お兄様にお金を借りに行きました
「そう…、それでお金を借りに魔法協会まで来たのか」
「カーシェお兄様、お仕事中なのに本当にごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ。可愛い妹の頼みなら余計にね」
カーシェお兄様は私の頭をぽんぽんと優しく撫でて、財布の中からお札を何枚か出して私に手渡した。アスモデウスは私の後ろでニコニコとしている。
アスモデウスにはもう少し悪びれて欲しい。
私が恥をかいているのは紛れもなく何処かの悪魔が魔法具店で馬鹿みたいにお金を使ったからだ。おい、目をそらすな。
お兄様から最高額紙幣を三枚受け取って、ペコリと頭を下げる。毎回思うのだが、幾ら公爵令嬢とはいえ10歳の子供に前世的に言えば三万円強のお金をポンとくれるのはどうなのだろう。金銭感覚が可笑しくなりそうだが、まあ普段着ているドレスを思えばそこまで高くないのだろうかとも思う。
「そういえば、オリヴィエは魔法協会の本部であるこの大聖堂の中に入るのは初めてか?」
「はい、カーシェお兄様が魔法協会のお仕事に就かれた時に外までは来ましたが、中に入るのは初めてですわ」
「そうか、じゃあ時間があれば中を見て回るといい。この許可証を渡しておこう」
お兄様は懐から黄金のプレートのようなものを取り出して、それをアスモデウスと私に手渡した。どうやらこれがあれば自由に魔法協会の中を歩き回れるようだが、こんなものを妹とはいえ部外者に渡して良い物なのだろうか。
だが、これは便利な代物だ。
流石に魔法協会の中枢には入り込めないだろうが、これがあれば魔法協会の本部である大聖堂の中を自由に歩くことが出来る。しかも魔法協会の次期幹部と名高い兄のお墨付きを持ってだ。
「カーシェお兄様ありがとうございます。私、魔法協会の中を一度見て回りたかったの」
「それは良かったよ、じゃあ何かあれば呼んでおくれ」
お兄様はそう言って柔らかく微笑んで、魔法協会のローブを翻して去っていった。
我が兄ながら完璧な貴公子である。
私と同じ深紅の髪の毛が目に少しかかっていて、そこからツリ目がちな黄金の瞳がチラリと覗いている。あれは確かに社交界の中でも、様々な令嬢に思いを寄せられるだろう。正直難のあり過ぎるゲームの攻略キャラよりもよっぽど素敵な男性だ。なんで私はカーシェお兄様の妹なのだろうか、兄妹でなければ真っ先に兄を攻略したい。
だが、兄だ。しかも悪魔使いだ。
そういえば、カーシェお兄様はどんな悪魔を召喚したのだろうか。あの日の記憶は正直朧気であるので、お兄様が悪魔を召喚した後に何があったのか覚えていないのだが、少なくともお兄様も何か望みを叶え、代償を払ったはずだ。
魔法協会で働いており、且つこの国の宰相の長男である兄が悪魔召喚を行っているのはどうなのだろう。あまり良い事ではない気がするが。まあ、考えても仕方のない事であるので、どうしようもない。
「折角だし魔法協会を探検しない?お兄様からこんな素敵なモノ貰っちゃったし」
「僕は最初からそのつもりだったよ。でも大手を振って大聖堂の中を歩けるのは幸運だったね、僕に感謝してもいいんだよ」
「私に恥かかせておいて、その言い草はアウトだわ」
私とアスモデウスはそんな軽口を叩きながら、大聖堂の中を歩いていく。
天井の近くには蝋燭が浮かび上がっており、廊下の先にある階段が回転しては行く先を変えていた。廊下を歩いていれば、それだけですれ違う人々が会釈と共に色取り取りの花びらを振りかけてくれる。
流石はこの国の魔法の中心地だ。大聖堂の中の全てに魔法がかかっていると言っても過言ではないだろう。
「すごい、見て、どこもかしこも魔法がかかってるわ」
「ああ、そうだね。へぇ、この花びらは土属性魔法の応用なのか。面白いな」
大聖堂の中は何処を歩いても不思議でいっぱいだ。私がカーシェお兄様から貰った黄金の許可証を貰っているからか、すれ違う魔法協会の職員の人々から魔法をかけて貰えるから歩いているだけですら楽しい。
