第7話 舐めんな、ゴブ公! 嚙みつきだぁーー!
冒険者ギルドの二階へ続く階段を、プラミアは重い足取りで登っていた。
副ギルドマスターのサウリスに呼ばれたのだ。呼ばれた理由は分かっている。おそらくポヨンがらみなのだろう。
二階についたプラミアは、一番奥の部屋の副ギルドマスター室へ、憂鬱な面持ちで進んで行く。
「ちっ、面倒なことに……」
扉の前で立ち止まり、しばらく睨みつける。
ひとつ息を吐いて気持ちを落ち着けると、乱暴にその扉をノックした。
「どうぞ」
部屋の中から聞こえる、落ち着いたサウリスの声。
プラミアは僅かに眉をひそめてから、室内へと足を踏み入れた。
笑顔でプラミアを迎え入れたサウリスとは対照的に、プラミアの顔は氷のように冷たい。その顔よりも一層冷たい声で、プラミアがサウリスに問いかける。
「何か御用でしょうか?」
プラミアの皮肉な態度も、サウリスにはまったく効果がなかったようだ。先ほどと変わらず、落ち着いた口調でサウリスが話し出す。
「プラミアさんも知ってると思うが、私は十年前、勇者パーティーの末席でポーターをしていてね」
「くだらない昔話なら、付き合うつもりはありませんよ」
「まあまあ、少しだけだから」
プラミアは肩をすくめ、大きなため息をつくと、勝手にソファにドカッと座った。
「ポーターをする時の条件は、討伐の際に見たことは絶対他言しないことだったんだ。しかし、人の口に戸は立てられない。数は少ないが、いくつか勇者にまつわる噂話があってね」
「ふあーー」
わざとらしく大欠伸をするプラミアに構わず、サウリスは話を続ける。
「その噂の一つに、勇者の肩にいつも黄色いスライムが乗っていたっていうのがある」
黄色いスライムという言葉に、プラミアの眉がほんのわずかに動いた。
だが、すぐに興味なさそうに明後日の方を向く。
「最近我がギルドにもいますよね、黄色いスライムが」
「………」
「私はこう考えているのですよ。あの黄色いスライムは勇者の出現に何か関係がある。そして勇者が現れるとき、魔王もまた現れる」
「根拠のない与太話だ」
「確かにね。でも、あなたは少なくとも黄色いスライムについて、何か知っているんじゃないですか?」
「なんであたしが?」
プラミアの声がわずかに低くなる。
「勇者パーティーにはもう一つの噂があった。実はパーティーは四人で、ダークエルフがいたという噂だ」
サウリスがじっとプラミアを見つめる。
プラミアも鋭い目つきで睨み返した。
しばらく二人の視線がぶつかり合う。
「私が実際に勇者パーティーを見たのは数えるほどしかないから、真相は分からない。しかし、勇者パーティーにまつわる謎を知っているダークエルフがいるのかもしれない……」
「そのダークエルフがあたしだって?」
「違いますか?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、プラミアが吹き出した。
「ぶはっ! 面白い。あんたに小説家の才能があったとはね」
プラミアは呆れた顔で首を振る。
「ダークエルフなんて希少種族だから、あたしもいろいろ言われたさ。でもね、あたしはただのスーシ職人。それでいいだろう?」
皮肉な笑顔を見せながらプラミアは立ち上がり、ドアノブに手をかける。
「笑い話が聞けて良かったよ」
サウリスの方を一度も振り返らずに、プラミアは部屋を出ていった。
閉まるドアをじっと見つめながら、サウリスは今の会話を思い出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
シャーク・Gの東に位置するいつもの森に、「潮風の旅団」は来ていた。
ギルドから受けた、ゴブリン討伐の依頼のためだ。討伐対象はゴブリン五匹、普段であればなんてことない依頼のはずだった。
しかし――
情報が古かったのか、実際にいたのは四倍の二十匹。
慎重に行動していたはずが、ゴブリンに見つかり、二十匹が一斉に襲ってきたのだ。逃げながら何とか十匹は倒したものの、五人はすでに満身創痍の状態だった。
そして今、残ったゴブリンたちが逃げ道を塞いでいる。
「だめだ、囲まれた」
「せ、先輩…あっしぁ、もう魔力が……」
息を切らしながら、ロロが魔力ポーションを飲む。
