37話
大規模空戦が描きたかっただけですw
2021年5月23日
ハノイ奪還のため北上を開始した陸上部隊と航空部隊に歩調を合わせ、ミストラル級強襲揚陸艦ウラジオストクもハイフォンへと巡航ミサイル攻撃を開始した。
と、同時に奪還された直後にフィリピンのクラーク空軍基地に米国と交渉を繰り返した結果Tu-95の配備が暫定的とはいえ許可され、同地からハイフォンの中国軍陣地へとロシアのラプターと称されるSu-50戦闘機と共に向かっていった。
上空1万m、アルタイ飛行隊
俺、セルゲイ・イワノフスキー中佐は愛機Su-30のコックピットで依然としてキャノピーの先に広がる空とコックピット内のレーダースコープとの睨めっこを続けていた。
『こちらロシア空軍AWACSボルガ1、陸上の連中が攻撃を開始した!これより航空部隊も制空権確保の為に動いてくれ!』
「了解、アルタイ1、これより戦闘態勢に入る!」
俺がそう言うとアルタイ飛行隊に所属する11機のSu-27は俺のSu-30に従い一斉にハノイの方角へと向け旋回するのである。
だが、それ以外にもハイフォン攻撃部隊が来ると言うが、どうやらその護衛の戦闘機はこないだ低能率生産が開始されたばかりの最新鋭機らしい。
チャンスがあれば拝んでおきたいな、未来の愛機になるかも知れないし。
俺は様々な事を考えていたが考えるのをやめて空戦に備える。
やがてレーダーに反応があると俺は即座にR-73のスイッチを入れる。
「・・・・・・アルタイ1、発射!!」
俺がそう叫ぶと各機から放たれた計12発のR-73が敵機に向けて飛翔する。
だが、その一方で敵もミサイルを放ち反撃する。
ここで俺がやる事はただ一つ、生き残理、もう一矢加えるべく攻撃を避ける事だ。
俺は必死に操縦かんを傾け、敵機のミサイルを回避する運動に入る。
とは言っても戦闘機とミサイルでは運動性に大きな差がある。有人の戦闘機が耐える事が出来るGは精々9G、それに対し小型で俊敏なミサイルは50Gもの加速にも耐える事が出来る。
つまりはミサイルのほうが遥かに戦闘機よりすばしっこい。
それ故に戦闘機乗りは失敗すると簡単に自らに死を招き入れる事になる。
俺は覚悟を決めて超低空へと愛機を降下させ、敵機やミサイルの誘導レーダーから自分の存在を超音速近いで飛ぶ機体から発生する衝撃波によって形成される水飛沫によって発生する水蒸気によって誤魔化そうとする。
と言うよりは中国製のミサイルは日本製ミサイルと違って水飛沫と航空機を精密に区別出来るとは俺自身思っていないので、それにかけて出たのである。
「いっけぇえー!!」
俺はそう叫ぶと操縦桿を前に倒して愛機を一気に急降下させ、一旦、水平飛行に戻すとすぐにA・Bを炊いて一気に加速させる。
その間、俺は強烈なGを体に感じているが、興奮でそんなのは忘れている。
流石に基地に帰ると体中が痛くなっている事に気付いたが、いやはやアドレナリンが出っ放しになると言う事は恐ろしいものだな・・・・・・
俺は興奮の最高潮の中、敵機のミサイルを海面に叩き付けると反撃へ転じた。
「アルタイ1!!発射!!」
俺がそう叫ぶとR-73が再び目標へと飛翔し、目標であるJ-11を撃墜する。
そして俺はR-73を撃ち尽くすと敵機と真正面から向かい合い、格闘戦に挑む。
相手はJF-17、J-10に続く2機種目の中国版Mig-29だ。
要目上の性能は良好らしいが、日本のF-2や米国のF-16には手どころか足も出なかったと言うポンコツと言う印象を受ける。
俺はそんな敵に対しSu-30と言う西側で言うF-15C・Mod2相当の強力な戦闘機で挑むのがオーバーキルに思えてきた。
だが、ここで手を抜けば死ぬのは俺だ。俺は手を抜かない、これが戦場の掟だ。
俺は機体をクルビットと呼ばれる機動でその場にとどまりつつ宙返りさせると敵の後ろに付き、30㎜機関銃の発射ボタンを押したのである。
ダダダダダ・・・・・・初めは機銃は乾いた音と共に火を噴いていたが、突如、機銃射撃が止まると、俺は機銃弾が弾詰まりが起きたのに気付いた。
「くそっ!!何でこんな時に弾詰まりが起きるんだ!」
俺はそう言うと機銃の発射ボタンを何度も何度も押して射撃をしようとする。
そしてそれが命取りになるとは知らずに俺は何度もスイッチを押し続ける。
と次の瞬間だった前にいた敵機は少し前のほうで旋回し、もう1機の敵機が俺の背後に付いていたいたのである。
万事休す。敵機の機銃弾が俺の愛機をかすめ、俺は死を覚悟したのである。
と次の瞬間だった、俺を追い回していた敵機が砕け散ったのである。
敵機が撃墜された次の瞬間、ある通信が入ったのである。
『こちら日本国防空軍ハノイ奪還援護部隊第1飛行隊!!』
ん?何やら聞き覚えのある声だ・・・・・・そして日本国防空軍と言っていたな、そしてこの声はもしかして杉野かもしれない・・・・・・泣かせる野郎だ。
俺はそう思うとその飛行隊に再度所属を聞くと日本国防空軍第3飛行隊のデーモン飛行隊と答えたが、姓名は流石に名乗らなかったがフエ方面に日本空軍の輸送機が到着し、援護の準備を始めていると聞いていたから杉野だと確信した。
そして俺と俺の飛行隊は杉野と周が率いる2つの飛行中隊の協力の元、中国空軍のハノイ占領飛行隊を撃破することに成功したのである。
そして俺は基地に帰ると本当に日本駐在時に友情を築いた杉野と周であると確認したのである。そして束の間の再開を喜び合ったのである。
翌日にはこの2人の部隊や豪州戦闘機部隊にインドの傭兵部隊も加わりベトナム・ラオス奪還作戦最大の作戦であるハノイ奪還制空戦が開始されたのである。