水のアーチをくぐったり、熱くない炎を体に巻き付けて貰ったり、キラキラと黄金の砂粒のような雷を頭上に落としてくれたり、テーマパークのようで思わず顔を綻ばせてしまう。
「オリヴィエ、楽しそうだね」
「ええ、すごく楽しいわ。魔法ってこんなに素敵なのね、私もお勉強がんばらなきゃ」
アスモデウスは、すれ違う人に魔法をかけてもらってはキャッキャと騒ぐ私を生暖かい目で見守っていた。実際非常に楽しいのだ、前世の某テーマパークなんて目じゃないほどの魔法の饗宴が間近で見ることが出来る。私はとんでもなく素晴らしい物を手に入れてしまったのではないだろうか。
これは入園無料の素晴らしいテーマパークフリーパスだぞ、お兄様は私にこんなものをタダで与えて本当にいいのか。
「で、楽しんでいる所悪いけど、現実に引き戻していいかい?」
「なによ、人が楽しんでるときに」
「うーん、まあ、またでも良いんだけど。行きたいところがあってね」
「何処に行きたいの?」
アスモデウスは私の耳元に唇を寄せて、秘密ごとのように小声でつぶやいた。
「禁術書庫」
魔法の知識が殆どない私でも禁術となるものが、あまり宜しくないものであることは分かる。そもそも魔法協会という魔法を取り仕切る組織の中に、そんな禁止された魔法が載った本があるのだろうか。
「逆だよ、ここにしかない」
「どうして?」
「この国にとって都合の悪い魔法や神秘を集めて封印するのが、この組織の役目だからさ」
アスモデウスは唇の端を引き上げて、ニヤリと悪い笑みを見せた。確かに魔法協会は、私の父が宰相になってから国政との関わりが深くなり、魔法の発展政策と統制政策が強化されている。その中で国にとって都合の悪い魔導書が封印されていっているとしても可笑しくはないだろう。
つまり、私たちは今からこの国にとって都合の悪い禁術指定された魔導書が封印された書庫に行くということか。
いや、駄目だろう。
もしそれがバレることがあれば、こうして許可証をくれたお兄様の好意を踏みにじることになる。あの爽やかな笑顔で三万円弱をポンとくれる兄を私は裏切りたくない。あの素晴らしい兄の行為を踏みにじり、兄の立場を悪くするなんて人として最低ではないだろうか
「流石にそれは…」
「それが、イヴァン・ボルシェビキの呪いを解くことに繋がるとしても?」
アスモデウスはそう言って、深紅の瞳を揺らめかせた。
私は彼の言葉に、思わず目を見開く。確かにそうだ、彼は現魔法協会会長の一人息子である。それならば、この魔法協会の大聖堂の中にイヴァン・ボルシェビキが住んでいるはずだ。
正直イヴァンの呪いを解くことに繋がるのであれば吝かではないが、お兄様の評価を下げることに繋がるのは避けたい。うんうんと悩んでいれば、アスモデウスは呆れたように私に告げた。
「オリヴィエ、僕を舐めてもらっては困るよ。これでも僕は王の位の悪魔さ、見つからずに禁術書庫に入るなんて朝飯前さ」
「魔法具店で私のお金は全部使っちゃったけどね」
「それはそれ、これはこれだよ」
私は少し楽しそうなアスモデウスを横目に溜息をついた。これはもうアスモデウスの中で行くことが決定しているのだろう。結局は私が何を言っても関係ないのだ、私に選択権は存在しない。
「バレたら責任全部アスモデウスに押し付けて、執事の職を解雇してやるわ」
「ははは、それをして困るのはオリヴィエだけどね」
「それな」
腹立たしいがそれは事実であるため、アスモデウスを睨みつけることくらいしかできない。この悪魔は全部分かったうえで、私を振り回し、私の周りを引っ掻き回す。悪魔らしいと言えば悪魔らしいが、とんでもないじゃじゃ馬と契約してしまったものだ。
私はアスモデウスに分かるようにあからさまな溜息をついて、長身の悪魔を見上げた。
「どうせ私に拒否権ないんだから、バレない内にさっさと忍び込むわよ」
「流石オリヴィエ分かってる、では行こうか」
