ニコラスが死んだ!!!!!!!
ニコラス・エインズワースはこの国を悪魔の力を使って掌握し、王になろうとした男だ。私の言葉を聞いたアスモデウスは、少しだけ眉を顰め、鏡の前に手をかざした。
「その言葉、一見信じがたいけど、あながち嘘でもなさそうだね」
「というと?」
「僕の透視魔法が跳ね返されて、ニコラスが鏡に映らない」
「それって、ニコラスがアスモデウスの魔法を跳ね返してるってこと?」
「いいや、人間に僕の魔法が跳ね返されるとは考えにくい。多分、彼は僕と同じ王か、公爵の位を持つ悪魔を召喚しているね」
つまり、もう既にニコラスはゲーム通り、悪魔使いの道へとひた走っているのだろう。人のことは言えないが、10歳で悪魔召喚するって彼の家族はどんな教育方針で彼を育てているのだ。
「ふーん、中々面白いじゃないか。オリヴィエ、ニコラスについて教えてくれるかい?」
「ええ、ニコラス・エインズワースはヒロインの行方不明になったの幼馴染で、優秀な悪魔使いで、王の血を引き継ぐ少年よ」
ニコラス・エインズワースはどのルートをプレイするかによって180度見る目が変わるキャラクターである。
ニコラス以外のキャラのルートに入っている時は、記憶喪失だが物腰柔らかで丁寧な口調の所謂薄幸の美少年系敬語キャラである。しかもニコラス以外のキャラのベストエンドに入った場合、ニコラスがエンディングで死んでいることが発覚するため、「ニコラスが死んだ!!!」という言葉がファンの中で流行るなど非常に死亡確率が高いキャラクターだ。
私も他のキャラクターのベストエンドをプレイしていた時、プレイ中にニコラスが死んだことを知って、真顔になり「なんでニコラス、すぐ死んでまうん…?」と思わず呟いてしまったほどである。
ニコラスルートは分岐が非常に多く、ノーマルEND、グッドEND、ハッピーEND二種、トゥルーEND二種が存在する。ノーマル、グッド、ハッピーでは、記憶喪失のニコラスと普通に学校生活を送り、普通の恋愛をする。ハッピーENDでは、ニコラスの記憶は戻らないままだが、過去の記憶に固執するのではなく、新しく思い出を作っていこうという前向きな姿勢で物語は終わった。
別キャラのルートであそこまで死ぬニコラスのルートがこんな平凡な終わり方では可笑しいのではないか、と私を含め多くのプレイヤーが思っていたのだが、通常プレイでは何も解明されずに終わる。
しかしだ、全キャラの全ルートをクリアし、おまけにスチル、音楽、イベントムービーのフルコンプを行った場合のみ、ニコラスの隠された真ルートが解放される。
真ルートでは、ニコラスが学園から失踪するところから始まり、ヒロインと攻略対象全員で彼の後を追うストーリーである。所謂二週目ストーリーになるため、一週目のデータやパラメーターを引き継ぐことが出来るのだが、パラメーター引継ぎ時点で、光魔法のパラメーターが上限に達していなければトゥルーエンドをクリアできない鬼畜仕様だ。
このシステムにどれだけのプレイヤーが泣いたことか、私も正直この仕様を知らない間は何十回とDEADENDの文字を見ることになった。
そんなこんなで、ニコラスに再会するために彼を追うヒロインだが、その中で、彼が悪魔使いであり、それまで皇国内で起きていた災厄の原因が彼であったことに辿り着く。そして、ニコラスが王の血を引き継ぎ、王の資格を持つものであり、次期王になるために皇国を転覆させようとしていることを知って、それを止めるために立ち上がることとなる。
そうして戦いの果てに、ヒロインは自身の全ての力を使って、ニコラスの悪魔との契約を全て破棄させ、契約していた全ての悪魔を倒し、ニコラスの記憶を取り戻すこととなる。
そのせいで、ニコラスもヒロインも全ての魔法の力を失ってしまい、ヒロインは魔法学校を追われ、ニコラスは国王から直々に罰を受ける。
その後、トゥルーエンドでは国家反逆罪で罰されたニコラスと共に、流刑地である嘆きの谷という魔獣の住む僻地で二人静かに暮らすことになる。
「ふーん、なるほど。ちなみにオリヴィエは、ニコラスがどんな悪魔を召喚していたか知っているかい?」
「それが、知らないのよね。悪魔との契約によって人間を思い通りに動かせる力を得ていたはずなんだけど、それ以外はさっぱり」
アスモデウスは私の説明を一通り聞くと、腕を組んで何かを深く考え込んでいた。そうして、しばらく何かをぶつぶつと言っていたが、突然顔を上げて鏡に右手を置き、私の頭に左手をかざした。
「アスモデウス?どうしたの?」
「オリヴィエ、目を閉じて、君が僕を召喚したときのことを思い出して」
突然なんだと思ったが、アスモデウスの真剣な表情に圧倒され、言われたとおりに目を閉じて彼を呼び出した日のことを思い返す。深夜の教会の中で、床に魔法陣を描き、呪文を詠唱したこと、そしてアスモデウスが現れた時のこと。
「もう、目を開けていいよ」
アスモデウスの声に促されて、目を開けると、鏡の中に教会の中で魔法陣を描く私の姿が映っていた。そうして、あの日と同じように呪文を唱え始める。
ーBAZUBI BAZAB LAC LEKH CALLIOUS OSEBED NA CHAK ON AEMO EHOW EHOW EEHOOWWW CHOT TEMA JANA SAPARYOUSー
―来たれ 天を追放されし者 冥界の守り手よ-
―汝 暁を喰らい 夜の帳を征する者 闇の朋友にして同伴者よ-
―生娘の純潔と共に その溢れる鮮血を啜り 宵闇の世界を治める者よ-
―あまたの軍勢を有し、王に定められし者-
―アルタ カルマ 千の形を持つ月の庇護のもとに―
―我と契約を結ばん―
そうしてアスモデウスが召喚されたところで、鏡に映っていた映像が止まった。アスモデウスは考え込むようにしてその映像を見ていた。そうして、形のいい唇を開いて、呟くように告げた。
「これはね、王の位の悪魔を呼び出すための詠唱なんだ。だからこそ、僕がこうして此処にいるわけだけど、」
「だけど?」
「この詠唱は本当に限られた者しか知らない秘匿されたものでね。オリヴィエ、君はこれをどこで知ったんだ?」
「え、それは」
アスモデウスの言葉に思わず心臓が止まった。これは真ルートの過去回想のシーンでニコラスが詠唱していた言葉をそのまま言っただけだ。敢えて言うとすれば、ニコラスから聞いたということになるのだが、ニコラスと出会ってもいない自分がそれを言うことはできない。あれ、ちょっと待て、もしかすると今までの説明、全員まだ出会ってもいない人について話していないか。
よく考えれば、私はとんでもないミスを犯してしまっている。そのことに気が付くと、全身の血の気が失せて手足が震えだした。
そもそも、私は最初から間違えてしまっていたのだ。
「なるほど、答えられないか。あともう一つ質問があってね、いつ指摘しようか悩んでいたんだけど」
アスモデウスはあくまで穏やかに、私にそう問いかけた。彼の真っ赤な瞳が、可哀そうなほどに真っ青な私の顔を捉えていた。この問いから逃げられないことは決定事項だろう。
彼がゆっくりと唇を開く、私はただ俯いて彼の言葉を待つことしかできない。
「君は何故未来のことをそんなに詳しく知っているんだい?」




