悪魔と魔法具店に行きました
「機嫌直してよ、オリヴィエ」
私とアスモデウスは、城下の大通りを一切無言で歩いていたが、アスモデウスは空気を読まずにのほほんと謝罪の言葉を述べてくる。30分は彼の言葉を無視していたが、無視したら構い倒すと言った言葉の通り先ほどから頬を指で突いてくるので正直とてもうざい。
「オーリーヴィーエーー」
頬を連打するのを止めてくれと、うっとおしいという感情を込めた目で睨みつければ、アスモデウスがにこやかに笑う。
「やっとこっち見てくれた!」
「アスモデウス、ほんとにうざいから止めて」
顔から地面にダイブしたのとアスモデウスに頬を連打されたせいで、顔の骨格が若干歪んだ気がする。アスモデウスにそう言えば、じっと私の顔を見つめると、元からじゃない?と返答をされた。なんだその言い草は、まるで私の顔が元々歪んでいるとでも言いたげだな。
「お前、自分が恐ろしく顔が整ってるからって、人の顔を乏しても良いわけじゃないからな」
「違うよ、オリヴィエの顔は元々可愛いって言ったの」
アスモデウスは焦って弁解をしているが、その言い訳を聞いてやるのも癪である。全く、この悪魔は思ってもいなことをよくもまあペラペラと喋るなと思いながら、私は辺りの景色を見ていた。
城下は本当に色々なお店がある。
クリーム色の建物からはケーキのようなバニラのような甘い匂いが漂ってきて、思わずお腹が鳴った。他にも古本屋や、羽ペンのお店、色とりどりの食料品を売っている所もある。取りあえず、アスモデウスに手を引かれるままに城下を散策しているのだが、アスモデウスは何のお店に行こうとしているのだろうか。
着いてからのお楽しみとはいえ、徐々に城下の大通りから離れていっているのが少し気になる。賑わいのあった市場から離れ、閑散とした裏路地のようなところを歩いていることに気が付くと、アスモデウスが傍にいるとはいえ少し恐ろしくなった。スラムのような場所で、ゴミが散乱しており、歩いている人々もお世辞にも品がいいとは言い難い。
「アスモデウスさん、どこに行こうとしているか聞いても?」
「もう少しで着くから」
アスモデウスの機嫌がやけにいいのが少し気になるが、まあ彼が大丈夫だというのであれば大丈夫なのだろう。ここまで来て行きたくないとも言えないし、そもそも多少治安がよろしくなくてもアスモデウスさえいれば何とかはなる。
「着いたよ、僕が来たかったのはここだ」
そう言って彼が指さした場所にあったのは、見るからに怪しげな見た目の建物だった。ここまで怪しさ全開の建物だと、逆に怪しくないのかもしれないと思ってしまうほどの怪しさではあるが、ここは何のお店なのだろうか。こんな見た目だが、意外と今流行りのスイーツショップやアクセサリーの店なのかもしれない。いや、きっとそうだ。奇をてらって逆にこういった見た目のお店にしているんだろう。
ぼろぼろの布で覆われた入り口を開けようとしているアスモデウスの服を引いて、つま先立ちで彼の耳元に口を持っていって小声で尋ねる。
「これ、何のお店?」
「闇の魔術に関する魔法具とか本を扱っているお店だよ」
いや、まんまやんけ。
見るからにおどろおどろしい店の中は、想像通り真っ暗で、蝋燭の灯りだけがちらちらと揺らめいている。そこらかしこに何に使うかよく分からない金属器や、血っぽいものや、そして魔導書のようなものが置かれていた。
まあ用途は十中八九悪魔召喚や、何かしらの儀式なんだろうが。
アスモデウスは興味深そうに置かれている商品を物色していたが、私にそんな勇気はなく、アスモデウスの後ろに片時も離れずに引っ付いていた。アスモデウスの服を握っているこの手を離したら、二度とこの店の外に出られない気さえする。
「見て見て、オリヴィエ。これとか凄く貴重な品だよ。これは200年前に書かれたとされる魔導書なんだけど、原本がこんな所にあるなんて。あとこのブローチはね、中級悪魔のイポスの力が込めてあるんだよ」
アスモデウスはウキウキとしながら解説しているが、特に悪魔召喚マニアではない私はふーん、へー、そうなんだーの三語を繰り返すのみである。正直それ以上の言葉を紡げるほど私には余裕がなかった。そもそも悪魔の王であるアスモデウスにとって、人間の作っている程度の品など希少価値はないのではないだろうか。こんな魔導書なんてなくとも、自力で何でもできそうだが。
「うん、それはそうなんだけど。今日はオリヴィエがこれから召喚術師や魔法を学ぶために必要なものを集めに来たからね」
「私の魔法の勉強突然ハードモードすぎない?普通、良い子の悪魔召喚みたいな絵本から入るんじゃないの?」
「え~、それでもいいけど、やっぱり実践から入った方が良いよ。僕らはいつニコラスと対峙するか分からないんだからね」
アスモデウスは唇の端で柔らかく笑ったが、その目の中に剣呑の色が灯っていることに私は気が付いた。そうか、アスモデウスはこの先に訪れる戦いまで見越したうえで、私をそれに対応できる魔術師兼召喚術師として育成しようとしているのだ。
「まあ、オリヴィエは初心者だから、最大限配慮はするよ。取りあえず悪魔との契約のために必要になる契約証明用の魔法具だけは買っておこうね」
「契約証明って何なの?」
「契約証明も知らなかったのか。君の右手の薬指に嵌っているその指輪が僕との契約の証明だよ」
