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26 魔法信仰のすゝめ

 とてもとてもご立腹だった。誰が、と言えば、オリバーがである。

 シエロとシエラを運んだオリバーは、それから警戒して一切荷馬車には近づいて来なくなった。煙草に火をつけて、木の幹にもたれて、それから爪先で土を掘り返しながら真斗を待っていた。真斗が好奇心を抑えられず、もう少し中を見てみたいと駄々をこねたが結果の妥協案であった。魔法の道具なんてそうそう見れるものじゃない。フェルヴォールから敵意は感じないし、きっと大丈夫。もう少しだけだから。真斗は明らかに浮き足立っていた。

 真斗は更に荷台の奥へと足を踏み入れた。奥のスペースは手前よりも整理されていたものの、代わりにカビ臭さは強くなった。樽や木箱が減り、直置きされた本が増えた。どれも黄ばんだ古い羊皮紙で出来ていて、分厚く埃をかぶっている。

 真斗はそのうち、一番目を引いた朱色の背表紙の本を手に取ってみた。

 それは、魔法についての本のようだった。けれど魔法の呪文が書いてあるわけではなかった。どちらかと言えば、歴史書か学術書かに近い書体だった。書き出しはこの言葉から始まった。


 ——遠い昔、天の神々は争いのためにこの地を創った。


「……創世論?」


 神々は戦場としてこの地を創った。ここは神々が唯一神を決めるための場だった。神聖な儀式の場だった。

 神々は、彼らが生まれた故郷——〈地球(プルクラ)〉と全く同じ世界を創造した。この世界はレプリカだった。レプリカのこの世界で、神々は心置きなく己の力を奮い、知恵を駆使し、彼らの中の頂きに立つ者を決めるはずだった。

 しかし神々の力は、彼らの想像よりも遥かに強かった。あまねく強大で、途方もない神秘に満ち満ちていた。その神秘が——神々の力の残滓が——この複製世界に生命を齎した。魔法を齎した。新たなる世界を齎した。

 だからこの世界の人々は、自分達が生きるこの地を、こう呼ぶことにしたのだろう。

 ——新世界(マキナ)と。



「おや、『魔法信仰のすゝめ』ですか」

「フェルヴォールさん」


 フェルヴォールが積荷の陰からひょこりと顔を出していた。聞き慣れない言葉に真斗は首を捻った。


「魔法信仰?」

「また懐かしいものを。こんなところにあったのですね」

「フェルヴォールさんの私物なんですか?」


 埃が小さな山を成すくらい奥の奥に放置されていたものだから、てっきり売れ残りなのかと思っていた。真斗は本をそっと閉じて、フェルヴォールに返した。フェルヴォールはニコリと小首を傾げて微笑むだけだった。真斗もつられて首を傾げた。


「?」

「その本に興味がおありですか?」

「んん?」


 なくはないけれど。手に取ったのは、たまたま目についたからで。フェルヴォールの笑みがより深くなる。


「その著書は百年ほど前に執筆されたものです。魔法の強さは神々への信仰の強さに比例する、と書かれています。これが、〈魔法信仰論〉です。非常にためになりますよ」

「な、なるほど」

「加えて、この本の著者——マチルダ・シュミットはかつて、貴方と同じ信徒(トーチカ)様だったと聞いています」

信徒(トーチカ)……」


 つまり、その人は〈勇者〉になったということなのだろう。真斗は本に目を落とし、そっと縁にかむ埃を払った。

 教会で出会ったドゥルガと同じ、〈勇者〉の称号を持つ人。代理戦争で生き残った唯一の〈勝者〉の呼び名。


(地球に帰らなかったんだなあ……)


 と純粋に、真斗は不思議に思った。この著者しかり、ドゥルガしかり、勇者になっても地球(プルクラ)に帰らない選択をする人は、事実いるものだった。

 勇者になれば、勝利者特権——〈戦旗(ピーキィ)〉が与えられる。それは、何でも一つ願いが叶う道具だ。その戦旗(ピーキィ)を使って、彼らは帰ろうと思えばいつでも地球(プルクラ)に帰れたはずだった。むしろ地球(プルクラ)に帰る方法はそれしかないと言えた。


 ——生きてたところで、何かいいことあったかって言われると、そうでもなかったしなあ


 真斗はふと、出会ったばかりのオリバーのセリフを思い出した。


 ——他の信徒殺してまで叶えたい願いもなけりゃ、そこまでして地球に帰りたいわけでもない。まあ、最後くらい景気良くいっとくかと


 今もそう思っているのだろうか。後方を振り返る。薄暗い幌の奥からは、眩い光が降りそそぐ外の様子はうかがえなかった。

 何人殺せば帰れるのだろうと独白したあの炎の信徒(トーチカ)や、姉妹で生きたいと抱き合っていた双子と違い、最初から死ぬつもりだったオリバーは、結局のところ真斗に付き合ってここまで来てくれているだけなのだった。じゃあもしオリバーが勇者になったら、オリバーは戦旗(ピーキィ)に何を願うのだろう。

 シアユンが語った〈全員生還〉。それを達成するのが、今の真斗の望みだ。そのために、真斗は対話を諦めるつもりはないけれど、地球(プルクラ)に帰ることをみんながみんな、望んでいるわけではないのだと、改めて身につまされる心地がする。


(それでも、みんなで一緒に、って思う僕は……)


 俯く視界にくすんだ黄土色の箔押しが映り込んだ。『魔法信仰のすゝめ』。元は金色に輝いていたであろう文字を、フェルヴォールが懐かしむようになぞっている。


「勇者マチルダはその後、大魔法使いとして魔法学の発展に大きく貢献したと聞いています。そんな彼女の著が、今、次世代の信徒(トーチカ)様の手にあるのは、何だか不思議な縁を感じますね」


