第六話 兄と妹
うだるような夏の暑さも、
視界を白く染める日差しも、
汗ばむ肌も、今の俺には関係ない。
結局、真理はどっちつかずのまま、
週一のペースで登校していた。
「おいーっす、真理、暇なら家で遊ばね?」
その貴重な一回の日に茶髪のチャラ男……逢坂が真理の肩を軽く叩く。
こいつ、真理に馴れ馴れしくしやがって……
「歩……あんたん家行くの久々だわ」
真理は教室の天井を目でなぞり、しばらく黙り込んだ。
「ま、たまには付き合ってやるか」
「お、珍しく乗り気じゃん。
真理はこうでなくっちゃな」
なんだかんだ、真理と逢坂は仲良い。
……当然、俺も遊びに行かなければならない。
守護霊ってのは世知辛いねぇ。
何が楽しくて、自分をイジメてた奴らの青春を覗かないといけないんだよ。
†
逢坂の家は市営の賃貸アパートの片隅にあった。
苔むした白かったであろう外壁がやたらと哀愁を漂わせていた。
彼の家の中には、潰されたビールの空き缶や、灰皿を彩る煙草の吸い殻が散乱していた。
「お前の家、相変わらず汚いな……」
真理も口元に手を当て、若干引いている。
「お袋も忙しいし、仕方ねぇだろ」
「いや、あんたが掃除しなよ。
……って、もしかして私に掃除をさせようと思って誘ったのか?」
「あ、バレた?
ま、気分転換になるだろ」
逢坂はワックスで固めた髪を軽く掻き上げた。
「は? あんたも手伝うんだよ!」
「えー」
二人は軽く小競り合いを始めたが、
何だかんだ言いつつ掃除道具を手に取った。
俺は何を見せられているんだ?
「あいつ、お兄の何なのよっ!」
突然、甲高い声が耳元で響く。
うおっ! びっくりした。
柱の影から栗色髪にツインテールの少女が真理を睨んでいた。
この子……逢坂の妹か?
「ちょっと、あんたもあの女を追い出すのを手伝いなさいよ!」
えっ……!?
少女は当たり前のように俺に話しかけてくる。
「え、俺?」
「あんた以外に誰がいんのよ」
「キミ、俺が見えるのか?」
「は? 見えてるから話しかけてんでしょ?
バカなの? 死ぬの?」
この子、物凄く口が悪い。
「いや、死んでるけど……」
少女は一瞬目を見開いて、視線を泳がせる。
「あ……それは、ごしゅーしょーさま」
「いや、今さら気遣われても……」
「あんた、名前は?」
「境……拓也……」
「ふーん。私は、逢坂琴音。皆からはコトっちって呼ばれているわ」
「そうなんだ。それで、不満ならコトっちが真理を追い出せばいいんじゃね?」
「気安くコトっちって呼ばないでよっ!」
「ふげっ!」
突然の回し蹴りが俺の鳩尾に刺さる。
ぐぐぐ……ちゃんと痛い……
こいつも、幽霊に干渉できるのか……
琴音ちゃんは自分の部屋に身を隠しながら、逢坂兄と真理の様子を覗き見していた。
「あ……妹の部屋も掃除しないと……」
逢坂が掃除機を持ってこっちにやって来る。
「まずい!」
「えっ! ちょっ!?」
琴音ちゃんは俺の手を引っ張り、慌てて押し入れに逃げ込んだ。
「ちょっ、俺は隠れなくて大丈夫だろ!」
「静かにしてなさい!」
狭い押し入れで出会ったばかりの少女と密着する。
なんだよこのラブコメ展開は……
これが生前ならどんなに良かったか……
「琴音ちゃん……まだ……」
「ああ……」
逢坂兄と真理の声が少し沈んだ。
って……え?
よくよく考えたら不自然だ。琴音があんなに騒いでいたのに、二人は俺たちに気づく素振りすら見せていない。
「琴音ちゃん……隠れる必要なんてなかったんじゃ?」
「ううう……」
真理と逢坂兄が部屋から出て行った後、俺たちはゆっくりと押し入れの襖をすり抜けた。
「琴音……今、植物状態なんだって……」
「そうなんだ……」
幽体離脱ってことか?
それとも臨死体験?
「それで、拓也は?」
「俺は守護霊なんだとさ」
「へぇ……初めて見たかも……」
「確かに俺も、幽霊ってか生霊と話したのは初めてだな」
てか、今まで幽霊かどうか気づいていなかった可能性すらある。
その後、逢坂兄と真理は大人な展開もなく、
軽く雑談をして解散した。
†
真理は帰って早々ベッドに飛び込んだ。
守護霊になっても真理が何に悩んでいるのか分からない。
「この女、お兄と付き合ってはいないのよね?」
「って、うおっ!」
当たり前のように琴音ちゃんがついてきていた。
……いや、憑いてきている。
「琴音ちゃん、どうしてここに?」
「ん?
お兄にちょっかいを出す女は、一人残らず呪い殺してやるわ」
「そんな物騒なこと、俺が許すと思うか?」
「は? 何よ、琴音に逆らう気?」
「ふぎゅっ!」
俺の首に細い腕が回される。
琴音ちゃんは俺に組み付き、あっという間に、チョークスリーパーをキメられた。
「ぐ、ぐるじい……ギブ……ギブ……」
「これに懲りたら、琴音に逆らわない《《ことね》》」
「……ダジャレ?」
「……」
「ふぎゅー!」
無言で再び首を絞められる。
こんな華奢な女の子の腕すら振りほどくことができない。俺は本当に下の下なんだ。
薄れゆく意識の中で、俺は二度目の死を覚悟した。




