第二章(7)
山麓の小屋に戻った俺たち五人。すぐに山道を歩いてロンセリア軍本隊との合流を目指す。ここからでも絶え間ない大砲の音が聞こえてくる。ロンセリア軍と魔王軍の激戦は続いているようだった。
「果たして戦況はどちらが有利なのだろうか?」
俺は不安と期待が入り交じる気持ちでいるも、
「はあ~ん? トーイチは心配性だなぁ~」
ノルノはあっけらかんとしている。
「わたしたちがあれだけがんばったんだ。ロンセリア軍の圧勝に決まってるだろ。圧勝だ、圧勝」
ヤーレスさんも、
「まあ、油断はできませんが優勢なのは確かでしょう。魔王の統率が届かなければ勝てるように我々は綿密な作戦を立てているのですから」
「おっ。意見があったな、ヤーレス。さすがイケメン准将だな。トーイチはヤーレスと比べると顔や性格だけじゃなく頭の良さもまるっきり相手にならんな、わっはっは」
「ノルノ! きさま、言ってはならんことを!」
いつものようにケンカを始める俺とノルノ。
「何をやっとるんだ、おまえたちは。まだ戦いのさなかだぞ!」
「ふふ、みなさんは本当に元気ですね。ふふふ」
俺たちは魔王との戦いの緊張感も抜けて笑みも浮かべながら道を進んでいく。
二時間ほど歩いて。
キキマ砦付近が見渡せるような高台にたどり着いたときだった。
「なっ……!」
俺たちはロンセリア軍と魔王軍による戦いの現状を見て言葉を失った。
「……そんな」
しばらくして誰かが口を開いた。
「ロンセリア軍が……敗走している?」
両軍の差は明らかだった。ロンセリア一万の兵士たちはすでに陣形も何もないほどに乱れており、砦から出てきたモンスターたちに良いように攻め込まれていた。矢倉などの攻城兵器も多くが破壊されてしまっている。
「ま、魔法船はどうしたんだっ?」
俺は上を見る。
「あれがあれば砦を上空から攻撃できて……」
言葉が続かない。空を支配していた三十隻の魔法船、それらはもう数えるほどしか残っていなかったからだ。
「ああっ」
空を飛べる魔獣によってまた一隻の魔法船が落とされた。地面に墜落して爆発を起こす。ロネア様が悲愴な顔でつぶやく。
「……魔法力プラントもやられています」
ロンセリア軍の背後に備えられていた移動式の魔法力プラント。モンスターたちはそこにも目を付けたようだ。緑色の魔法力をまとった塔のような建物に次々とモンスターたちが集まってくる。まるで樹液をむさぼり尽くす害虫におおわれた大樹のようだった。
「魔法力プラントが破壊されれば魔法船などの兵器も動かなくなります。戦局はもはや逆転が不可能なところまできているようですね……」
ただただ首を振るロネア様。
「……くそっ」
受け入れがたい現実、しかしはっきりとした現実だった。俺たちは歯を食いしばるようにして戦いの様子を眺めるしかできなかった。
「……いったいどうしてこんなことに」
呆然とするヤーレスさん。確かに俺たちには納得がいかない。俺たちは魔王の注意を引きつけダメージも与え、ロンセリア軍がキキマ砦を攻めるのに非常に有利な状況を作り出したはずだ。それなのになぜ?
「み、みんな……」
ノルノが震える声でキキマ砦の上を指さした。
「あれを見ろ!」
ノルノが指さした先には空に何かが浮かんでいた。
「なんだあれは? モンスターか?」
それは大きなモンスターのようだった。ここからでも姿がわかるのでかなり大きなモンスターだ。まるで空に浮かび上がったクジラやサメのような姿をしている。
――カッ!
見ているとそのモンスターが不意に強烈な閃光を放った。閃光はロンセリア軍の真ん中に突き刺さると、大砲を一度に何発も撃ち込んだかのようなすさまじい爆発を巻き起こした。吹き飛ぶ大勢の兵士たち。
「なにっ! 魔法かっ?」
「し、しかもものすごく強烈な閃光魔法だ。あんな威力のものは見たことないぞ!」
ただただ驚く俺たち。この一連の攻撃を見ただけであのキキマ砦の上空に漂うモンスターが戦いの趨勢を左右するほどの存在だということがわかったのだった。
「ロネア様っ!」
ちょうどそこへ誰かが現れた。ロンセリア軍の兵士のようだった。
「司令部からの伝令です!」
兵士は俺たちに大きな声で命令を伝える。
「我々はこれより退却を開始する。ロネア様らもただちに戦地を脱出して我々と合流するように。とのことです」
「……了解しました」
ロネア様は重々しくうなずいてから兵士に尋ねた。
「それにしてもこの状況はいったいどうしたことです? なぜ、ロンセリア軍はこうも負けているのですか?」
兵士はやつれた顔を向けて言った。
「戦いの始めはみなさんの活躍もあって我々が有利に進めていたのです。動きの混乱したモンスターたちは相手ではなくキキマ砦の攻略も時間の問題かと思われたのですが……」
兵士はキキマ砦上空の巨大モンスターを見る。
「突然、あいつが現れたのです」
「あのモンスターはいったい何者ですか?」
兵士は瞳に明らかな困惑をたたえて答えた。
「第二十八代魔王、ギゾーカイです」
「魔王っ?」
「ギゾーカイだとっ?」
「魔王ならさっきまでわたしたちが戦っていたぞ。魔王モルグラッドだ!」
俺たちは口々に疑問の声を上げる。
「なんだよ、それっ? どういうことだよっ?」
「第二十八代魔王ですって? モルグラッドは確か第二十七代だったはず」
「モルグラッドは死んでないぞ。なのに、どうして別の魔王が現れるんだっ?」
「魔王が、二体……? そんな馬鹿な!」
「それは確かな情報なのかっ?」
兵士は首を横に振りながら、
「確かなことは何一つわかりません。ただ、あのモンスターは現れるなり自分でそう名乗ったのです。自分は第二十八代魔王ギゾーカイ、だと」
「……なんてこった」
俺は頭を抱える。
「魔王ってのは一体だけじゃなかったのか? 倒した後に別の魔王が現れるだけじゃなくて、倒さなくても別の魔王は現れるのか? なんだよ、それっ。わけがわかんねぇよ!」
ロネア様も少し虚ろな目で言う。
「魔王が二体……こんなことは前代未聞です。おそらく有史以来初めてのことでしょう。……とても信じられません。ただ、でもしかし……あのギゾーカイというモンスターが魔王クラスの魔法力を持っているのは確かなことでしょう。魔王が二体、現実を受け止めなくては……」
「…………」
無言になる俺たち。少し経って。
「とにかくだ!」
バムントさんが地面にざくっと剣を突きさして言った。
「俺たちがこのままここでぼうっとしていても何も意味はない。
しばらくするとここも危険になってくるだろう。早く伝令に従って俺たちもこの場を離れよう!」
俺たちはバムントさんの言葉にうなずく。
「そうですね。バムントの言うとおりです。早く私たちも退却を始めましょう」
高台を降りるように道を進んでいく俺たち。ロンセリア軍が雪崩のように敗走する様子を横目に俺たちは急いでキキマ砦から離れていったのだった。




