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25 素養自体は誰にでもあるんです

 ——魔法使い。

 人智を超えた力を正しく扱う者達のこと。神への深い信仰を持ち、自在に魔力を操る、才能あふれる者達の総称。


「ということになっていますね、対外的には」

「対外的には?」

「たしかに魔法使いの数は、世界人口の一パーセントにも満たないものです。魔法を扱える者というのは、あまりに少ない。けれど実を言えば、素養自体は誰にでもあるんです。……あまり、知られてはいないことですけどね」



 どうやらフェルヴォールは、本当に行商人らしかった。さっきのあまりに見事な演技っぷりから、正直みんな半信半疑だったのだが、そんな心中を知ってか知らずか、彼は教会の意匠が施された正式な通行証を掲げた上で、真斗達を自身の荷馬車まで案内したのだ。


「普段は見破られないのでね、特別ですよ」

「どうだか」

「詐欺師の可能性ない? 高額なガラクタ売りつけてくるとか」

「あり得るな。あるいは無理やり物を壊させて多額の弁償費用をせびってくるとか」

「うーん……ずいぶんと不信を買ってしまったようですね。商いは信用が命なのに」

「嘘泣きで信用もクソもねえだろ」

「水属性魔法の応用ですよ」

「クソの何だって?」

「ははは」


 フェルヴォールは悪びれなく笑った。笑うと目尻に深い皺が出来ることに真斗は気がついた。


「とはいえ、商品自体は本物です。ご覧になりますか?」


 荷台の帆布がめくられた。フェルヴォールはそれを手早くまとめた。油の匂いに混じって、古い図書館の匂いがした。

 薄暗い荷台には、木箱やら麻袋やら、見たことのない道具がゴチャゴチャと詰め込まれていた。金属の輪、ガラス瓶、石の板。何に使うのか分からない奇天烈な形の道具達が雑然と入れられている。


「ご自由にどうぞ。手に取っても構いませんが、どうか気をつけて」


 ——ほとんどの物には魔法がかかっていますから。

 フェルヴォールの言葉に、真斗達はおっかなびっくり荷馬車に乗り上げた。

 荷台の中は、外から見るよりもずっと広かった。奥行きは三メートルほどと長く、横幅は、大の大人が二人はゆうに並んで立てるほど。さすがにオリバーほどの体躯だと屈まねばならないようだったが、高さだって、真斗程度の身長ならば充分立って歩けるくらいにはあるようだった。

 しかしだ。これがまあ、とんでもなく歩きにくい。というのも、積んでいる物の量が多すぎるのだ。重量オーバーなのではないだろうか。たぶん、フェルヴォールは整理が苦手なのだ。それか、する気がないか。本人が、どこに何があるのかちゃんと把握しているのかすら怪しいものがチラホラとあった。これでいて単頭立ての荷馬車なのだから、ミテーリエが常に〈腹ぺこ〉なのだって仕方のないことなんじゃないだろうかと真斗は思った。


「すごい! 何だろうコレ」


 シエラが手に取ったのは、吊り下げ式の振り子がついた道具だった。オーク材の支柱に真鍮のフレームが施されたものだった。そのフレームから球体が二つ、麻の糸に吊り下げられて付いていた。煤けた銀球だ。もう一つは黒曜石を丸く切り出した球。それがユラユラと、楕円を描きながら揺れている。


「綺麗だねえ。ね、見てシエラ。ここ、オリバーの瞳と同じ葉っぱが掘られてる」

「ローリエって言うんだっけ?」

「ね」

「ああ、その道具は、」


 フェルヴォールが短く切り揃えられた爪で銀球を弾いた。コン、と銀球が隣の黒球に当たって跳ね返った。


「振り子?」

「には違いありませんが、これには少々面白い効果がありまして」


 フェルヴォールは眼鏡のブリッジを押し上げると、愉快そうに口の端を上げた。ニコニコしている。ジョークグッズか何かなのだろうか。インクで黒ずんだ指先が、銀球の側面を摘んで捻っている。


「面白い効果って……」

「それではお見せしましょう。『魔力に性質(モーラン)()付与(ヴァルメ)します』」


 銀球が一瞬、ゆるやかに発光した。不規則だった揺れが唐突に揃い始めた。銀球が黒球を叩けば、同じだけの幅と時間を持って黒球も銀球を叩いた。コン、コンと音も一定のリズムを刻んだ。急にだ。さながら〈ニュートンのゆりかご〉のように。規則正しく、不自然なほどに。


「あ、れ……」


 シエラの戸惑ったような声が聞こえた。間髪入れず、彼女の身体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。咄嗟に真斗は床との間に自分の身体を滑り込ませた。髪が散らばる。カシャン、と軽い音を立てて振り子も落ちる。音が止む。


「シエラ?」


 返事がなかった。触れた温かな体温から、深く眠っていることがわかった。夢も見ていない。伝わってくるのは穏やかな寝息と、黒くまろい視界だけ。


「寝ちゃった……」


 おい! と少し離れたところでも驚いたような声がした。オリバーの声だった。シエロを支えたオリバーは、状況把握にしばしフリーズした後、揉みくちゃになった真斗とシエラを見て、それからフェルヴォールを見た。剣呑な視線だった。急に眠り込んだシエロを小脇に抱えてこちらにやって来る。オリバー、と名前を呼んだ真斗を一瞥してから、尖った声がフェルヴォールを責め立てた。


「何の真似だ」

「使い方を実演しただけですよ。夜泣きのひどい子供もたちまち眠る、と魔法使い達に大人気の商品なんです。まあ、入眠誘導具ですね」

「全員寝かせて身ぐるみ剥がそうって?」

「嫌ですね。そんなつもりありませんよ」


 フェルヴォールの食えない態度に鋭い舌打ちをしてから、オリバーが幌を出ていった。


「外に寝かしとく。連れて来れるか?」


 と声をかけられたので、真斗も返事をしてシエラを背負う。


「……しかし不思議ですね」


 真斗は振り返った。フェルヴォールはこちらを見ていなかった。床に視線を落としたまま、何かを考え込むように口に手を当てていた。


「彼はわかる。催眠の信徒(トーチカ)様に、この手の道具は効かない。けれど貴方は?」

「?」

「精神干渉に特効があるのか。それとも、——そもそも作用させるだけの〈土壌〉がないか」

「真斗!」

「あ、うん。今行く!」


 どういう意味なのだろう。真斗は思った。オリバーにシエラの身体を預けた。木の幹に二人をもたれ掛けさせる筋肉質な後ろ姿を見ながら、真斗は首を傾げた。二人は僕より寝不足だったから、効きが良かったのだろうか。それとも何か、別の理由が?

 落ちた振り子は、もう揺れてはいなかった。フレームにあしらわれた月桂樹の葉の意匠が、陽光に照らされてキラキラとしていた。

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