第三話 親友
いつもの景色、いつもの間取りに、珍しい客人が来ていた。
「ねぇ、真理ってば、学校……来ませんの?」
黒髪を肩口で切り揃えた少女が、布団に潜り込んでいる真理の隣に座った。
「うん……行かない……」
真理は、次第に高校へ行かなくなっていた。
クラスの奴らも薄情だよな。真理と仲良かったグループで誰一人、彼女の元には来なかった。
唯一、会いに来たといえば……ここにいる稲瀬ぐらいだ。
稲瀬穂乃果。
中学の時に真理と親友だった娘だ。
真面目で成績優秀。
高校に上がって、真理とは疎遠になっていたと思うが……どうして今さら?
「真理、やっぱり拓也くんのこと……引きずっているんですのね」
「もう、うるさいなぁ。放っておいてよ!」
真理は起き上がると、部屋から出て行った。
まったく、稲瀬もよくわからんな。
こんな女、放っておけばいいのに。
「ねぇ、あなた……真理に何かしたでしょ?」
ん……?
こいつ、誰に話しかけてんだ?
部屋を見渡すが誰もいない。
「拓也くん、聞いているんですの?」
えっ……俺?
恐る恐る稲瀬を見ると――目が合った。
「ひゃぁぁぁ!」
俺は、慌てて壁際に逃げた。
「ちょっと、何で幽霊のあなたの方が驚いているのよ!」
「お、お前、俺が見えるのか?」
「見えるし聞こえてますわよ」
「怖っ、キモっ!」
「ちょっ、あなたにだけは、そんなこと言われたくないですわよ!」
「てか、誤解だ。俺は何もしていないよ。
むしろ、俺が真理に縛られているんだ」
「ふーん。本当かしら?」
「俺だってどうしてこうなったのか分かんねぇよ。
あんだけ俺のことイジメてたのに……なんで……」
「……」
稲瀬は一瞬、顔を伏せて、何も言わなかった。
「ちょっと、人がトイレに行っている間に何騒いでんのよ……」
寝癖で髪がボサボサの真理が部屋に戻ってきた。
「ふふ、ちょっと害虫が出まして」
「おいっ……」
ツッコミを入れるが、稲瀬にシカトされた。
こちとら守護霊の役割すらわからずに、
毎日退屈してたんだ。
むしろ、稲瀬には俺の遊び相手になってもらおう。
俺は稲瀬の目の前に顔を近づけた。
「ちょっ、近いですわよ!」
稲瀬は慌てて飛び退く。
「あんた、さっきから大丈夫?」
真理が不審げに稲瀬を見やる。
「だ、大丈夫ですわ……虫が……」
「おい、いつまでも俺を害虫扱いするなよ」
「く……」
稲瀬は下唇を噛み締め、カーペットの上に腰を下ろした。
今度は稲瀬の耳元に口を近づける。
「稲瀬……愛している」
俺は吐息多めに囁いた。
「ひゃあああっ! 真理、私、帰りますわ!
いいこと、学校で待っていますからね!」
稲瀬は慌てて立ち上がり、
それだけ言い残して帰っていった。
「まったく……なんなんだ?」
「まったく、なんなのよ……」
真理と声が重なった。
「はぁ……今さら、拓也のいない学校なんて、行っても意味ないよ……」
真理……なんで、そこまで俺のことを……
真理は布団に戻り、枕に顔を埋めた。
俺はそっと真理の頭に手を伸ばす。
彼女の髪を撫でるように、手を動かした。
そこには温もりも感触も感じられなかった。




