悪魔と城下に遊びに行きました
「酷いよ、オリヴィエ。僕は君との城下デートの約束だけを糧にして、聞きたくもない人間の話を我慢していたのに」
よよよ、と目頭を押さえながら悲しんでいるポーズをする悪魔を、私は白けた目で見つめる。確かに1時間弱前の約束を忘れていた私も悪いが、アスモデウスだって意外とノリノリで話を聞いていたではないか。
「嘘つけ、ニコラスの話の時ちょっと楽しそうだったじゃない」
「あらら、バレた?正直ちょっと面白かった」
泣いているフリをしていた癖に、一変してバァと悪戯っぽく笑うアスモデウスを見てため息をついた。アスモデウスは私を揶揄うのが大好きだ、何故かは分からないが、召喚して初めて出会った時からずっとこんな調子である。
正直アスモデウスが私と契約を結んでいるとはいえ、どうしてこんなに私に良くしてくれるかは分からない。私を懐柔して、さっさと魂を奪おうとしているのだろうか。いやそれはないだろう、彼ほどの力を持っていれば私を殺すなど朝飯前だ。
何故彼が私の呼びかけに答えたのか、そして何故こうして私の側にいようとするのか。それは気にならないわけではないが、きっと聞いてもはぐらかされるのだろう。何故だかそんな気がした。
アスモデウスの方を見つめれば、目が合って見つめ返される。こうした今の瞬間でさえ、彼は私の心を読むことが出来ているはずだ。私が葛藤している内容も、何が知りたいかも、全て彼には筒抜けなのだ。それでも恐らく、自分からその問いに対して答えようとはしないだろう。
アスモデウスは私の心の声を聴いたかのように、柔らかく微笑んだ。それはつまり、今は答える気がない、ということなのだろう。
「城下に行くんでしょう?準備しなくちゃ。まずはお母さまにお願いして、馬車を出してもらいましょう」
私は心中を悟られないように、努めて平静を装ってそう告げた。アスモデウスは私の言葉に頷き、そしてベッドから立ち上がって、私を後ろから優しく抱きしめた。突然の抱擁に驚いて、ジタバタともがけばアスモデウスは更に力を強めた。
「そうだね、君と一緒に街を歩けるのが楽しみだよ」
掠れた甘い声でそう囁くように告げられて、思わず頬が熱くなった。姿形は10歳とはいえ、中身は20歳のいい年をした女なのである。幾ら悪魔とは言え、絶世の美青年の顔をしたアスモデウスに甘い言葉を紡がれると動揺するのも仕方ないだろう。
「はーなーせー、このロリコン悪魔」
「はははは、僕からすれば人間なんて皆赤ちゃんみたいなものだよ」
「なお悪いわ、このペド」
「ペドは酷いな、ほら、冗談だよ」
アスモデウスが拘束を解いてくれた瞬間に、彼からすっと離れて部屋のカーテンの中に隠れこんだ。カーテンの中からじっとアスモデウスを見つめれば、アスモデウスは手を頭の上にあげて降参のポーズを取る。
「悪かったよ、仲直りして城下に遊びに行こう」
悪魔の王ともあろう悪魔が、人間の小娘にこんなに下手に出てもいいのか。それこそアスモデウスの臣下にでも見られたら、私は殺されてしまうのではないだろうか。
まあアスモデウスも反省しているポーズをとっていることだし、今回ばかりは水に流そう。次揶揄われたら、三日間無視の刑に処してやるから覚悟したまえ。
「無視は酷いなぁ、まあでも無視されたらオリヴィエがストレスで死ぬくらい構うね」
「アスモデウスは、ペット飼ったら構い過ぎて殺すタイプね…」
最早心の中を読むなというツッコミは放棄させてもらった。
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そんなこんなでアスモデウスとは3時間心を読まないという条件で仲直りをし、共に馬車に乗って城下に向かっているのである。
お母さまに馬車を出してもらうためにお願いした際に、「あら、その格好で城下に行くの?ちょっと大丈夫かしら」と困った顔をされたので、自分とアスモデウスの格好を改めて思い出して発狂したのは内緒だ。
ちなみにアスモデウスは、ムンクの叫びばりに表情を崩した私を見て爆笑していた。とても屈辱的であったため、彼のウサミミをはぎ取ったが、それすらも笑われて誠に遺憾である。
そういったわけで、私とアスモデウスは軽装に着替えたのである。いつも着ているようなドレスを身に着けていれば、貴族であることが周りに気づかれてしまい、誘拐などの危険性も高まる。アスモデウスを執事として置くためについた山賊に誘拐されたという嘘のせいで、お母さまは私を城下に行かせたがらなかったが、平民の格好をし、アスモデウスが決して私の側を離れないという条件のもと許可を出してくれたのだ。
アスモデウスはシンプルなシャツと黒のスラックスと革靴という平民が着る軽装をしているが、それでもあまりの顔の良さに貴族の子息かどこぞの王子様のようである。これ変装する必要あったのかと突っ込みたくなるが、本人は至って真面目に変装しているつもりのようなのでスルーしておこう。
