第八話 迷走
「「どうもー、皆さんこんばんは!」」
「冥界案内人のアユと!」
「相棒のマリでーす!」
軽快なノリとともに逢坂と真理はスマホの動画を回す。
こいつら、まさか配信者になるとは……
しかも、ビジネスカップル心霊チャンネルだと?
それ、需要あんのかよ。
事の始まりは、引きこもりがちな真理を外へ引っ張り出そうと、逢坂が提案を持ちかけたことだった。
なんでも逢坂の親戚の家が……出るらしいとのことで二人で検証動画を撮るとのこと。
真理さん……マジでやめてください。
俺……お化けが苦手なんです。
地元の外れにある古い日本家屋。
ツギハギだらけの違法建築で、傍から見ても構造がよくわからない程だった。
庭の雑草は伸び放題で、管理されていないのが丸分かりだ。
何よりヤバいのが家全体が黒い靄がかかっているように見える。
……ここ、絶対に何かいますやん。
マジでヤバいって!
恐怖のあまり語彙が少なくなってきている。
「お邪魔しま~す」
逢坂が軽く家の説明をすると、立て付けの悪い開き扉を開け中に入る。
なんでも築九十年はある代物で、逢坂の母方の実家だそうでだが、今は誰も住んでいないらしい。
そして、一番肝心のこの家の曰くは説明されなかった。
「お邪魔します」
真理も小声で後に続く。
引っ張られるように、俺も強制参加させられる。
こんなとこ入りたくねぇよ……
くっ、守護霊に人権はないのか?
昼間だと言うのに中は薄暗かった。
家の中は特にヤバい。
どんよりとした湿っけのある空気が体全体にまとわりつく。
じっとりと舐め回すような視線が、俺たち三人を出迎えていた。
「ねぇ、歩……じゃなかったアユ……私、ちょっと怖いんだけど……」
真理が背後から逢坂の袖をギュッと握る。
「大丈夫……お、俺が守るからさ……」
おい、逢坂……お前もなんかビビってないか?
まっすぐに伸びる廊下を二人は進んでいく。
歩く度に床板が軋み、軽く沈み込む。
「な、真理……先頭歩けよ?」
「ちょっと、男でしょ!
私を盾にしないでよ!」
「今はジェンダーレスの時代だからさ。
そんなの関係ねぇよ」
逢坂の声が明らかに上ずっていた。
こいつ、マジで情けないな。
俺は守護霊だから真理の前に立つよりは、幽霊らしく背後に立っているだけだから。
別にビビっているわけじゃないからな。
俺は誰に向けての弁明か分からない独白をする。
にしてもこの家、外観以上に歪な間取りをしてんな。
二人は明らかに増築したであろう、高さの違う廊下に足を踏み入れた。
家を移動するのに幾つもの扉を開けていく。
中には扉を開けて一メートル先に扉があり、奥に進めば進むほど、陽の光が差し込まなくなってきた。
じっとりと湿度を帯びた視線の主は、未だに姿を現さなかった。真理と逢坂も何かを感じ取っているのか、終始、辺りを見廻していた。
「ねぇ、アユ……やっぱり配信者なんてやめようよ。私……向いてない……」
真理のか細い声が周囲の闇に溶け沈む。
懐中電灯の灯りさえ乏しくなってきた。
「ふふふ、うふふふ」
隙間風に紛れて、薄い笑い声が響く。
「ひいっ!」
「きゃあっ!」
「うわー!」
俺も含め三人で悲鳴を上げる。
真理が何かに気づき懐中電灯の灯りが廊下の足元を照らす。
「ひっ……」
黒いおかっぱに白い肌、朱色の着物……小さな日本人形が俺たちを出迎えるように、廊下の真ん中にぽつんと立っていた。
「ひぎゃぁぁぁ!」
逢坂は真っ先に悲鳴を上げて、走り去っていった。
「ちょっ……待って……」
真理が軽く腰を抜かして床に座り込む。
俺だって逃げたい……でも、真理が動かないと、家からは出られない。
ギギギ――その時、一番奥の扉がゆっくりと開いた。
まるで俺たちを出迎えるように。
俺には分かる……この家の主はこの先にいる。
ふぅ、こうなったら腹を括るしかねぇ。
どうせこちとら死んだ身だ。今さら怖いもんなんかねぇ。
嘘だ――本当は真理の守護霊なんか辞めて逃げ出したいぐらいだった。
「俺に任せろ」
届かない声を真理に掛けて、俺は開かれた扉の先へと進む。
なんだ……ここ。
部屋には可愛らしくも古臭いぬいぐるみが置かれていた。
時代を感じさせる薄ピンクの毛布がかけられたベッドに、絵本……ここ、子ども部屋か?
「ふふふ」
その時、先ほどの笑い声が響く。
息を呑む。
それは正面でも……天井でも足元でもない。
俺の耳元で少女の笑い声が響く。
「うぎゃあああ!」
「きゃぁぁぁ!」
俺の悲鳴に少女の悲鳴が重なる。
慌てて振り向くと、小さなオカッパの女の子が涙目で尻もちをついていた。
「い、いきなり大声出さないでよ!
びっくりしたじゃないの」
「えっ、ええっと……キミは?」
煤けた白い服に細く白い体。
たぶん、この子がこの家の主だ。
「私、ひまり!」
少女はあどけない笑顔で両手を上げる。
「お兄ちゃん。ひまりと遊ぼうよ!」
「えっ……遊ぶって……」
その時、体が見えない力に引っ張られる。
この感覚は、守護霊の活動圏域の制限。
真理が起き上がって逃げたんだ。
「うおっ!」
「……逃さない!」
背後に引っ張られる俺の手にひまりちゃんがしがみつく。
「おい、離せよ!」
「やだ、ひまり……お兄ちゃんと遊ぶもん!」
これが、幽霊じゃなかったらキュンなのに。
俺は必死に手を振りほどこうとするが、こんな小さな子ですら俺の力では勝てなかった。
――こうして、真理もとい……俺は地縛霊?を連れ帰ってしまった。