 フェルヴォールは、それから大仰に手を打って、芝居がかった声音でこう言った。


「そうだ、これも運命の巡り合わせ。その本をお譲りしましょう」

「えっ」

「魔法について、興味がないわけではないのでしょう? 魔法は理解と実践の学問です。勇者マチルダは世界屈指の大魔法使い。きっと学びの手助けになりますよ」

「……おいくらですか?」

「お譲りしますと言ったはずですが」

「僕の国には、〈タダより怖いものはない〉っていうことわざがあって……」

「それはすばらしい。真理をついている」

「つまり?」

「それをお譲りしましょう。その代わりと言っては何ですが、少々試してみたいことが出来まして」


 ほらやっぱり! と真斗は戦慄した。ずっとニコニコしていたのだ。おかしいと思った!

 じゃあ結構です、と真斗は本を突き返した。間髪入れず本は胸元に返ってきた。しばらく押し問答した。「まあまあそう言わず」と、フェルヴォールはとうとう真斗のベストの中に本を押し込んできた。


「え、怖い。押し売り……?」

「失礼な。私はごく普通の誠実な商人ですよ。ただ、先ほどの貴方を見て、少々、閃いた仮説を検証してみたくなったのです。こう見えて、私は根っからの研究肌でしてね。気になったことは試さずにいられないんですよ」


 フェルヴォールは怪しい笑みを浮かべたまま、くるくるとこめかみの横で指を回してみせた。その手先には細かい傷があって、古いものも新しいものも見受けられた。彼が動くと燻した草の匂いがするのは変わらない。使い込まれた指先は、その後すぐに体側に下ろされたが、下ろされてからも口調とは裏腹に、何かを押し殺すように落ち着きなく擦り合わされていた。


「本当に些細なことなんです。協力してもらえませんか? お礼もしますから」

「ち、ちなみに、協力ってどんな……?」

「サンプルを少々」

「サンプル」

魔素(モル)が含まれていれば、触媒は何でもいいんですが……手っ取り早いのは血液ですかね? ざっと二百ミリリットルほど。取らせてもらえませんか?」

「ひえっ」


 と真斗は跳び上がった。バッ、と背後を振り返った。出口に向かって、目にも止まらぬ速さで踵を返した。脱兎の如く駆け出した。


「え、マナトさん⁉︎」


 血液? 血液って、血液ってこと⁉︎ ひえー‼︎ いやに具体的な数字だったのが余計に恐怖心を煽るようだった。真斗の血なんて何に使うんだ。さっき思いついたことって? そんな怖いこと普段から考えているってこと⁉︎


「だから違いますって! ちょ、逃げようとしないで! 話を聞いて——」


 背後でフェルヴォールが何かを言っていた。けれど動転した真斗は、まったくそれを聞いていなかったし、聞く耳を持つつもりもなかった。真斗は積荷の隙間をかいくぐった。床に無造作に置かれる丸まった絨毯を跨いだ。幌骨の縁に手をかけた。陽光の下に右足を踏み出そうとした。

 そうして——ぐん、と突然身体が後ろに傾いだ。気づけば真斗は派手に尻もちをついていた。腕を強く取られたからだ。


 ——逃しちゃだめだ、ここで、これが最後のチャンス


 触られた手から、フェルヴォールのそんな心の声が聞こえてきた。もう時間がない、と何かを焦っているようだった。フェルヴォールがきつく、固く真斗の腕を握っている。真斗はその鬼気迫る様子にやっぱり動転して、何とか振り解こうとした。

 右半身が当たった。脇に積んであった木箱の塔に。頭上から、その箱の中に入っていた魔法具がバラバラと落ちてきた。バランスを崩した木箱ごと。気づけば、木箱の角が真斗の目を掠めようとしていて——


「危ないッ‼︎」


 ドンガラガッシャーン、とものすごい音がした。もうもうと砂塵が舞った。乾いた音を立てて、転がり落ちたくすんだ鉄杯が転がってきた。それは何かに弾かれて、真斗の足元の数メートル手前で再び戻るように回転して離れていった。

 熱い身体が、身をすくめた真斗を守るように覆い被さっていた。真斗の背後から伸びてきた左腕は床に手をつき、右手は真斗の顔横で何か棒状の物を翳していた。触れた背中から、早鐘を打つフェルヴォールの鼓動が伝わってきた。立てた膝同士が膝頭を合わせていた。


「お、落ち着いて……本当に。言ったでしょう? ここにあるのは魔法がかかったものばかりだと」

「…………」

「勘違いですから。怖がらせるつもりはなかったんです。ただ、私にも事情が……マナトさん?」


 声は聞こえていた。返事をするつもりだった。けれど息が詰まって咄嗟に声が出なかったのだ。それどころか、真斗は震えて立てなかった。

 怖かったからではない。フェルヴォールの心の底に、あまりに深い悲しみと苦悩が満ちていたのを読んでしまったからだった。


 ——ゲニウス!

 この度引越しのため、新規エピソードの更新をお休みしようと思っております。


 次回(27話)の更新は、

 2026年5月22日(金) 22時20分頃を

 予定しております。


 私生活が落ち着くまでは、今まで更新した話の加筆修正やストーリー構成のクリア化をしながら過ごす所存です。


 稚作ではございますが、完結まで書き切りますので、お付き合いいただけると嬉しいです。

 何卒よろしくお願いいたします。     獅子宮θ

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