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23 虹色の手形を辿る

「お、前‼︎ ふざけんなよッ、危機感がねえにも程がある‼︎」

「ご、ごめん……」

「真斗くん、あれに触ろうとしてたよね?」

「は?」

「いや、違……くはないんだけど、その……何かおかしいって、気づかなくて」

「見た目からして見るからにおかしかっただろうが」

「目、大丈夫そ?」

「ごめんってば……」


 青鷺がまた戻ってくるかもしれないと、真斗達は休息もそこそこに慌てて荷物をまとめ、再び道なりに歩き出した。皆の足取りが船着き場に着いた時より重いのは、十中八九気疲れのせいだった。三人からの非難に、真斗はしおしおと萎れていた。


「ありがとお、オリバー」

「……二度はねえぞ。ナイフが刺さったのも、追い払えたのも、運が良かっただけだ」

「何だったんだろ、あれ……」

「とりあえずまともな生き物でなかったのだけはたしかだな」


 とは言うものの、真斗には、みんなが言うような区別が本当につかなかったのだった。何でみんなは見ただけで危ないって気づけたんだろう。外見は普通の青鷺だった。むしろ心中を盗み見るまで、人慣れしてるなあとすらのんきに思っていたのだった。


「青鷺って肉食なの?」

「魚とか食うんだから、そうなんじゃねえの?」

「つまり真斗くんは魚ってこと?」

「暴論やめてよお……」


 真斗は半分泣きながら鄙びた小さな河川港を振り返った。閑散とした、ある意味ではのどかな景色が広がっていた。風が吹いた。古い木と埃の匂いがした。足元にあったぬかるみを避ける。隣を歩くオリバーの身体に当たって跳ね返る。


 ——あれが、ハロルドの言っていた……


「オリバー?」

「あ? ぶつかってくんなよ、真斗。フラフラよそ見してってから面倒ごと引っ掛けてくんだって。それとも本当に魚なのか?」

「い、言っていいことと悪いことがあるんだからね!」

「はいはい。さっさと行こうぜ。長居は無用だ」



 一行は、更に道沿いに南下した。ポツポツとした会話はあるものの談笑が途切れがちだったのは、そんな気力がなかったのかもしれないし、道なりがずっと水辺と並走していたせいで、全員が捕食者の再来を警戒していたのかもしれなかった。

 とにかく、ぎこちない道中で見慣れ始めた曳舟道に変化が現れたのは、あれから十分ほどが経った頃だった。広くなりつつあった水幅がまたも幅を絞りはじめ、逆に堅土が徐々にスペースを広げだしたのだった。手持ち無沙汰なせいで道端のシロツメクサの白い小花を何となしに辿っていた真斗は、ふと、一本調子だった道が数十メートル先で湾曲していることに気がついた。隣にいつの間にか轍が現れていた。分かれ道のようだった。

 Y字の分かれ道だった。

 水運の積み替え港と陸路交易を繋ぐ、分岐点か何かのようだった。水路の本流と枝分かれするように現れた陸路は、ジャリジャリとした黄土色の砂道が敷かれていた。乾燥による細かいヒビ割れが至るところに見受けられ、特に補修された様子もない。こちらもまたずいぶん古くからある道のようだ。

 周囲に人の気配はなかった。もちろん、先の青鷺もどきの姿も。今まで歩いてきた曳舟道よりも街道の質感はずっと硬く、泥に足を取られるような踏みしめがないからか、これまでと比べ遥かに歩きやすそうに、真斗には見えた。幅は二メートルほどで、南に先が見えないほど長く続いている。

 Y字の根元には、少しだけ草地の剥げたスペースがあった。おそらくは、荷の積み替えを行うための場所なのだった。古くて小さな焚き火跡。隅にはロープの切れ端と折れた車輪の木片も落ちている。


「どっちに行く?」


 シエラの言葉に、みんなしてしばし考えこんだ。真斗は、道の根元に刺さった道標を見た。丸太の支柱と、それに打ち付けられた矢印型の木板。四方向へ伸びる矢印には、掠れた字でそれぞれ何某かの新世界(マキナ)語が書かれている。


「さすがに〈断裂域(ネヘレム)〉とは書かれてないな」

「これは……何? アキス、アメリア?」

「まーた知らん新世界(マキナ)語だよ。この世界の言語は何とかならないのか? 辞書でも買うか?」

「どうする? たぶん、方角的にはこのまま道なりに水路を辿った方がよさそうだけど」

「陸路一択。もうあんな思いしたくねえし」

「陸路に同じような化け物がいないとも限らねえけどな」

「まあねえ」

「つったって、じゃあどうすんだよ。どっちにしろ、ここにずっといるわけにはいかねえだろ」

「うーん。私的には、シエロと一緒で、まだ街がありそうな右の道に進みたいけど……真斗くんは?」

「おい、真斗。さっきから何黙ってんだよ。お前が言い出しっぺなんだから何か意見言えって」


 と言われてハッとした。あ、うん、と真斗は遅ればせながらモゴモゴと口を動かした。しかしその視線は看板に釘付けである。看板に——というより、看板に付いている手形に。


「真斗? 何かあんのか?」


 オリバーのその問いに答える術を、この時の真斗は持ち合わせていなかった。何かある、というより、何か付いてる、というか。みんなこれが気にならないんだろうか。

 それは虹色の手形だった。いや、そう言うと語弊はあるのかもしれなかった。とにかく、明らかな人間の手形だった。おそらくは左手。全体的に煤のように黒ずんでいて、そこに蜜をすする蝶のように、虹色の光粒が群がっていた。神秘的な色の光が連なって血管のように脈動している。

 真斗はこの光景を見たことがあった。昨晩拾った綺麗な小石だ。あの石中の、層に沿って走る筋。たぶん、あれと同じだった。

 真斗はポケットをまさぐった。何もなかった。すぐに泥だらけだったからと、服を着替えたのを思い出した。流水で濯いで火で乾かしたズボンは、今真斗の背負い袋に押し込まれている。えーと、たしか。


「真斗く——」


 シエラに呼ばれたのと、後ろに強く引かれたのはほぼ同時だった。

 ぎゃっ、と潰れた蛙のような悲鳴が口を突いて出た。ちょ、おい! という制止をBGMに、真斗は背中から地面に衝突した。

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