9
九月一日。一日一枚のノルマも、夏休み終了と共に一区切りつけ、小休止することにした。
これからは将来を見据え、時間をかけて一枚絵を仕上げていこうか。私は新たな方針を検討する。
今日はバイトが休みだが、いつもより早く目が覚めてしまった。さっとインスタントコーヒーを作り、テレビを付けながら椅子に腰掛ける。ニュースを見るのは久しぶりだ。
画面はちょうどエンタメコーナーで、夏休み明けの小学生がインタビューを受けていた。どうやら今時の学生は、八月末にはもう新学期が始まっているらしい。
ほぉ、と自分の当時との変化に衝撃を受けた。今まで興味のある話題以外は無意識に聞き流していた。花咲ちゃんと出会わなければ、この手のニュースも知ることは無かっただろう。
なるほど、では九月には通常授業に入っているのか。そう思い、私は身支度を始めた。そして、以前と同じ時間を見計らい、例の河川敷へ赴いた。
特に約束はしていなかったが、私は当たり前のように二学期も放課後は二人で過ごすものだと考えていた。
きっとあの時間は花咲ちゃんにとっても特別なもののはずだ。長期休みを挟んだところで、何も変わらずまた一緒に居れると、私は根拠もなく信じていた。
川沿いに腰掛け、鞄からスケッチブックを取り出す。少しそわそわしながら、久方ぶりに小学生たちの喧騒を待った。
「あ、芽生ちゃん」
聞き馴染んだ声に、ばっと顔を上げる。河川敷の上から、少女はこちらへ声をかけた。
「花咲ちゃ……」
そう名前を呼ぼうとした私は、目の前の光景に一瞬固まってしまった。
夏休み明けに初めて見た花咲ちゃん。相変わらず綺麗なコーティングがされている黒髪、吸い込まれそうな大きな瞳、少し日焼けしたように見えるが、キメの細かい肌は健在だった。しかし、私はその姿に見惚れたわけではなかった。
花咲ちゃんの隣に、三人の少女が立っていた。身長はさほど変わらないが、三人ともあどけなさの残る顔立ちで、いかにも小学生らしい風貌だ。
少女たちは、見慣れない大人に親しげに話しかける友人を、怪訝そうに見つめている。
少し戸惑いつつ、私は軽く挨拶をした。
「えっと、お友達かな?はじめまして」
フレンドリーに接したつもりだったが、ぎこちなさが出てしまったようだ。彼女たちは、より警戒するように眉を吊り上げた。
「みんな、この人だよ。私が夏休み入る前まで一緒に遊んでくれてた人!」
そのとき、花咲ちゃんがすかさずフォローを入れてくれた。
「え、そうなの?」
「なんだ……」
「この前言ってたお姉さんのことか」
花咲ちゃんの言葉を聞いて、三人はそれぞれ安堵したように口を開いた。
私は心の中で、怪しまれたことに少しショックを受けた。とはいえ、普段から警戒心を持っていることは立派だ。今の子供はちゃんとしているなぁ、と改めて感じる。
花咲ちゃんが先頭を切ってこちらへ駆け寄る。残る三人もそれに釣られて後ろからついてくる。
「芽生ちゃん、久しぶりだよね。夏休みもここに居たの?」
花咲ちゃんは私の隣に着くと、立ったまま質問した。自分の存在を忘れていなかったことに、こちらも安堵する。
「まさか、お姉さんには仕事があるからね。夏休みも忙しくて、君たちみたいに遊んでいられなかったよ。でも、それも落ち着いたから、今日からまた来ようかなって」
私は堂々と嘯いた。余裕のある大人を演じ、まるで彼女を気にしていないように見せる。
それでいて、遠回しに今後も会える機会を示唆する。うん、これで明日から元通り。また、これから放課後は共に過ごせるはずだ。
しかし、彼女の返答は私の期待を裏切るものだった。
「へぇ、じゃあまた話すことがあればね」
私は花咲ちゃんの『あれば』という部分に違和感を覚えた。以前のように毎日会うわけではない、そんなニュアンスを感じ取った。
