第二章(5)
「魔王モルグラッド!」
俺は相手の名を呼ぶ。第二十七代魔王モルグラッド。三メートル以上はある人間型の体躯に骨だけでできたような顔、黒くとげとげしい角と両翼、死神を連想させる黒いローブと長く曲がりくねった大鎌。真っ赤に輝く両眼は見ているだけで魂を吸い取られてしまいそうな力を持っている。こいつは間違いない。ロンセリアにおいて恐怖の象徴である魔王モルグラッドで絶対に間違いなかった。
「…………」
無言で玉座から立ち上がる魔王。立ち上がるだけで威圧的な魔法力の波が俺たちを襲ってくる。
「くっ。なんて圧力だ。化け物め!」
歯を食いしばるノルノ。俺は恐怖に支配させるのを拒むかのように叫ぶ。
「魔王モルグラッド! きさまの目的はいったい何だ? なぜきさまは人間を滅ぼそうとするんだ!」
「……我が名はモルグラッド、魔の力を支配する者なり」
俺の問いにそうとだけ答えて不気味に両眼を輝かす魔王。
……駄目だ、やはり魔王と話をするのは無理か。倒してもすぐに現れる魔王の情報が少しでも得られれば、と思ったんだが。
ゆっくりとこちらに向かってくる魔王。ロネア様が真上に杖を向けてある魔法を使った。すると、光の玉が杖から放たれて天井をすり抜けて飛び去っていった。
「魔王との接触を知らせる信号弾です。これによりロンセリア軍の総攻撃が始まります。後は私たちがどれだけ時間を稼げるかです」
ロネア様の態度は魔王を前にしても威厳に満ちている。
「さあ、戦いましょう。魔王と!」
「はい!」
俺たちはロネア様の姿に気持ちを鼓舞されたかのように足を前へと出す。
「おのれ、魔王め。まずはこのわたしが挨拶代わりに魔法をくれてやる!」
大きな杖を魔王に向けて呪文を唱えるノルノ。
「有から無、無から有へ、刹那に瞬く猛き力よ、今こそ我が命ずる、赫々たる焔と成りてすべてを燃やし尽くさんことを。火炎魔法バイバドル!」
ノルノの得意な魔法だ。竜巻のような炎の渦が杖の先から放たれて魔王へと襲いかかる。しかし。
「……ツィハースレン」
低く震えるような魔王の声。すると。魔王の眼前まで迫った炎が一瞬で凍りついた。みるみるうちに魔王の前に巨大な氷の彫刻ができあがる。
「なっ、なんだとっ?」
魔王は氷雪魔法ツィハースレンでバイバドルの炎を凍らせたのだった。あらゆるものを凍らせるツィハースレンだが魔王が使うと灼熱の炎ですら例外でないようだ。
「く、くるぞ!」
さらに、バイバドルの炎を根本まで凍らせて広がっていく氷の塊。俺たちはすぐに今の位置からちりぢりに離れる。
「ぬわあああっ」
ノルノも急いで後ろに逃げる。さっきまでノルノがいた場所はすでにスケートリンクのように氷が埋め尽くしていた。
「大丈夫ですか、ノルノ!」
「……ふぁい。なんとか」
雪がちらつく大広間の中。ロネア様はノルノに呼びかける。
「魔王はその名の通り魔法のエキスパートです。うかつに魔法で攻撃を仕掛けるとこのように大きな反撃を受けてしまいます。気をつけましょう!」
「ふぁい。ふえっくしゅん!」
とりあえず風邪を引いただけですんだノルノ。ロネア様は俺たちにも言う。
「なので魔王へは攻撃は武器による直接攻撃を中心としていくのがいいでしょう。わたしたち魔法使いは援護と回復にまわります。申し訳ありませんが主だった攻撃はみなさんでお願いします」
「はい、了解です!」
魔王へと向かっていくバムントさんとヤーレスさんと俺の三人。
「火炎魔法バイバドル!」
早速、後ろからロネア様の魔法による援護があった。ただ、この魔法は通じなかったはずだが。
「……ツィハースレン」
やはり。魔王の反撃。しかし、ロネア様の狙いは魔王本体ではなかった。バイバドルの炎は魔王の前で大きく横に逸れていった。ツィハースレンの効果も小さな氷の塊をいくつか作っただけにとどまった。
「うまい! 今のうちだ!」
つまり、ロネア様の攻撃は魔王の動きに隙を作るためのものであった。魔法を使った直後で動けない魔王に俺たち三人はそれぞれの武器を手に魔王に斬りかかっていく。
「ええいっ!」
ガガガン。魔王の鎌と交錯する三人の武器。
「ゴフゥゥゥ!」
さすがに三人同時による剣戟は防ぎきれずにどこかに傷を負った様子の魔王。
「よし、いけるぞ。もう一度だ!」
かさにかかって攻める俺たち。が、そこへ。ブオン、とうなるような風切り音。魔王は大鎌を振るって俺たちを簡単には近づかせないようにしてくる。
「ちっ!」
俺たちが距離を詰められずにいると魔王の魔法が飛んでくる。
