第四話 除霊
俺が死んでから、早くも三ヶ月が経過した。
真理……そろそろ俺のことを忘れてくれよ。
だんだん彼女が不憫に思えてきた。
別に俺は真理のことを死ぬほど恨んじゃいない。
……いや、死んではいるけど。
そろそろお前の人生を歩んでくれ。
こんなことをされても、何も戻っては来ない。
守護霊ってのは名ばかりだな。
せめて、真理と会話ができればこのモヤモヤは解消されるのかもしれないのに。
†
翌朝、珍しく真理が制服に着替え始めた。
へぇ、今日は学校に行くのか。
時間だけはあり余っていたから、少しずつ守護霊について分かってきた。
真理から多少は離れていても活動できる。
また、一日のうち、どこかで休息をとる必要がある。
これを睡眠と呼んでいいのか分からなかったが、意識が不自然に途切れる時がある。
少し不思議だったのが、すり抜けられる壁とそうでない壁が存在する。
空は飛べないが、月面に降り立ったような、ふわふわした感覚が常につきまとってくる。
月なんて行ったことはないけど。
そんなこと考えているうちに、真理とともに久しぶりにクラスに足を踏み入れた。
「はぁ……」
もう、何度目かも分からないため息を、彼女が漏らす。
真理……どうして俺をパシるようになった?
たとえ理由が分かったところで俺は真理を許せるのだろうか。
「おっ、真理じゃん!
いくらなんでもサボりすぎじゃね?」
この茶髪頭のチャラ男は、
真理がいるグループの逢坂歩だ。
真理よりも、俺はこいつの方がムカつく。
真理は俺をパシるだけだったけど、逢坂は殴ったり、蹴ったりと、いちいち絡みがウザかった。
特に、周りを巻き込んで俺を嘲笑する。
それが何より嫌だった。
「歩……ごめん……」
「なんだよ。らしくねぇな。しおらしさなんて、お前には似合わねぇよ。境に呪われてんじゃねぇの?」
こいつは相変わらずデリカシーがないな。
俺が呪いたいのはお前の方だってのに。
「いっそ、呪ってくれたらよかったのにね……」
真理はそれだけこぼして、席に座った。
三ヶ月も経てば、俺の席はなくなっていた。
担任の白爺も薄情な奴だ。
このクラスは俺なんかいなくたって何も変わらない。唯一変わったのは真理だけだ。
†
放課後――真理は夕日に染まる窓の外を眺めていた。
「あっ、真理! 来てくれたんですの!」
稲瀬が真理に飛びついてきた。
「ちょっ、穂乃果、苦しいってば」
「ごめんなさい。つい、嬉しくって……」
「あんた……どうして……高校に入ってから絡みなかったじゃん」
「真理……高校で変わってしまったと思っていましたから」
「何よそれ……髪だって染めたし、変わったわよ」
「ううん。真理は真理のままですわ」
稲瀬が俺を一瞥する。
な、なんだよ……
この前は確かに俺が悪かったけど、
そんなに怒んなくてもよくないか?
「真理、ちょっとだけ、ここで待っていてくれます?」
「えっ、いいけど……」
「うおっ!?」
突然、稲瀬に腕を引っ張られた。
こいつ、俺に物理的に干渉できんのかよ!
「ちょ、やめろって」
強引に廊下に連れ出された。
「同級生のよしみで大目に見てあげてたけど……これ以上、真理を苦しめるなら……容赦しませんわよ!」
「容赦しないって、どうすんだよ?」
「決まってますわ!
お祖母様に言いつけてやる!」
「お祖母様?」
いまいち話の流れが読めない。
この時の俺は、稲瀬の言葉を軽く見ていた。
†
その週の日曜日――俺と真理は境内に足を踏み入れた。
「真理、よく来てくれましたわね」
「そういえば、穂乃果って神社の娘だったわね」
「ええ、あなたに憑いている悪霊を祓ってあげますわ」
へぇ、悪霊ねぇ……って俺のことか!
「おい、稲瀬! さすがにそれは……」
いや、成仏できるならそれでいいかもしれない。
そもそも、俺には未練も何もない。
これ以上、この世に留まったって、辛いだけだ。
「私、お祓いなんて頼んでないんだけど……」
「まぁまぁ、少しは気が晴れるかもしれませんし」
稲瀬は強引に真理の背中を押した。
「ちょっと、穂乃果ってば」
結局、流されるまま、事務所のようなところに通された。
その奥の和室に厳かな雰囲気の老婆が座っていた。
老婆の視線がこちらに向けられる。
……目が合った。
この婆さん……俺が見えている。
存在するはずのない生唾を飲み込む。
老婆は俺のつま先から頭まで、舐め回すように見ていた。
「そこへ、座んなさい」
小柄な老婆の威圧感に、真理までも気圧されてその場に正座した。




