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死んでも守るとは言ったが、死んでからも護ると言っていない!  作者: 那須 儒一


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第五話 下の下

どれほどの時間が流れただろう。


一時間――あるいは一瞬だったかもしれない。


気づけば俺も真理《まり》の隣で正座をしていた。


「それで……穂乃果《ほのか》や……この子に取り憑いとるのが悪霊じゃと?」


婆さんの刺すような視線が俺を見据える。


勝手に守護霊だと思っていたが、

悪霊の可能性も十分にあり得る。

なんせ自分では分からないんだから。


「ちょい……」


婆さんは穂乃果を手招きする。


「はい、お祖母様!」


バシッ!


「痛っ!」


婆さんが脇に置いてあったハリセンで稲瀬の頭を勢いよく叩いた。


「ちょっと、お祖母様!

どうしてわたくしを叩くんですの?」


「五月蝿い!」


バシッ!


ハリセンが再び稲瀬を殴る。


「きゃっ! お祖母様、お許しください」


「まったく、お前は恵まれた霊感に胡座《あぐら》をかいておる。だから、真を見落とすのじゃ」


婆さんは俺に視線を向け、目を細めた。


「……坊主……つらかったの……」


えっ……

気づけば頬を涙が伝っていた。


……辛かった?

……そうか……俺は辛かったのか……


「うっ……ううっ……」


何故か、真理も泣き始めた。


俺の哀しみが伝播したのか?


婆さんは真理をそっと抱き締めた。


誰も何も言わなかった。

ただ、時間だけが過ぎていった。


❖


「どうじゃ。

スッキリしたかの?」


「おばあちゃん。私……」


「うむ。お主に新たな守護霊が憑いとる」


「守護霊……それって、誰なの?」


真理は意外にも婆さんの話に食い付いた。

オカルトの類いは信じないものだとばかり思っていた。


「うむ。お主のよく知る人物じゃが、知らぬ方がいいだろう」


「どうして?」


「知ることで、嬢ちゃんに迷いが生じるからじゃ」


「迷い……」


確かに、俺が守護霊だと分かったら、

着替えとか風呂とかトイレに行きづらくなるもんな。


ま、散々拝見してきたから今さらなんだけど。


「お祖母様……彼は守護霊だったんですね」


稲瀬が顔を伏せ、恐る恐る尋ねる。


「そうじゃ、たわけが。お前はまだまだ修行不足だの」


「てか、私の守護霊って男なんだ。

イケメン?」


「いいや」

「全然」


婆さんと稲瀬が声を揃えて否定する。


「おい……」


確かに俺は三軍顔だけど……


「ふぅん。誰か気にはなるけど、考えても仕方ないか」


楽天的なのは真理の良いところだな。

子どもの頃、こいつの底抜けの明るさに何度助けられたか。


「おっと……嬢ちゃんに一つ忠告じゃ」


婆さんの声に真理が姿勢を正す。


「お主の守護霊は下の下じゃ。

あまり危ない場所に立ち入るでないぞ。

彼ではお主を護りきれぬやもしれん」


「ぷっ」


稲瀬が吹き出した。


「下の下の霊でもお前の下着ぐらいは覗けるぞ」


「ちょっと、やめてくださいまし。

ほら、お祖母様、やはりこいつは悪霊ですっ!」


「ほっほ。パンツぐらいよいではないか。

こやつは女性の肌も知らずに死んでしもうたんだから」


うぐっ……婆さんの言葉の方がよっぽど効く。


「パンツ?

二人とも何の話をしてんのよ」


そっか、真理だけには俺の声は聞こえていないんだった。


「ま、何かあったらまた来んさい」


婆さんが最後にニカッと笑った。


†


逢魔が時、空は茜色に染まっていた。


真理と稲瀬は並んで帰路に着く。


「真理、今日はごめんなさい。

わたくしの早とちりで」


「ううん。別にいいわよ。

守護霊ってのがちゃんといるのが分かったから」


「下の下ですけどね」


稲瀬は小悪魔的な笑みを浮かべ俺の方を向く。


「真理……明日からは学校には行きませんの?」


「うーん。私、高校を辞めようかなって」


「えっ、辞めてどうするんですの?」


「それは分かんないけど……」


「やっぱり、拓也《たくや》が原因?」


「うん……高校にいると、あいつを思い出すから。休憩時間とかいないはずのあいつを探して……パシろうとして……」


「真理……」


正直、複雑な気持ちだった。


「真理が決めたことですもの。私は口出しはしませんわよ。でも……少し寂しくなりますわね」


「穂乃果だって、私と話すようになったのはつい先日じゃない」


「ま、そうですけど……せっかく仲良くなったのに……」


真理は穂乃果の手をそっと握った。


「別に高校辞めても、いつでも会えるっしょ」


「そうですわね」


俺はどさくさに紛れて、稲瀬の手をそっと握った。

かすかに温もりを感じる。


彼女は一瞬俺を見たが、手を振りほどくことはしなかった。


三人並んで、河川敷を歩く――その後ろには影が二つだけ伸びていた。

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