「……ボルザッケン」
魔王の手から放たれた電撃が俺たちの前に落ちて爆発する。
「ぐわっ!」
後方へと吹き飛ばされる三人。幸い、たいしたダメージは受けずに済んだものの魔王との距離はさらに離されてしまった。
「ちぃ。やっかいだな。なかなか近づけない」
間合いの広い魔王の大鎌と普通の魔法使いより何倍も速く発動する魔法。これは近づくだけでも容易ではない。
「私に良い考えがあります。私があなたたちの体にある魔法をかけてサポートしましょう」
状況を見たロネア様は今度は俺たちの方に魔法をかけてくれるという。
「世にあまねく広がり万物に平等たる神秘の力よ、我が力を汝に捧げる。汝は我らに加護を与え給え。重力魔法ティノートン」
何かの力が俺たちの体を取り巻いてくるのを感じる。ロネア様は説明する。
「これでしばらくの間みなさんの体は羽のように軽くなり、今までとは比べものにならないほど速く動けるようになったはずです。頑張って魔王に立ち向かってください」
俺は試しに前方へとジャンプしてみる。
「うはっ!」
なんと、簡単に魔王の頭上辺りの天井まで飛び上がることができた。天井を足で蹴って魔王の背後に回る俺。まるで体が弾丸にでもなったかのような気分だ。
「また三人で行くぞ、トーイチ!」
「はい!」
魔王の背後に回った俺、前方のバムントさん、横に位置取ったヤーレスさん。
「いっけえええ!」
三方から一斉に魔王へと斬りかかる俺たち。魔王の振り回す大鎌もぎりぎりでかわしていく。魔王は前から向かってくるバムントさんの剣は鎌で受け止めるも、後ろから俺のマイネストラス、横からヤーレスさんの短槍による攻撃までは防ぎきれない。
「ゴオオオオオ!」
魔王の低く激しい声が広間にとどろく。
「今のは手応えがありましたよ!」
「止まるな。続けるんだ!」
「くらえ、マイネストラスを!」
俺たちの連続攻撃が魔王の体に次々と傷を作っていく。
「ゴアアアアア!」
魔王の叫び。傷口からは黒い霧のようなものが吹き出している。
「これはいけるぞ!」
俺たちの攻撃ははっきりと魔王を苦しめている。この調子が続けば俺たちの方が有利だ。もしかしたらこのまま魔王を倒すこともできるかもしれない。俺がそう思ったときだった。
「……ディー・ボーマ」
魔王の手から魔法が放たれた。一瞬で現れた火球が爆発とともにまるで大砲の弾のように打ち出されたのだった。
「むうっ?」
ただし、その火球は俺たち三人に向けて放たれたものではなかった。火球は一直線に俺たちの背後へと飛んでいく。その先にいたのは。
「ロネア様っ!」
魔王の魔法はロネア様を狙ったものだった。ロネア様はなぜか動けずにいる。いくらロネア様でもこのままではまずい。火球が直撃する!
「防御魔法マベールハイト!」
ノルノの声と一緒に現れる光の壁。ノルノが魔法でロネア様を守ったのだった。火球はノルノの防御魔法に当たって激しく爆発する。
「きゃあああっ」
ノルノの魔法でも完璧には防ぎきれなかった爆発によって吹き飛ばされるロネア様。
「せ、先生っ?」
「だ、大丈夫です。それよりありがとう、ノルノ。助かりました」
駆け寄ってきたノルノ。ロネア様は自分の力で立ち上がったので大きなダメージではないようだったが。
「はっ、これは?」
気がつくと俺たちの体に変化が起きていた。ティノートンによって軽くなっていた体が元の状態に戻っていた。動きが格段に鈍くなる。
「ま、まずいっ。いったん引くぞ!」
攻撃が先ほどまでと比べて届きにくくなった俺たち。体勢を立て直すべく後ろに下がろうとしたところに、
「……ギルホーン」
魔王の大きな魔法がきた。振動魔法ギルホーンだ。魔王の周囲の空気が蜃気楼のように歪んでいく。
「やばい、伏せろおおお!」
――バン!
空気が破裂した。ソニックブームと呼ばれる荒れ狂う空気の衝撃波が俺たちの身に襲いかかる。ギルホーンによって生まれた衝撃波は魔法というより物理的な特性のほうが強い。いくら魔法に抵抗力がある勇者でもこれは耐えきれない。
「防御魔法マベールハイト!」
すんでのところでロネア様とノルノが防御魔法を張ってくれる。目の前にできた力の壁がなんとか鼓膜が破れたり大きな切り傷を負ったりするのを防いでくれた。
「ぐわあああああ!」
それでも全身を馬鹿でかいハンマーで殴られたかのような衝撃を受けて吹き飛ばされる俺たち。一分ぐらいたってようやく風が収まってきたとき、どうにか俺たちは体を起こすことができた。




