第5話 おめぇ、語尾にはちゃんと「げす」をつけろよな!
シャーク・Gの東に位置する鬱蒼とした森。魔獣の生息するこの森は、冒険者たちの格好の狩場だ。
この日、リオとポヨンはガッツ力を磨くための修行、通称ガッツ修行のため、東の森へ来ていた。ウォーミングアップを終えたリオに、ポヨンが指示を出す。
「よし! まずはガッツ=ブーストの練習だ」
「何だよ? そのガッツ=ブーストって」
「ガッツ度を一気に上げる技よ」
ガッツ度を上げるブースト技、威力は通常の半分ほどに落ちるが、素早くガッツ力を発動できる利点がある。クールタイムは効果が切れてから100数えるまでで、連続3回使えばその後は半日使えなくなる。
一方、大技のガッツ=アタックは、ガッツ力が回復するまでにかなりの時間がかかるのだ。
「よっしゃ、早速やるぜ! 一気にガッツ度を上げるぞ」
リオは剣を構えて気合を入れる。
「おう! 俺はやるぞー!!」
「うし! ガッツ=ブースト!!」
「うおおおー!」
ドガッ!
勢い余って木に突っ込んだリオが、頭を抱える。
「いてて……」
「おいリオ、身体強化してもちゃんと前見ろよ」
———3時間後
「ううっ……ガッツ力の使い過ぎで腹ペッコリストだぜ」
「リオ、今日はこれくらいにして、スーシ食いに行こうぜ! ギルマス、いるかなー?」
「おい! 毎回なんて奢ってもらえないぞ!」
「はは、冗談だって! 行こうぜ、リオ!!」
お腹を空かせたリオとポヨンが森の中を歩いていると、木々の間に何やら人影が見えた。
「おい、あれ、オークの腰巾着じゃねぇか?」
「ん、ああ、ミルのことか」
「潮風の旅団」のシーフ、ミルは後ろから近づくリオに気付くことなく、キョロキョロと周囲を見回している。
「あいつ、何やってんだ?」
「何かを探しているようなだな。おーい! ミルー!」
リオに気づいたミルが一瞬振り向く。だが、なぜかひどく驚いた表情をすると、そそくさと逃げるように去って行った。無視された形のリオは面白くない。
「なんでぇ、あいつ!」
「まあいいって、早くスーシ食いに行こうぜ」
「ああ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルド内食堂「トレジャー」に着いた腹ペコンビ。早速いつもの雑魚スーシを注文する。
「はいよ」
プラミアが二人前の雑魚スーシを二人の前に並べる。
「おー! 腹ぁ空き過ぎだから、いつもよりも美味そうに見えるぜ!」
リオがポヨンの口の中に雑魚スーシを入れてやると、プラミアが問いかける。
「腹空き過ぎって、なんかしてたのか?」
「ん、ああ……ガッツ修行を……もぐもぐ……な、リオ」
「ガッツリ修行……?」
「まあ、ガッツリと言えばガッツリだったかな?」
「なんだそりゃ……ま、ゆっくり食べていきな」
去っていくプラミアをポヨンがずっと目で追っている。
「おまえ、見過ぎだぞ。ポヨン」
「いやぁ……あのプラミアさんのポヨンポヨン、どっかで見た感じがするんだよなぁ」
「おまえ、いつも見てんじゃねえか。このスケスラが!」
「なんだよ、それ?」
「スケベスライムのスケスラだよ」
リオの減らず口にポヨンも負けじと対抗する。
「ちっ! まあ、おめえはキアラちゃん一筋だもんな。プラミアさんのポヨンポヨンも関係ねえか」
「けっ! 誰があんなオカメチ〇コ」
「それを言うなら、オカチメンコだろって……おい、リオ! 後ろ!」
バゴォ!
タイミングよく表れたキアラが、ヒーラーとは思えないスナップを利かせた杖さばきで、リオの頭を殴った。
「なんか言った? 二人とも」
ブルブルブルブル!
