第七話 夜の果て
今夜も真理の枕元に立って、
涙の跡が残る顔を見下ろしていた。
「って……なんでお前がいるんだよ?」
俺の隣で琴音ちゃんがツインテールを揺らして、浮遊していた。
「この女が、お兄に手を出さないか……見張ってないと」
「あのなぁ……真理はたぶん、お前の兄ちゃんのこと好きじゃないぜ?」
「は? なんでそんなこと分かるのよ」
「男の勘ってやつかな」
「いや、女の勘が告げている。お兄が危ないって! この女豹を近づけさせるわけにはいかない」
「なんだよ女豹って……」
そりゃ、俺だって真理が逢坂と遊ぶのは面白くない。
でも、守護霊に宿主の行動を妨げる権限なんてないからな。
「はぁぁぁぁ!」
琴音ちゃんは真理に向かって両手を突き出し、
目を閉じている。
「何してんの?」
「念を送っているの……」
「そんなことできるのか?
それは守護霊としては見過ごせないな」
琴音ちゃんの細い腕を掴み、謎の儀式をやめさせる。
「ちょっと、離しなさいよ!
セクハラよ!」
「うおっ!」
彼女が軽く手を払っただけで俺は壁際まで飛ばされた。
さすが下の下……こんな小娘にすら力負けするのかよ。
転生モノの主人公なら、守護霊になって無双すんのに……いや、守護霊だから厳密には転生じゃないのか?
馬鹿なことを考えている俺の目の前で、
琴音ちゃんはツインテールを振り回し謎ダンスを踊っていた。
なんか、こいつの念なら害はなさそうだ。
不思議とそう思えてきた。
「なぁ、琴音ちゃんは、逢坂……てか歩のどこが好きなんだ?」
いうてただのクズだろ。
「どこってお兄は、誰にでも気さくだし、
かっこいいじゃん」
「ま……そこは認める」
はぁ、カースト上位でイケメンで、
可愛い妹に、いい感じの雰囲気のクラスメイトがいる。
……逢坂歩……憎き相手は俺の持っていないもの、すべてを持っていた。
これで……俺が死んでいるなんて……世の中どんだけ不公平なんだよ。
「へい! へい! へい!」
変なポーズを決めながら、琴音ちゃんの舞は続いた。
「おい、もういいだろ」
「うっさい、これでお兄の貞操は守るんだから!」
「貞操って……歩はヤリチンだぞ……」
「えっ……?」
琴音ちゃんの動きが止まった。
「そ、そんなわけないじゃん」
彼女は明らかに動揺していた。
「いや、冷静に考えてみろ。
気さくなイケメンが本気で童貞だと思うか?」
「……うっ……」
「琴音ちゃんだって薄々気づいてたんじゃないのか?」
「そんなことないもん……お兄は……私のお兄だもん」
言っていることが支離滅裂だ。
震える声で、彼女はうつむく。
「ま、好きにすればいいさ。
ともかく、真理に変なちょっかいを出すなよな」
って、なんで俺、守護霊みたいなことしてんだよ。
真理なんか……どうなったっていいだろ……
「う、うわーん!」
琴音ちゃんはついに泣き出してしまった。
「お、おい。泣くほどのことか?」
「うわーん! うわーん!」
張り裂けるような泣き声が、窓ガラスを揺らす。
「ごめん、俺が悪かったって」
「ううっ……」
彼女はしゃがみ込んで、啜り泣いていた。
†
どれだけ時間が経ったんだろう。
琴音ちゃんは泣き疲れて寝息を立てていた。
生霊も寝るんだな……
俺は逢坂の代わりに琴音ちゃんの頭をそっと撫でる。
「お兄……」
そうだよな。自分の体に戻れないなんて……辛いよな。
俺みたいに死んでいたら、腹を括るしかないけど、いつ目を覚ますか分からない、朽ちていく自分の体を見ていくのは、想像以上に堪えると思う。
まったく、こんな可愛い妹を心配させんなよな。
ますます逢坂歩のことが嫌いになった。
「――今だけは俺が兄になってやるよ」
琴音ちゃんは子猫のように俺の膝の上で丸まって寝ていた。
こうして触れ合えることが不思議だった。
果たして、俺の行き着く先はどこなんだろう。
漠然とした不安を抱えながら、俺も目を閉じた。




