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通り雨はすぐに落ち着き、次の日にはまた酷暑へと戻っていた。たまたまバイトが休みだった私は、買い物帰りに河川敷を通りがかった。
いつもと同じ時刻、小学生の群れは見当たらない。花咲ちゃんが言った通り、今日は午前中に全員下校したようだ。
自然と足は土手を降り、定位置でふぅと一息つく。特に何をするでもなく、ただ川を眺める。前日の雨で増水した川は、堤防ギリギリの水位を保って順調に流れていた。
スマホで時刻を確認する。普段ならとっくにあの子と合流して、会話に花を咲かせている時間だ。もしかしたら、と僅かな期待に身を寄せる。
万が一、彼女と出会ったなら、今度こそ余裕のある態度で接しなければ。私は頭の中で簡単にシミュレーションする。
数十分待ったところで、体が先に限界を迎えた。結局彼女が来ることはなかった。
買い物袋からぬるくなったミネラルウォーターを取り出し、一気に飲み干す。汗を拭いながらゆっくり立ち上がり、無心で道路側へと上がっていく。
直射日光が容赦なく体を蝕む。私はいつもより速度を落として帰路に着いた。夏の昼は長い。まだ太陽は沈む気配を見せない。
確かに昨日、今学期は最後だと告げられた。意味は理解しているし、もちろん彼女の選択を責めるつもりはない。ただ、あまりにもいつもの調子でバイバイと言われたものだから、なぜか今日も会える気がしてしまったのだ。
彼女に対して芽生えた嫉妬心。その種は心の奥に植えられ、まだこの手で直接取り除けない。マイナスな感情を持ってしまったからには、純粋な気持ちで彼女と接することはできない。
それでもまた話したくて、ここに求めて来てしまった自分がいる。こんなの、まるで自分だけが花咲ちゃんを追いかけているようで、馬鹿みたいじゃないか。私はどうしようもなく満たされない感覚にもがき苦しんでいた。
暑さでのぼせそうな頭は、一生懸命に自身の問題を考える。そもそも、私はなぜこんなことをしているのだろう。何をやらなければいけないのだろう。
これまでの過程を振り返る。河川敷に来たきっかけは、あぁ、そうだ。人生設計を組み立て直そうとして、だから新たな仕事を……。
と、そこまで辿り着いた直後、脳内は別の考えに支配される。
『絶対なれるよ!』
『なれると、思う?』
『うん!』
あの時の会話が過ぎる。そうだった、仕事じゃない。まずは再度目指そうと決めた夢への設計を立てないと。
ふらついた足取りで、地面を見つめながら真っ直ぐに進んでいく。そしてある考えが思い浮かぶ。
もしこの夏休みの間、もっとイラストを上達させたら、花咲ちゃんはまた褒めてくれるだろうか。
幸い、物欲もなく最低限の生活で一ヶ月持たせることができた。今までフルタイムで働き常に節約を心がけてきたおかげか、まだ残高に余裕はあった。最初の予想通り、この調子ならあと数ヶ月は持つだろう。
この長期期間に自分の技術を向上できれば何かに繋がるのではないか。試しに、目標として一日一枚イラストを投稿しよう。ただの趣味アカウントと称し、惰性的に続けていた投稿も、本格的に動かしていこう。
今はSNSを通してプロになった人も大勢いる。知名度が上がり人気が出れば、業界人の目に留まりやすい。じきに有償依頼も受けられるよう準備をしておこう。そうして商業の案件などに関わることができれば、御の字だ。
晴れてイラストレーターとして活躍できるようになったら、きっとこの堕落的な生活を脱け出せる。あの日空想で思い描いたように、花咲ちゃんにも胸を張ってプロになったと言える。
立派な大人として彼女の期待に応え、自分の夢も叶えられたなら万々歳だ。数年間燻っていた人生を、今こそ取り返す時かもしれない。
私の思考は勝手にポジティブに変換される。どうしても、無理やりにそう考えていないと自分の心を保てない気がしていた。
ふと立ち止まり、顔を上げると見慣れない風景があった。どうやら道を間違えてしまったらしい。後ろを振り向くと、数十メートル先に本来曲がるはずだった交差点が見える。
後ろから太陽の光に照りつけられ、目の前に自分の影が映る。私は無意識に、その影をぼうっと見つめた。