全力で首を振り否定するヘタレの二人。
キアラに続いて「潮風の旅団」の男衆3人がやって来る。
「おう!どうしたんじゃ? しけた面して」
「…………」
「あ、あれ? いつものミルのセリフがないようでにゃんすが?」
いつもだったら、バルゴに同調するはずのミルは今日は無言だった。視線もどこか落ち着かず、みんなと目を合わせようとしない。
「ねえ、ミル? あんた大丈夫なの?」
「あ、ああ……キアラちゃん。今日は俺帰るわ……」
元気なく去っていくミルを、リオたちは黙って見送る。
「あいつ、語尾に「げす」をつけるのまで忘れて……おい、バルゴ! なんかあったのか?」
「ワシもわからんのじゃよ……リオ」
リオは先ほどの森でのことを思い出す。
「そういや、ミルの奴……さっき森ン中にいたけど、変なこと考えちゃいねえよな」
「みんな、しばらくミルのこと、気にかけてもらえんかのう」
バルゴの提案にみんなが頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日もガッツ修行のため東の森へ向かって歩いているリオとポヨン。
「昨日でガッツ=ブーストはだいぶものにできたから、今日からはガッツ=アタックの修行にしようぜ」
「おーー! 燃えてくんな!」
道すがら、前方にまたミルの姿を見つける。今度は逃げられまいと、リオとポヨンは気づかれないようにそっと近づいていく。
「おい、ミルよぉ」
「わわ! びっくりした! リオかよ」
「おめぇ、どうしたんでぇ? なんか探してんのか?」
ミルは気まずそうに視線をそらした。しばらく黙っていたが、やがてポツポツと話し始める。
「いや、ちょっと探索の演習をな……」
「なんで、んなことしてんだぁ?」
「い、いやあ。オイラこないだダンジョンで失敗しただろ」
「ああ、あの宝箱な」
「うん…さすがに親分に愛想尽かされたんじゃないかって……」
リオは少し驚いたが、すぐにいつもの調子で声をかける。
「んなこたぁねぇだろ。バルゴの奴、心配してたぜ。おめぇのこと」
「そ、そうか!?」
ミルの顔がぱっと上がる。
「ああ、だから元気出せよ」
「ああ、サンキューな! リオ」
そう言って、ミルは帰っていった。その背中を見送るリオとポヨン。なんとなく重くなった空気を振り払うように、ポヨンが声を張り上げる。
「よっしゃ! んじゃ、今日はガッツ=アタック練習して、終わったらスーシ食おうや、リオ!」
「さすがに金が続かねぇよ。今日は母ちゃんのメシだぜ」
「おー! それもいいな!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
さらに次の日、「潮風の旅団」の5人はギルドで受けたゴブリン討伐の依頼のため、東の森へ探索に来た。先頭の少し離れた場所にミル、その後にリオが続き、さらに魔法使いのキアラとロロ、殿はバルゴが務める布陣だ。ミルのレベルでは前方にしか探索魔法を展開できないため、ミルは左右に目を配りながら慎重に進んでいく。
「お、今日は大丈夫そうだな…」
先日のこともあり、リオはミルの様子を気にかけるようにしていた。
5人は順調に森の奥へ進み、もう少しでゴブリンの目撃地点へさしかかろうとした、その時——
「バウ、ワウッ!」
茂みが大きく揺れた。
前方の探索に気を取られていたミルは、右側の茂みに潜むフォレストウルフに気づかなかった。
突然飛び出した狼がキアラとロロに襲い掛かる。
「危ない!」
咄嗟にバルゴが反応してキアラの前に飛び出す。 フォレストウルフの牙が、バルゴの右肩に食い込んだ。
「ぐっ!」
バルゴが盾でフォレストウルフを殴りつけ、体から引き離す。その隙を逃さず、リオが剣で切り裂いた。
「ふー、大丈夫か? バルゴ」
「ああ、こんなのぁ、かすり傷じゃ」
キアラがバルゴに駆け寄り、右肩に両手を添える。
「ヒール!」
淡い光がバルゴの肩を包んでいく。
「おお、キアラちゃんのヒールは気持ちええのう」
ウットリ顔のバルゴにポヨンが突っ込む。
「おめえは気持ちわりぃんだよ!」
「うるせえんじゃ、アホスライム!」
重くなりそうな空気を、ポヨンとバルゴが笑いに変える。ピンチにはなったものの、バルゴの傷も大したことはない。リオたちの間に、ほっとした空気が流れた。
しかし、その中で一人だけ動かない者がいた。
ミルだ。
顔を青くして、体をワナワナと震わせている。
「す…すまねぇ、親分!」
突然、大声でバルゴに謝ったミルは、元来た道の方に駆け出していく。
「待つんじゃ! ミル―!!」
バルゴを先頭に、リオたちもすぐに後を追う。
ミルは腕で涙を拭いながら走り続ける。
また失敗した。
また仲間に迷惑をかけた。
その思いで頭がいっぱいになり、前を見る余裕もなかった。
「あっ!」
橋の上で足をつまずかせたミルの体が大きく傾き、そのまま川の中へ落ちてしまう。
「た、助けてくれー! 親分ー!!」
「ミルー!!」
一足遅れて来たリオが、川を覗き込むバルゴに尋ねる。
「おい! バルゴ! ミルの奴は!?」
「川に落ちてしもうた! あいつ、魚屋のくせに泳げんのじゃ!」
「この先は岩だらけの急流でにゃんすよ!」
4人はすぐに川岸を走り、流されていくミルを追いかける。
川の流れは次第に速くなり、ミルの体がどんどん遠ざかっていく。
「おい、リオ!」
「ああ、俺はやるぜ! ミルを助けるんだー!」
「ガッツ=ブースト!! 身体強化だ、走れ! リオ!!」
「おおおー!」
足に身体強化をかけたリオが猛スピードで追いかける。ようやくミルの近くまで迫ると、腰に結んだロープの端を手に取った。
「ポヨンジャーーンプ!!」
ザッパーーン!!