私は嫌な胸騒ぎを感じながら会話を続ける。
「今日はお友達と帰ってるんだね」
「うん。ほら、話したでしょ?友達ができたって。夏休みもずっと皆で遊んでたんだ」
彼女は後ろで立ち尽くしている友人らに視線を向ける。三人は互いに目配せして、何やら気まずそうにこちらの様子を伺っている。
「そうなんだ、楽しく過ごせて良かったね」
「あとね、絵たくさん描いたよ。そうだ、皆でアカウント作ったの」
そう言って、花咲ちゃんはポケットからスマホを取り出した。慣れた手つきで操作し、画面をこちらへ向ける。
そこには、某有名なSNSのマイページが表示されていた。それはまさに、私が夏休み毎日投稿に尽力していた場所であった。
「私もずっとやってみたくて、友達に作り方教えてもらったの。芽生ちゃんもやってる?」
「あぁ、うん。じゃあ……」
フォローしろと言わんばかりの表情で見つめられ、私は素直にスマホを取りだし、花咲ちゃんのアカウントを検索した。
「あ、それ」
言われるままに、ある雑草の写真が切り抜かれているアイコンをタップする。
「この写真ってあの時の?」
それは花咲ちゃんと出会い、日々の報告が日課になってきた頃、さりげなく撮っていた例のスミレの写真だった。
そういえばあの後、少しだけスミレについて調べたのだった。結局、花咲ちゃんの興味は次の日には変わっていて、その知識を披露する機会はなかったのだが。
「そうそう。これ作った時、ちょうどいい写真なかったから適当に設定してたんだった」
花咲ちゃんは思い出したようにぽん、と手を叩いた。そのとき、今まで黙って聞いていた後ろの友達が、間髪入れずに口を挟む。
「てか、それ地味だし早く変えなよ」
花咲ちゃんは後ろを振り向き「確かに!」とそれに同調する。
「夏休みいっぱい写真撮ったよね」
「あの海のやつは?みんなで撮ったやつ」
痺れを切らしたように他の二人も参加し、彼女たちはその流れで夏休みの思い出話を始めた。私はそれを横目に、じっくりと花咲ちゃんのアカウントを確認した。
作ったばかりということもあって、フォロワーは一桁、プロフィールも簡素なものだった。おそらく仲間内でしか活用しないのだろう。
私はメインアカウントに切り替えてから花咲ちゃんのアカウントをフォローした。
「これ、公開アカウントになってるけど大丈夫?」
私は、誰にでも自分の呟きが見れてしまう設定になっている、と注意した。
インターネットは広い。知らない人と交流できることはプラスにもマイナスにもなる。近年ではSNSトラブルも頻発しているため、小学生なら尚更気をつけるべきだと思った。
私もイラストのアカウントは公開設定にしているが、極力他人と関わることは避け、ただイラストを上げるだけに留めている。
「うん。まだ他の子と繋がるかもしれないから。あ、芽生ちゃんは鍵ついてるんだ。あとで許可しといてね」
私は頷きながら、彼女が変なことに巻き込まれないかと心配した。しかし、口うるさいと思われるのも不本意なので、それ以上の口出しはやめた。花咲ちゃんはしっかりしているし大丈夫だろう。
「ありがとう。それじゃ私たち……」
彼女は口篭りながら、友達と目配せした。それを見て私は察する。
「この後、友達と遊んでくのかな?私も今日は早めに帰ろうと思ってたから、大丈夫だよ」
私の言葉を聞いて、花咲ちゃんは少しホッとしたように見えた。
「うん!芽生ちゃん、またね」
そう言って、彼女は友達と笑いながら帰っていく。その背中を追いながら、私は肩透かしを食らったような気分でため息をついた。
開いたままのSNS、私はそれ以上操作することなく、トボトボと帰路についた。




