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第二章(6)

「みなさん、しっかり!」


 すぐにロネア様とノルノが駆け寄ってきて回復魔法をかけてくれる。


「気高き生命に宿る奇跡の力よ、大いなる死への奔流に逆らい命の尊さを我らに示した給え。回復魔法ルフォーネ」


 暖かい光に包まれる体。全身に残る鈍痛や細かい切り傷がシャワーで洗い落としたかのように消えていく。


「ありがとうございます、ロネア様」

「いえ、私の方こそ魔王に攻撃されてみなさんにかかった魔法を切らしてしまいました。申し訳ありません」


 さすがのロネア様でも顔に疲労の色が見えていた。


「ティノートンは魔法を使っている間、私自身が無防備になるという弱点があるのです。魔王はすぐさまそれを見抜いてきました。ティノートンは私が独自に開発した魔法なので簡単に弱点がわかるとは思ってなかったのですが。さすがは魔王、私の考えが甘かったですね」


 回復を終えたバムントさんはもう立ち上がって魔王を見据える。


「……フゥゥゥ」


 魔王の方も魔法で傷を直しているようだった。体のあちこちから漏れ出ていた黒い霧のようなものはもう見えなくなっていた。ヤーレスさんも短槍で体を支えながら立ち上がる。


「しかし、我々の攻撃は魔王にはっきりと有効でした。あの攻め方を継続することができれば魔王と互角以上に戦っていけるかもしれません」

「……そうですね」


 小考するロネア様。そこで、ノルノが手を上げた。


「よし、みんな。ここはわたしにまかせてもらおう」

「なんだ、ノルノ。どういうことだ?」


 俺が聞くとノルノは今まで見せたことがないほど真面目な顔で答えた。


「ロネア先生がティノートンを使って無防備な間はこのわたしが何としてでも先生を守りきってみせる。だから、みんなは思う存分攻撃に専念してほしい」

「なるほど!」


 俺は手をたたく。ノルノがロネア様の防御専用にまわるわけか。それならばティノートンの弱点も克服できるかもしれない。


「危険です、ノルノ。魔王の攻撃をあなた一人で防ごうなんて!」


 ロネア様は反対するが、


「こんな状況で危険も何もないよ、先生。とにかくわたしはやると決めたんだ。わたしは絶対に先生を守り通してみせるからな!」

「……ノルノ」


 複雑な表情を見せるロネア様。バムントさんが剣を構える。


「そろそろ魔王も回復を終えるぞ。こうなったら一か八か、ノルノの作戦で行くしかないだろう」


 ロネア様も観念してノルノを見る。


「わかりました。では、もう一度ティノートンを使いましょう。私のことは頼みましたよ、ノルノ」

「おう。まかせろ、先生!」

「魔王が動き出した。いくぞ!」


 魔王に向かって走り出す俺たち三人。


「世にあまねく広がり万物に平等たる重さの力よ、我が力を汝に捧げる。汝は我らに味方したまえ。重力魔法ティノートン」


 ロネア様の魔法によって例のごとく体が無重力状態のように軽くなる。


「うおおお」


 俺たち三人はバムントさんを先頭にして、魔王の側まであっという間に近づいていく。


「……ディー・ボーマ」


 再び魔王の周囲に火球が現れる。しかも、今度は三つ同時だった。魔王に向かう俺たちそれぞれとすれ違うように後ろに飛んでいく三つの火球。やはり狙いはロネア様だ。


「行ったぞ、ノルノ!」

「準備はとっくにできてる。今度は本気のマベールハイトだ!」


 ノルノとロネア様の二人を一緒に取り囲む大きなドーム状の光。魔王の火球が当たって炎の渦巻く激しい爆発が二人を襲ったが、


「だ、大丈夫だっ。この程度っ。あちち」


 二人とも無事のようだった。さすがノルノ。魔法力の高さはロネア様譲りだな。


「俺たちも攻めるぞ! それがロネア様への援護にもつながるからな」