全身真っ黒なそれは、何を考えているのか分からない。まるで心の中を映したような漆黒に、取り込まれそうになるのをぐっと堪えた。
額から伝った汗が足元にポトリと落ちる。先程飲み物を枯らしてしまった私は、急激に喉の乾きに襲われる。
引き返そうかと足を半歩前へ出したところで、途端に面倒くさくなり留まった。影に一瞥し、再度前へ向き直る。私は戻る道を諦め、そのまま遠回りして帰宅した。
それから約一ヶ月の間、私は相変わらず短いシフトをやり過ごしながら、空いた時間は絵を描くことに費やしていた。
たびたび、店長や他のパートさん達が何か聞きたそうに横目で見てくることはあったが、私は忙しいふりをして避けた。今はそれよりも画力を上げることのほうが大事だと思った。
常時つけっぱなしのエアコン、その他の光熱費や食費たちが容赦なく私を襲う。この部屋を家電付きで借りられたのは助かるが、軒並み古いせいで消費電力が激しい。
貯金は減る一方で、残高を確認することすら億劫になった。
そんな現実から目を背けるように、私はひたすら描き続けた。テレビも付けず、目の前の紙、時にはタブレットに集中し続けた。
アナログもデジタルも、それなりに使いこなしてきた。どちらもマスターすれば表現幅が広がる。私は前よりも他人受けを意識して、様々なイラストを練習した。
この期間でずいぶん試行錯誤した。SNSのアルゴリズムは頻繁に変わり、何が多くの人の目につくのか見当がつかなかった。
トレンドに便乗し人気のキャラクターを描いても、すぐに埋もれ拡散されることはなかった。こういった戦略はある種の運なども関係しているようだ。
だったらいっそのこと、自分の好きなように描こうと思い立った。ただし一日一枚のノルマは怠らないように、意識して継続した。
その結果、インプレッションは徐々に増し、夏の終わりには「いいね」の数が四桁近くなるまでに成長していた。
やはり、私は埋もれるべきではないのだ。いつの間にか、そう自惚れるようになった。それは自信というよりも意地だった。
やればできる、続けていればきっと報われる。そんな漫画のような綺麗事を並べては、私はまた夢の中へ彷徨っていく。
だってあの子が言っていた、なれるよって。私は、必死に夢を追う。この行動が、自分のためと同時に、花咲ちゃんのためでもあると信じて疑わなかった。
ネット内外の数多くのイラストコンテストなどには、応募することはなかった。専門時代の苦い経験を思い出すと、どうしても気が進まなかった。
とにかく、まずはある程度SNSで知名度を上げることが先決だと自ら言い聞かせ、私は狭いワンルームで闇雲に日々を消費し続けた。
長い間、花咲ちゃんに会えないのは辛かった。彼女は彼女で、今頃友達と楽しく充実した夏休みを過ごしているのだろう。ちゃんと私のことを覚えていてくれるだろうか。最後にあっさり帰っていった背中に、縋った声は届かなかった。
しかしこの長い休みが終われば、きっと元に戻るはずだ。また私たちはあの河原で、二人だけの世界で、笑い合って幸せに過ごす。
自由奔放な彼女に抱いた醜い嫉妬心。それを自覚してもなお、私は花咲ちゃんを手放したくなかった。
正反対な二人の共通点、孤独が結んだ私たちだけの絆。太陽みたいなあの花に焦がれて、それでも独占したいという矛盾を抱えていた。
そう、一人待ち続けたあの日に決意したのだ。もう来てしまった道を戻らないと。
次に花咲ちゃんに会った時に何と伝えよう。プロを目指すと宣言して、この一ヶ月間の成果を見せよう。もっと閲覧数が増えれば、もしかしたらそのうち依頼が来るかもしれない。そう言ったらどんな反応をするのだろう。
彼女は応援してくれるだろうか。あの爽やかな笑顔で「すごい!」と、キラキラした表情で「頑張って!」と、もう一度背中を押してくれるのだろうか。
きっといつものように、裏表のない言葉で私を肯定してくれる。今まで培ってきた彼女への信頼が、そう確信させる。
ノルマの合間に息抜きとして描いていた、大量のイラストの束を手に取る。どれも花咲ちゃんの好きなキャラクターだ。これを休み明けに報告と共に渡そう。彼女の喜ぶ顔が目に浮かんだ。
私はその束を大事そうにテーブル横の引き出しにしまうと、気合いを入れ直し、再び制作活動を続けた。