「え、これお母さまから貰って、何となく付けていただけのただの指輪よ?」
私は右手に嵌っている銀の指輪をアスモデウスに見せた。これは私が8歳の誕生日にお母様から貰った指輪である。銀の指輪の中心には赤い色の石が埋まっており、キラキラとろうそくの光を受けて光り輝いている。そういえば、アスモデウスとの契約を結んだとき光り輝いて、燃えるように熱くなったが、あれは何だったのだろうか。
「僕らは契約した証明、つまり召喚者、悪魔、その望み、代償の4つを魔法具に刻むんだ。それによって悪魔との契約を両者の証拠として残すことが出来る。この契約証明をもって、悪魔は人間との契約を履行するんだよ」
「なるほどなるほど、私とアスモデウスの契約の場合はこの指輪が契約証明ってことね」
「そうだよ、指輪の内側を見てごらん」
私は右手の薬指から指輪を外して、内側に書かれている文字を眺めた。そこには昔グリモワールで見たようなよく分からない文字が書いてある。だが、昔と違うのはそれが読めることだ。
「オリヴィエ・ノートルダム、アスモデウス、7年後の死を乗り越える、オリヴィエの魂」
アスモデウスが言った通り、私がアスモデウスと交わした契約が指輪の中に刻まれている。確かにこれは全て真実だ。私は無くさないように、指輪を薬指にはめ直した。
「それが賢明だね、無くしたとしても僕との契約が無くなるわけではないけれど、光魔法を使える人に拾われでもしたら契約を破棄される可能性がある」
「これって拾われて、悪魔との契約内容がバレちゃったりしないの?」
「その文字は契約関係者しか読めないのさ。少なくともその指輪の文字が読めるのは僕と君だけだ、だから余程のことがない限り無いよ」
なるほど、契約関係者ということは、召喚者と悪魔には読めるということか。もしかすると、望みをかなえた者も契約の代償を負った者も読めるのではないだろうか。
「読めるよ、契約に関係する者は全て知ることが出来る」
ということは、今から攻略キャラの呪いを解いていくに辺り、契約証明の魔法具を探し出し、代償を負っている攻略キャラに魔法具に書かれている契約を読ませれば、悪魔とどのような契約を結び、どんな代償を払わされたのか分かるのではないか。
「鋭いね、その通りさ」
「一つ突破口が見つかったわ。有難う、アスモデウス」
「お安い御用だよ、ほら、君の召喚の練習に使う魔法具を買って帰ろうか」
アスモデウスは緑色の石が嵌ったイヤリングのセットと、トパーズのような極彩色の光を屈折して発光する不思議なブローチ、そして金のブレスレットとアンクルを手に取った。そうしていつ現れたのか分からない、深いローブを被ったしゃがれた声のお婆さんにお金を支払っている。
「毎度あり、お嬢さん」
「ええ、こちらこそ有難うございます」
「お前さんは、その悪魔の主人かい?」
お婆さんはアスモデウスを指さして、私にそう問いかけた。この人は、アスモデウスが悪魔であることに気が付いている。どう返答をすればいいか考えて、答えあぐねていれば、お婆さんは店の奥に引っ込んでいった。そうして手に美しい布で包まれた、真っ赤な石が柄に付いた短剣を持って、こちらへと戻ってきた。
石の中で炎が燃え盛っているようだった、炎の海に浸っているような酩酊を覚えるほどその短剣は美しかった。
「これは、ソロモン72柱が1人、地獄の40の軍を率い、侯爵の位を持つ悪魔を封印している剣ですじゃ。お前さんがこの店に来た時、この剣が光り石に命が灯った」
「アモンの剣か、そんな物がこんな所にあるなんてね」
アスモデウスが驚いているということは、この剣はかなり珍しい品なのだろう。
「珍しいなんてレベルじゃないよ、これは世界に唯一つしかない。ソロモン王とアモンの契約証明であり、アモンの権能が封じられた従属の証だ」
「そう、これはただの契約証明ではありませんのです。アモンがソロモン王の元に下り、彼を認め、その権能を譲り渡したことを示す品ですのじゃ」
お婆さんは私の方へ、覆っていた布を開くようにして短剣を見せ、それを差し出した。
「どうか受け取ってもらえないかい、お代は結構。アモンは貴方を此処で待っていたのだろうよ」
私は差し出されたその短剣を受け取るか一瞬迷って、アスモデウスの方を見た。悪魔は少しだけ黙っていたが、ゆっくりと私の方へ振り向いて、大丈夫と言った。つまりは、私はこれを受け取っても良いということだろう。
私はゆっくりと、その布で覆われた美しい炎を纏った剣に手を伸ばした。柄に手が触れた瞬間に、宝石が燃えるように光り輝き、店の中の蝋燭の炎が一斉に強くなっていく。
私がその短剣を握った瞬間に、頭の中に濁流のように誰かの記憶が流れ込んできた。
―君がアモンか。初めまして、僕はソロモン―
魔法陣の中を炎が蜷局を巻くように現れる。
そこには二人の人影があった。一人は人間、一人は悪魔。
魔法陣の外にいた人間は、雪のように真っ白な肌と、深い闇のカーテンのような長い髪をしていた。凛とした態度、全てを見通すような黄金の瞳、そして圧倒的な気迫。男は何をとっても完璧な人間のように思えた。
魔法陣の中で炎が形を変えて、人のような姿になっていく。男はそれをみて微笑み、手を伸ばしてこう言った。
―僕は、君たちを使役して世界を変える、人間の王だ―