 バムントさんは魔王の振りかざす大鎌にまったく物怖じしない様子で突っ込んでいく。


「ふんっ!」


 魔法の力を帯びた大剣を器用に操って正面から魔王と切り結ぶバムントさん。その隙を見てヤーレスさんと俺が魔王の懐に入り込む。


「やっ! はっ!」


 目にも止まらぬ速さで振るわれるヤーレスさんの短槍。


「ゴオオッ!」


 魔王も意外なほどの素早さでかわしにかかるが、


「そこだっ。マイネストラスよ、俺に力を!」


 体勢の崩れた魔王に俺はとっておきの技を繰り出す。


「ソード・セイクリッド!」


 魔王にこそ最大の効果を発揮する勇者の剣マイネストラス、そのガラスのような刀身がまばゆいばかりに光り輝く。


「ゴアアアアア!」


 魔王の肩口に突き刺さるマイネストラス。俺はそのまま魔王の肩を切り裂くと傷口からは黒い魔法力の霧が吹き出してくる。


「グアオオオオ!」


 暴れ狂うように鎌を振り回す魔王。周囲の柱や床を破壊的に傷つけていく。


「う、うおっと」


 ティノートンで肉食獣のように敏捷に動ける俺たちは紙一重で魔王の攻撃をかわしていく。


「……許さん」


 怒りに満ちた魔王の声。魔王は本気を出したかのようで矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてくる。


「……ボルザッケン」


 魔王の魔法。自分の体のまわり、広範囲に渡って電撃を張り巡らせてくる。


「ううっ……」


 たいした威力ではなかったが数秒ほど体がしびれる。その間にさらなる魔法。


「……デュクメット・ノイ」


 デュクメット・ノイ、暗黒魔法だ。魔王の前に現れた真っ黒な三十センチほどの球体、それが爆発した。


「ぐああーっ」


 グワン、という奇妙な爆発音とともに広がった漆黒の爆風が俺たち三人の体を吹き飛ばす。いや、ただ吹き飛ばすだけではない。


「くぅ。な、何も見えん!」


 床に手をついてうめくバムントさんとヤーレスさん。この魔法の恐ろしいところはしばらくの間、当たった相手の視力を奪ってしまうということだった。


「くそ、魔王めっ」


 勇者である俺は魔法に強い耐性があるのでまったくの無事であった。すぐに立ち上がって剣を構える俺。再再度、魔王による魔法。


「……ディー・ボーマ」


 今度は五つの火球。飛んでいった先は。


「ノルノ! ロネア様!」


 俺ではなかった。徹底して攻撃の要であるロネア様を狙うつもりだ。


「マベールハイト!」


 ノルノの対魔法防御魔法。しかし。


「なにっ?」


 魔王の放った火球が向かった先はノルノたちでもなかった。


「そうか。これはまずい!」


 五つの火球が当たって大爆発を起こしたのはちょうどノルノたちの真上にある天井だった。


「ああっ!」


 爆発によって天井から崩れ落ちる巨大な石の群れ。このままではノルノたちはその石の下敷きになってしまう。対魔法用のマベールハイトでは落下してくる石までは防ぐことはできない。


「ぬおおおおお!」


 雄叫びを上げるノルノ。


「力、波、空間、時間。あらゆる事象は一と成り得ん、あらゆる系は一と成り得ん。収斂、そして破砕の連鎖」


 何かの呪文を一瞬で唱え、真上に放った。


「振動魔法イドルホーン!」


 巨石の群れがノルノとロネア様を押しつぶそうとした直前。ブーン、という耳障りな音が耳を打った。と同時にとてつもない量の粉塵が辺りにまき散らされたのだった。


「ノルノっ!」


 粉塵によって姿が見えなくなる二人。ただ、石が床に落下したような大きな音はまったくしなかった。ということは二人は無事かもしれない。おそらくノルノの大きな振動魔法が降ってくる石々をすべて塵に変えてしまったのだろう。


