第三章(1)
二週間後。
深い失意のままアンドアネルにまで戻った俺たち。アンドアネル城は暗い暗い影に包まれていた。
「……これからロンセリアはどうなってしまうんだろう」
目前に差し迫った危機。軍人も文官も明るい顔をしている者は一人もいない。あれだけ憎らしかったザッパル軍務大臣も今はほとんど生気のない顔つきをしている。もともと初老ぐらいだった年齢もさらに十歳は老けたのではないかというほどに見えた。終始落ち着かない様子でぶつぶつと何かつぶやいている。
「では、本日の定例会議を始めたいと思います」
城の作戦会議室ではヤーレスさんが中心となって毎日のように今後についての話し合いが行われていた。時折、俺とバムントさんも参加する。
「ギゾーカイとかいう新しい魔王の情報はまだ入らんのか。情報部はいったい何をやっとるんだ!」
「うちだけに押しつけられても困る。こっちは少ない予算でやってるっていうのに」
「とにかくロウリーンだけは死守しないと……」
「なにっ。補給が間に合ってない? 馬鹿じゃないのかっ」
「兵士の数も全然足りてないんだ。仕方がないだろうが!」
会議は紛糾するばかりでなかなか進まない。
「みなさん、冷静にっ。今は言い争っている場合じゃないでしょう!」
ヤーレスさんも皆を落ち着かせるだけで精一杯だ。
「では、本日の定例会議はこれで終わりたいと思います」
結局、この日の会議でも重要なことは何一つ決まらなかった。
何日か経って。
ちょうど会議を開いているところにある知らせが届いた。
「会議中、失礼します」
一人の兵士が部屋に入ってきてヤーレスさんに耳打ちをした。さっと青ざめるヤーレスさんの顔。若い准将はその場にいる全員に伝えた。
「……ロウリーンが落とされました」
「なっ! そんな……」
誰かが大声で尋ねる。
「ま、間違いじゃないのかっ?」
「……いいえ、確かな情報のようです。ロウリーンにおけるここ数日の魔王軍との戦いは降着状態にあったものの昨晩の一斉攻撃により魔法力プラントが大破、城内にも攻め込まれたようです。現在、ロウリーンの守備部隊は敗走中だそうです」
「馬鹿な……いくら何でも早すぎる……」
誰もが信じられないといった表情のまま固まっていた。俺もそうだった。キキマ砦とアンドアネルのほぼ中間に位置するロウリーン。アンドアネルと同じような大都市であり城塞都市だ。魔法力プラントの建設もされていて戦闘用の魔法船も配備されている。簡単に攻め落とせる城ではない。それがわずか数日で陥落したという。二体に増えた魔王の率いる軍勢は恐ろしいばかりの勢いだった。
「急いで今後の対策を立てないと」
その後、ほぼ一日中に渡って会議は続いた。今現在のロウリーンを出た部隊や市民に対する支援、他都市の戦局、使える戦力と補給物資の分配方法、魔王軍に対する戦略戦術の大幅な見直し。議題は尽きることがまったくなかった。そして、ようやく訪れた会議の最後。
「こうなったからには……」
ロネア様が言った。
「我々も腹をくくるしかないようですね」
次の日から。
一般市民のアンドアネルからの退避が始まった。アンドアネルに住む何百万の人たちが一斉に家財をまとめてより東の町へと向かって門を出ていった。ロネア様の話はこういうわけだった。
「もはや魔王軍との全面対決は避けては通れない状況です。では、どこで戦うか。それが最大の問題点です。残念ながら我々に残された戦力に余裕は一切ありません。よってすべての戦力を一カ所に集中させて戦いに望む必要があります」
彼女は国民の皆に説明する。
「もっとも多くの戦力が集中できる場所、それはここアンドアネルをおいて他はありません。ここならば魔法船も使えますし補給を断たれてもしばらくは戦えるだけの備蓄もあります。いくら魔王軍が強力でもアンドアネルでならば互角以上に戦えるでしょう。ここでの戦いを長引かすことができれば他の都市も安全になり援護を期待することもできるでしょう」
英雄は人々の不安をかき消すように宣言する。
「アンドアネルを魔王軍との戦いの最終防衛線とします。申し訳ありませんがみなさんには一時的にこの街を離れていただきます。しかし、またすぐに戻ってくることができるでしょう。魔王軍には必ず勝利します。期待して少しばかりの間だけ待っていてください。お願いします」
話を簡単にまとめると、
「アンドアネルで魔王軍を迎え撃つ」
ロネア様が考えた作戦はつまりこういうことだった。
「おそらく最善の策だろう」
彼女の作戦に異論をはさむ者はいなかった。こうして世界一の大都市アンドアネルからは女性や子供を中心とする一般市民がいなくなった。まだ幼い国王や多くの文官たちも避難した。残ったのは鎧に身を包んだ軍人たちだけとなったのだった。
「こうなってしまうとロンセリアの首都もさびしいもんだよなぁ」
街の空を賑やかにしていた無数の一般魔法船、ビルの群れ、テーマパークなどはほとんどが地上に降ろされている。最も巨大な建築物であるアンドアネル城もそうだ。魔法力プラントのエネルギーをすべて兵器に回すためだった。空には戦闘用の魔法船だけが神経質そうに哨戒を続けているのだった。
「そろそろ、俺たちも出発するか」
俺とバムントさんとノルノ。俺たち三人のパーティもちょうどアンドアネルを出るところだった。
「もちろん避難するわけではない」
俺たちも最後まで魔王軍とは戦うつもりだ。しかし、その前に俺には必ず調べておきたいことがあった。
「二体に増えた魔王、この秘密だけは全面戦争の前に絶対解き明かさなければいけない謎だ。いや、そもそも魔王とはいったい何者なのだろうか。なぜ、人間の前に現れるのか。なぜ、倒してもすぐに次の魔王が現れるのか。これらの謎を少しでも解明しなければ俺たちに勝機はないだろう」
俺には不思議とそういう気がしてならないのだった。アンドアネルに戻ってからというもの俺は必死になって魔王に関する情報を調べていた。そして、ある場所に行ってみることに決めたのだった。
「おそらく魔王がアンドアネルに攻めてくるまでには一週間以上はかかるだろう」
その間に俺たちは何とかして魔王の正体に関する秘密をつかまなくてはならないのだった。