ちなみに私はモスグリーン色の商家の娘風の格好をしている。割と自分では似合っている気がするが、アスモデウスの隣に並ぶと貧相に見えること間違いなしなのでご遠慮願いたい。
「そういえば、城下で買いたいものあるって言ってたけど、何を買うの?」
「色々ね、行ってからのお楽しみだよ」
アスモデウスは鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌である。長い足を組んで腕組みをし、楽し気にニコニコと笑っている。
そういえば私も城下に行くのは久々ではある。
聖ロストベルト皇国の城は、広い皇国の領土の中心に存在する。我が家ノートルダム公爵家の領土は皇国の首都に隣接しており、馬車で一時間ほどなのだが、領土の中で大抵の物は揃うため滅多に行くことはない。そして私自身、まだ10歳であるため社交界や貴族の茶会に参加することもなく、領土や屋敷の中の世界しか馴染みがないのだ。
最後に城下に来たのは何時のことだったか。
一年前に兄が魔法協会の職に就いた時に、母と一緒に首都にある魔法協会の本部に顔を出した時だったかもしれない。その時は、記憶が戻っていなかったので仕方がないが、魔法協会の本部に折角行ったのだから、イヴァン・ボルシェビキが今どんな風に暮らしているかくらいは確認しておけばよかった。
首都の城下と言えば、レイノルドとエドワードが暮らしている場所でもある。流石に王や王子が住んでいる城の中には入ることはできないだろうが、レイノルドとエドワードの情報も集められるのであれば集めておきたい。
「そういえば、この国の第二王子のレイノルドってオリヴィエの婚約者だったっけ?」
「ええ、そうね。あ、確かに。私7歳の時にレイノルドと婚約してるし、城の中も入れるのでは?」
「レイノルドか、彼、殺してもいいかな?」
「いいよ…、って良くない良くない。突然何?」
今日って雨だったっけ?と今日の天気でも聞くかのように、尋ねられた言葉に思わず反応が遅れた。アスモデウスは至って真面目そうに、なにか可笑しい事でも言いましたかとでも言いたげである。
「え~~~、僕のオリヴィエが仮の婚約とは言え、誰かと結ばれているのを見るの不快だな~」
「そんなこと言っているのが誰かに聞かれたら、不敬罪で私の首が飛ぶわ」
「大丈夫さ、僕がいるし。あ、そもそも不敬罪でこの国を敢えて追われて、二人で、隣国に亡命して慎ましやかに生きるっていうのはどう?」
「なにか、どう?、よ。そもそも前提からレイノルドが死ぬから私との契約違反よ」
「そうだね、じゃあ今は止めておくよ。ニコラスの件は僕も気になっているし、それが片付いてからでも良いね」
「完全に諦めてくれませんか…」
アスモデウスとそんな会話をしていれば、城下に到着したようで、ガタンゴトンと揺れていた馬車がゆっくりとスピードを落として止まった。馬の鳴き声が聞こえ、馬車の扉が開いた。
「オリヴィエお嬢様、城下に到着致しました」
「ここまで有難う、グリーデンス。私とアシュレイは城下で買い物をして参りますから、貴方も休んで頂戴な」
「ありがとうございます、私は此処でお待ちしておりますのでどうかお気をつけて」
馬車引きのグリーデンスはそういって頭を下げた。私よりもやや年上であるとは言え、まだ青年である彼がきちんと仕事をしているのをみると感心してしまう。大学生だったとはいえ、20歳過ぎても徹夜で乙女ゲームをして現実逃避していた前世の私とはえらい違いだ。
アスモデウスは私より先に馬車から降り、馬車の前で跪いて、私の方へと手を伸ばした。
「お手をどうぞ、オリヴィエ様」
上目使いで妖艶に笑う悪魔の手を取るのが癪で、無視して自分で馬車から降りれば、少し不貞腐れた顔でアスモデウスが立ち上がった。
馬車から降りて、辺りを見回せば、ガヤガヤと人に溢れたレンガ作りの建物が並ぶ街があった。人がたくさん通り、店も活気で溢れている。まずはアスモデウスが欲しいものでも見に行くか、と思って彼の方を見れば、彼も同じように活気のあふれる城下を眩しそうに、そして少しワクワクしたような顔つきで見つめていた。
情報収集も大事ではあるが、なんだかんだ今日はアスモデウスへのご褒美なのである。彼が楽しめばそれで今日は良いのだ。
はぐれない様に手でもつなごうかと思っていれば、アスモデウスは私の方へと振り返り、そうして私の手首をしっかり握ると、先ほどの意趣返しなのか全速力で走り出した。
「ほーら、行くよ。オリヴィエ」
「ちょっと、待って!!きっつい!!ストップ、転ぶ」
そうしてその3秒後に、顔面から地面にめり込むように転んだのは言うまでもない。