バルゴの盾も傷だらけだ。ミルも傷を負い、キアラにヒールをかけてもらっている。満身創痍の五人を、九匹のゴブリンが囲む。
そして、前方奥―――
木々の間から一際大きな影が姿を現した。
ゴブリン=ジェネラルだ。
その巨体を見た瞬間、五人の間に重い空気が流れた。
「キアラ! 俺たちが逃げ道を作るから、ギルドへ行って助けを呼んできてくれ」
「そ、そんな! 私も一緒に戦うわ!!」
「だめだ、これはリーダーとしての命令だ」
いつものふざけた顔じゃない。
リオの真剣な目を見て、キアラも言い返すのをやめた。
「わかった。絶対死なないでよ」
「任せとけって」
わずかな時間、見つめ合うリオとキアラ。
だが、すぐにリオは仲間たちに向き直る。
「ロロ、まずはお前が前方奥の敵に魔法を打ってくれ。同時にバルゴとミルが前へ進んで敵の目を引き留める、わかったか?」
「了解じゃ」
「俺は後ろの一匹を倒して、その隙にキアラを逃がす。いいな!」
四人が一斉に頷く。
「行くぞ!」
「はい、でげす!」
ロロは前方に狙いを定めて、特大のウインドカッターを打ち込む。
同時にバルゴとミルが二手に分かれ、前方のゴブリンたちに突っ込んでいった。
「俺たちも行くぞ!」
逃げ道を塞いでいたゴブリンの一匹を、リオが剣で倒す。
「キアラ!! 逃げろ!」
リオが開いた道を、キアラが駆け出していく。
その背中を見届けたリオだったが――
「しまっ――」
残りの一匹に、その隙をつかれてしまった。
「舐めんな、ゴブ公! 噛みつきだぁーー!」
ポヨンが勢いよく向きを変えて、振り下ろされた棍棒に噛みついた。
バキッ!
棍棒が真っ二つに折れる。
怯んだゴブリンを、リオが剣で切り裂いて倒した。
やがてバルゴとミルも戻り、四人は背中を預けるように固まって周囲を見渡す。
残るはゴブリン四匹とゴブリン=ジェネラル。
まだ終わってはいない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
四人と別れたキアラは、森の中を必死の思いで走り続けていた。
木の枝が当たっても、足がもつれそうになっても止まらない。疲れれば自分にヒールをかけ、休むことなく走り続ける。
頭に浮かぶのは、自分を逃がしてくれたリオ、そしてみんなの顔だった。
絶対に助けを連れて戻るからね!
そんな思いだけが、キアラの足を前へと動かしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
リオたち四人は、なんとか逃げ道を探そうと、移動しながらゴブリンとの戦いを続けていた。傷ついた体はポーションで治るが、たまった疲労まではどうにもならない。
ゴブリン=ジェネラルは自分では手を出すことなく、離れた場所から戦いを見ている。どうやら手下を使ってリオたちを疲れさせるつもりらしい。
やはり並みのゴブリンじゃない。リオはその恐ろしさを改めて感じていた。
「おらぁ!!」
最後の一匹をリオが切り倒す。
「フーフー……これで残るはジェネラルだけだな……」
肩で息をするリオに、ポヨンが声をかける。
「リオ、呼吸を整えたらガッツ=アタックだ。一気にカタをつけるぜ」
無言で頷くリオは、三人をハンドサインで呼んだ。
「みんな、少しでいいから時間を稼いでくれ。俺がガッツ=アタックをお見舞いする」
三人はリオの目を見て、覚悟を決めたように頷いた。
ここで俺が決めてやる!
リーダーの責任が、疲れ切ったリオを後押しする。
「行くぜ!! 俺はやる、やってやるぜ!」
「おう! リオ! おめえなら出来る、やったれ! リオ!!」
「俺は助ける、みんなを助けるんだ!」
ポヨンの体が光り始める。
「そうだ、ガッツだ、ガッツ!!」
「このクソゴブリンがーー!!」
「おおぅ! 来たぜ、来たぜ! その調子だ、リオ!!」
リオのガッツゲージがどんどん上がっていく。
ポヨンの体が光を増し、体中を魔力が満たしていく。
「おらぁ!! やってやるぜーー!!」
「ガッツだ! ガッツ! ドゥ!ガッツーー!!」
ビッカー!!
ポヨンの体が眩い光を放つ。
「身体強化! アーンド、ガッツ=アタック!!」
リオの剣が光を纏う。
身体強化した両脚が力強く地面を蹴り、リオの体が一気に前へ飛び出した。
剣を構えたまま、ゴブリン=ジェネラルに肉薄する。
ガッキーーン!!
