その調子じゃ死んでしまうぞ。さっさと降参したらどうだ?」
対して手負いの魔獣は、
「ふえっへへへ~。マジで効いたぜぇこりゃあなああ~」
苦しみながらも笑おうとするような凄絶な表情で立ち上がってきた。
「やるじゃあねぇかよぉ~。もっとだぁ。もっとこいよぉおおお~」
「……ちっ。気味の悪いやつだ」
バムントさんは力をためるように再び上段に剣を構える。
「はあああ!」
気合いの声とともに飛び上がって今度はクォン・キマイラの肩口を目掛けて一気に剣を振り下ろす。
「ぐえええええーっ!」
悲鳴というより低くうめくような声を出すクォン・キマイラ。肩からけさがけに胴体部が深く切り開かれていた。どう見ても致命傷、のはずだったが。
「ぐ、ぐええ~。マ、マジやべぇなぁ~、おい~」
それでもなお立ち上がってくるクォン・キマイラ。
「なんだとっ?」
よく見ると最初に受けた頭の傷はすでにふさがっているようだった。今の傷も吹き出す黒い霧の量がすぐに減ってきているようだ。そして、ものの数十秒で魔獣の体は元通りに戻ってしまったのだった。