リオが勢いよく川へ飛び込む。
激しい流れにもまれながらも力強い泳ぎでミルに追いつき、その体を抱えると、ロープを岸に向かって投げつける。
「バルゴ! 受け取れー!」
リオが投げたロープの端を、川岸のバルゴが掴む。
「おおおっ! 引っ張るんじゃー!」
しかし、二人を押し流す水の勢いが強すぎる。バルゴのもとへ駆けつけたロロとキアラもロープを掴み、三人がかりで引っ張る。それでも流れはさらに速くなり、三人は流されないよう踏ん張るだけで精いっぱいだった。
「リオ!」
その時、リオの体から力が抜ける。
ガッツゲージがゼロになり、ガッツ力の効果が切れた。
「ああ、クールタイムだよな、ポヨン。1、2、3……」
バルゴたちが必死にロープを引いて時間を稼いでいる間に、リオもミルを離さないように抱えながら、必死に数を数え続ける。
「……98、99、100! よっしゃ! 俺はやったる! ミルを助けるんだーー!!」
「ガッツ=ブースト! 身体強化!!」
「うおおーー!」
再びリオの体に力が戻る。
リオはミルを抱えたまま、流れに逆らって必死に泳ぎ、ついに岸までたどり着いた。
「はあ、はあ……」
リオがミルを岸におろすと、ミルは激しくせき込み水を吐きだした。
「ゲホッ! ゲホッ!」
ひとしきり呼吸を整えた二人のもとへ三人が駆け寄ってくる。
「二人とも、大丈夫? ヒールは?」
「あ、ああ……ちょっと疲れただけだ。サンキュー、キアラ」
「あー、俺は肺に水が入って苦しいなあ! キアラちゃん、人工呼吸……」
「ミルは平気?」
ポヨンを完全に無視してミルに問いかけるキアラ。
「あ、ああ……オイラも大丈夫……」
「ミル! みんな心配してんのじゃ! いったいどうしたんじゃ? お前」
バルゴがミルの前にしゃがみ、その顔を覗き込む。ミルはしばらく何も言わなかった。やがて俯いたまま、ポツリと口を開く。
「お、親分…すまねえ。オイラ、こないだも今日も失敗して、みんなに迷惑かけて……」
「ワシらは冒険者じゃ。失敗することだってある。だからチームを組んどるんじゃろうが!」
「でも、オイラ……前のパーティでも何度も失敗してクビになってるから……」
それを聞いて、リオはようやく分かった。
森で一人、何度も探索の練習をしていた理由。
みんなの前で元気がなかった理由。
ミルはまた失敗して、仲間に見捨てられるのが怖かったのだ。
リオはミルの隣に腰を下ろすと、その肩をポンと叩いた。
「でも、俺はお前がちゃんと努力してるのも知ってるぜ」
「リオ……」
「そうでにゃんすよ、もっとあっしらを信用してほしいでにゃんす」
「ああ、失敗しろとは言わねぇが、誰かが失敗したら誰かがカバーする。それでいいじゃねえか」
「まあ、こないだ毒消しポーション忘れたあんたが言ってもねぇ」
「お、おい! キアラー」
重かった空気が少しだけ緩む。
仲間たちの顔を見回し、ミルがゆっくりと顔を上げた。
「みんな……」
「おう、元気出たかのう、ミル」
「お、親分……ありがとう……」
ミルの目から涙がこぼれる。
それでも、その顔にはようやくいつもの笑顔が戻っていた。
「だからおめぇ、語尾にはちゃんと「げす」をつけろよな! みんな調子くるってんだよ!」
「はは、そうでげすな……ポヨン」
「よし! んじゃ、ガッツ力使って腹減ったからよ、プラミアさんのスーシ食いに行こうぜ! もちろん、ミルの奢りで!!」
「おめえは、いっつもそれだな」
「いや、今日はワシが奢ってやるわ」
バルゴがドンと胸を叩く。
「おー! 男だねぇ、バルゴ! リオもちょっとは見習えよ!」
「うるせえ! ズウスラ!」
「なんだ? それ」
「ずうずうしいスライムでズウスラよ!」
「苦しすぎるぜ! リオ!」
———危ない場面もあったが、この日からミルの語尾に「げす」が戻ってきたのだった。