リオの渾身の突きを、ゴブリン=ジェネラルが剣で受け止めた。
しかし、その勢いまでは殺しきれない。
巨体が地面を滑り、数メートル先まで吹っ飛んだ。
「や…やったか?」
四人が期待を込めて見つめる。
しかし――
その期待は脆くも崩れ去った。
ボロボロになりながらも、ゴブリン=ジェネラルがゆっくりと立ち上がる。
「くっそー、どうすれば……」
「あいつも相当ダメージを食らってるはずだ。クールタイムの間、粘るしかないぜ」
焦るリオにポヨンが答える。
その時、ゴブリン=ジェネラルが剣を構え直した。
再び戦いが始まる
◇◇◇◇◇◇◇◇
あれから三十分はたっただろう。
ようやく冒険者ギルドにたどり着いたキアラは、扉を乱暴に開けて中へ駆け込んだ。
「助けて! みんなが、みんなが!!」
ただ事ではない叫び声に、ファイナが素早くキアラのもとへ駆け寄る。
「どうしたの? キアラちゃん。落ち着いて説明して」
職員に呼び出されたタウレンとサウリスも、すぐに合流した。
三人の顔を見て、キアラはほんの少しだけ安堵する。
だが、今もリオたちは戦っている。
すぐに東の森で起きた出来事を説明した。
「なんと、ゴブリン=ジェネラルが?」
「どうしますか? ギルマス?」
「ギルマス生活二百年の誇りにかけて、ワシは高レベル冒険者に声をかけるぞい。二人はすぐに東の森へ駆けつけるんじゃ!」
「わかりました」
サウリスとファイナがキアラと一緒にギルドから飛び出そうとする。
だが、その行く手にプラミアが立ちふさがる。
「ちょっと待ちな」
「どいてくれ、プラミアさん。君の相手をしている時間はないんだ」
「違うよ、あたしの転移魔法なら一瞬で着くことができる。わかるか?」
「転移魔法」という言葉に、ファイナが目を見開く。
「伝説の転移魔法!? なぜプラミアさんが?」
「ファイナ先生、今はそんなこと言っている暇はない。プラミアさん、大丈夫なんだろうな」
「そこは信用してもらわないと」
サウリスはプラミアの顔をじっと見た。
冒険者なら誰もが知っている伝説の魔法。それを、ただのスーシ職人が使えるという。
しかし今は問い詰めている場合ではない。
「……分かった」
「よし、みんな、私を取り囲むように近づいてくれ」
三人がプラミアを取り囲む。
プラミアは俯くと、すぐに古代魔法言語の詠唱を始めた。
いつものふざけた態度は、微塵も感じられない。その姿を、サウリスは黙って見つめていた。
数分の詠唱の後、プラミアが顔を上げる。
「行くよ」
四人の頭上に魔法陣が浮かび上がる。
光りを放つ魔法陣が一気に足下まで下がってゆくと――
そこにはもう、誰も残ってはいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
キアラが目を開くと、そこは東の森の中だった。
サウリスとファイナも周囲をキョロキョロと見回している。
ただ一人、冷静なプラミアがキアラを振り向かせた。
「どっちだ!?」
「こっちです!」
四人はキアラの案内で、リオたちの待っている場所へ向かって駆け出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
一方のリオたちは、ゴブリン=ジェネラル相手に、何とか持ちこたえていた。
「グアー!」
「バルゴ!!」
「だ、大丈夫じゃ……」
今の一撃でバルゴの盾が砕けた。
ミルも傷だらけ。
ロロは魔力切れで、すでにポーションも底をついている。
「はあ、はあ、はあ……」
リオも剣を持っているのがやっとだった。
「どうするんじゃ、リオよ……」
「キ、キアラが助けを呼んでくるまで、何とか持ちこたえるしか……」
「そりゃあ、厳しいかもしれんのう……」
ゴブリン=ジェネラルが、そんな四人を見回す。
そして――ニヤリと嗤った。
まるで、もう勝負は決まったとでも言うように。
その表情は、四人を絶望させるのに十分だった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次回のガッツスライム・ポヨンはいよいよ最終回
【来たぜ、来たぜ! 最っ高の波が来やがった!!】
ポヨンと勇者の間に隠された秘密が暴かれる!
次回も「ガッツだ、ガッツ! ドゥガッツ!!」