「げほっげほっ。わ、わたしたちは平気だ。みんな、戦ってくれっ」


 うっすらと手を振るノルノの姿が見えた。


「良かった!」


 やはり無事だったか。とっさにあんな判断ができるとは。ノルノ、すごいじゃないか。よくロネア様を守りきったな、えらいぞ。


「魔王め。今度こそ覚悟しろ!」


 ノルノに強い勇気を与えられた俺は魔王に向かって斬りかかっていく。


「はあああっ」


 マイネストラスが魔王の鎌と何度も交錯して魔法力の火花が飛び散る。


「……キリュア・フ・ロンザ」


 至近距離から魔王の暗黒魔法。突如として床から生えてきた真っ黒な十字架にはりつけにされる俺。


「ぐはあっ!」


 十字架によって全身にねじ切られるような痛みが走り、急速に体力が奪い取られていくのを感じた。勇者である俺にすら充分に通用するほどの強力な魔法だ。


「うぐっ……」


 しかし、俺はこのままやられるわけにはいかない。


「うぐおおおおお!」


 俺は持てるかぎりの力を出して、はりつけにされた十字架から体を引きはがす。俺の体が急に光を帯びて魔王の魔法から完璧に解き放たれる。


「くっらえええええ!」


 俺は輝きを増したマイネストラスを魔王の頭に振り下ろす。


「グレイトフル・ブレイブ!」

「ゴオォォォアアアァァァ!」


 魔王に多大なダメージを与える勇者の必殺剣。無我夢中だったが俺にも使うことができた。まともにこの技を受けた魔王は絶叫しながら苦しみもがくように後ずさっていく。


「……おのれ、勇者」


 左手で顔を押さえる魔王。ドラゴンような顔の半分は焼けただれたような大きな傷を受けており黒い霧が絶えず立ちのぼっている。霧の奥からさらに輝く両眼の赤い光が見える。憎しみしか感じられない赤い光だ。


「はあっ、はあっ……」


 俺は乱れた呼吸のまま魔王の視線をまっすぐに受け止める。


「……おのれ!」


 ややあって、魔王の体からいっそう強い魔法力が発せられる。


「……おのれえええ!」


 並みの人間なら近寄っただけで死んでしまいそうなほど禍々しい魔法力だ。魔王は何か恐ろしいことをしようとしている、俺がそう感じた時だった。


「トーイチ! みなさん!」


 後ろからロネア様の声が聞こえた。


「もうそろそろ充分でしょう。引き返しますよ!」

「えっ?」


 俺には意外な言葉だった。

 引き返すだって? せっかく魔王と互角以上に戦えているんだ。このままだったら魔王を倒すことだって可能かもしれない。そうすれば今回のキキマ砦奪還作戦は百パーセント成功するはずだ。それをここで逃げてしまうなんてもったいない話じゃないか。

 俺がそう思ってぐずぐずしていると視力の回復したバムントさんが俺の側にやって来た。


「急げ、トーイチ。ロネア様の言葉に従うんだ!」


 ヤーレスさんも、


「今回の我々の目的は魔王を倒すことじゃありません。時間はたっぷりと稼げましたし魔王にも相当なダメージを与えることができました。後はロンセリア軍のみなさんにまかせましょう」

「……わかりました」


 渋々、承知する俺。ここでわがままを言ってみんなを困らせるわけにはいかない。それに。

 ――ドゴン!

 大広間の入り口で大きな音がした。見ると扉を突き破って外からモンスターが部屋の中に入り込んできていた。


「さあ、早く!」


 大声で俺たちに呼びかけるロネア様。さすがにモンスターの援軍と魔王を同時に相手するわけにはいかない。俺たち三人はすぐさまロネア様とノルノのもとに駆けもどって、そのまま大広間を出ようとした。


「……逃がさん」


 大きな魔法を使ってくる魔王の気配がしたが、


「閃光魔法ルランツ」


 ロネア様の魔法の方が早かった。目を焼くような強烈な光が部屋中に広がって、魔王やモンスターたちの動きを止める。


「ふんっ!」

「やあっ!」


 扉付近にいたモンスターを斬り伏せるバムントさんとヤーレスさん。俺たち五人はからくも魔王のいる大広間から脱出することができたのだった。


「ポータルまで急ぎましょう!」


 再びヤーレスさんを先頭にもと来た道をもどる俺たち。モンスターの多くは外に出払っているためか思ったより行く手をふさぐ敵は多くなかった。


「砦を出ます!」


 ポータルによって外に転送される俺たち。こうして俺たちのミッションはひとまず成功といえる戦果を上げたのだった。

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