アスモデウスのニッコリと笑った顔から、思わず眼をそらした。そうして私は兄を裏切る悪魔の策略に乗ってしまったのである。
――――――――――
「凄い、私たちの姿全然見えていないのね」
「透明になる魔法をかけているからね、今の僕らは誰にも見えないさ」
今の私たちは、コソ泥も真っ青なザルのような手口で立ち入り禁止区域を歩いている。どうやってここに入ってきたかというと、本当に面倒くさいところは全てアスモデウスが何とかしてくれたとしか言いようがない。
魔法で鍵をこじ開け、魔法で結界をぶち破り、魔法で姿を消して、魔法で禁術書庫の場所を探し当てたという脳筋プレイのオンパレードだ。正直便利なことこの上ないが、この国の魔法の最高機関をこうもサクサクと攻略していいのだろうか。
「まあ、逆に僕に破れない結界なんてあったら、悪魔は皆廃業しちゃうよ」
はははと、笑うアスモデウスに若干の恐怖を覚えながらも、私は彼の後ろを付いていくしかないのだ。どんどんと隠された大聖堂の奥まっている所に入っていく、辺りに最早人影はない。アスモデウスは気にせずずんずんと歩いて行っているが、私はこの先に進むのが少々怖かった。
「ねえ、アスモデウス。そういえばだけど、禁術書庫に行くのとイヴァンを救うことってどう関係するの?」
「え、今更かい?オリヴィエって意外と頭が可愛らしいよね」
「頭が可愛らしいとはなによ、最早馬鹿って言われた方がムカつかないんだけど」
「だって、それ先に聞くべきことだよね。こんな中枢に着ちゃった後に聞いても意味がないと思うけど」
「まさか…、嘘ついたの」
「いや、正確に言えば嘘ではないんだけど、まあ今回は先にネタバレしてもいっか」
アスモデウスは顎に手を当てて考えこむしぐさをしていたが、納得したように顔を上げた。いつもは最後まで考えを明かさないアスモデウスだが、何を思ったのか今回は先に教えてくれるようである。
「禁術書庫の中に、悪魔との契約証明がある可能性が高いと思ったんだ」
「それはイヴァンが代償を被った悪魔召喚での契約証明?」
「うん、葉を隠すなら森の中、契約証明を隠すなら禁術書庫ってね。もし契約証明の魔法具が見つかれば、誰がどんな代償をイヴァンに押し付けて、どの悪魔を召喚したか、何を願ったのかが分かるはずさ」
「凄い、アスモデウスがちゃんと考えてる…。滅茶苦茶じゃないの初めて…」
私が感心してそう言えば、彼は少しだけ不貞腐れた様子で肩をすくめた。
「酷いなぁ、僕は常に考えてるんだけど」
「はいはい、ワロスワロス」
アスモデウスが何も考えていないわけではないのは分かるが、それでも、何を考えているかは私には分からない。恐らく彼が口にしているのは、半分は本当で、半分は嘘だ。本心が何処にあるかは誰にも分からないだろう。
だからこそ、恐らくだがアスモデウス自身の狙いはイヴァンの呪いを解くための契約証明ではない。それはあくまでついでで、何か別の狙いが禁術書庫にあると見てもいいだろう。
彼は何を求めて禁術書庫に行くのだろうか、何か必要な禁術でもあるのか。ちらりと、アスモデウスの顔を見れば、私の視線を感じたのかニコリと微笑み返してくる。
つまりは私の心中は把握しているが、何一つ言う気はないのだろう。アスモデウスのいつものお約束だ。
だったら、私も同じように自分の目的を達成するだけだ。
まず第一に、イヴァンの呪いに関する情報の取得だ。禁術書庫にそれがあるとするならば、それだけでも手に入れておく必要がある。だが、私の目的は別にもある。
―ソロモン王の情報を手に入れる-
アスモデウスが私に何を隠したがっているかは分からないし、きっと彼は私にその情報を提示することはない。だからこそ、これだけは私一人で探さなければいけない。アスモデウスに見つからずに、というのは心を読まれている以上出来ないだろうから、彼が全て分かっていること前提での探索になるが。
「ほら、そんなわけで禁術書庫の前だ。心の準備は良いかい?」
「ええ、勿論。行くわよ、アスモデウス」




