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そんなことがあった翌日も、私は変わらずここへ来ていた。
おそらく昨日は、夏休みの延長で友達を優先してしまったのだろう。これからまた交流を続け、少しずつ元通りになっていけばいい。
私が夏休みの成果を話したいように、花咲ちゃんだって話したいことがあるはずだ。
彼女にとって私は、あれほど渇望していた話し相手なのだから。
河原に座り、スマホを取り出す。指は自ずとSNSのアイコンをタップしていた。
夏休みが終わり、拡散の勢いも緩やかになってしまったのだろうか、私の投稿に対する「いいね」は結局四桁に届くことはなかった。
だが、続けていけばもっと成長できるはず。誰かの目に留まるはず。じきに解放しているDMに依頼が来るかもしれない。私は性懲りもなく、そんな妄想をしながらほくそ笑んだ。
そうだ、と私はアカウントをメインの方に切り替える。せっかく花咲ちゃんのアカウントをフォローしたのだ。待ってる間にちゃんとSNSの内容も把握して、話を広げてあげよう。私はフォロー欄から彼女のアイコンをタップし、ホームへ飛ぶ。
昨日ちらりと見た時よりも、すでに多くの呟きが更新されていた。基本的には挨拶や趣味についてなど、どれも他愛のないものばかりだった。たまに授業に関しての愚痴が挟まれ、もう少し遡ると夏休み中の日付に変わった。
そこには、おそらく友人と遊んだであろう、楽しそうな内容が綴られていた。
『今日はゆうちゃん、さくちゃん、ももちゃんとモールに行った!』
『さくちゃんちで食べたケーキ美味しすぎる』
『ゆうちゃんが言ってたアイドル、私もハマりそう』
『夏休みすごく充実してるー!ももちゃんのおかげだー』
遊びの詳細や感想に、ところどころ混じる数人の名前。主に出てくる「ゆうちゃん」「さくちゃん」「ももちゃん」が前回一緒にいた三人なのだろうとすぐにわかった。
私は微笑ましく感じる反面、寂しさや妬心のような感情が湧き上がってきたことに気付いた。それは夏休み前に感じたものと酷似していて、あの日の雷と大雨がフラッシュバックする。
やはり、花咲ちゃんはとても充実した夏休みを過ごしたようだ。同年代の友人と様々な体験をしたのだろう。それは本来そうあるべき事で、子供たちにとって当たり前なのだ。そこに赤の他人の大人が入る隙は無い。
出会った頃、私という同志を見つけて顔を輝かせて話を聞かせてくれたこと。夕方が迫る時間に帰宅を促すと、悲しそうに引き止めてくれたこと。今までの彼女との記憶が蘇る。
その愛らしくて魅力的な彼女の関心は、今は他の人にも向けられている。彼女に友達ができたことは心から嬉しい。
ならば、私は彼女を見守ってきた者として、どうするべきか。それは頭では分かっている。そのはずなのに、なぜ、こんなにも心が苦しいのか。
辺りがざわざわとし始め、下校時間だと気づく。私はそのままの体勢で後ろを振り返り、見知った顔が通りかかるのを待った。
やがて、一つの女子グループが奥の方から見えてきた。花咲ちゃんと、周りにいるのは昨日と同じ面子だった。
彼女たちは大声で話しながら歩いている。私は手を軽く挙げ、呼びかける。
「おーい、みんな……」
「キャハハ!!」
その瞬間、一際大きく響いた笑い声に、私の呼び掛けはかき消された。
「あの動画観たんだ?」
「うん、気になっちゃって」
「ねー、あれ本当に面白い!」
「今日続き投稿されるって聞いたよ」
何やらとても楽しそうに、共通の話題で盛り上がっているようだ。その様子を見ていると水を差すのは野暮だと感じ、私は静かに手を下ろした。
だんだんと遠くなる笑い声を、しばらく立ち尽くして見送った。
ちらりと、視界の隅にいつか花咲ちゃんと話したスミレの群生が見えた。相変わらず小さな蕾をたくさん携え、堂々と咲き誇っている。
よく見ると、その中にはいくつか、閉鎖花が裂けて種子が見えているものがあった。いつか画像で見たそれを、初めて実際に目の当たりにする。
三等分の舟型のサヤに、ぎっしり詰まった種。じきに自らその種子たちは飛んでいく。集合体恐怖症には堪らないだろうその見た目に、改めて不快感を覚えた。
私はこの感情を全てスミレのせいにして、先程の出来事をなかったように誤魔化した。
スマホへ視線を逸らす。花咲ちゃんのアイコンはいつの間にか、海をバックに自分と友達のピースしている手を写したものに変わっていた。
それ以降、私はバイトが終わると家まで直帰するようになった。あの河原へ行っても、前と同じ結果になったらと思うと、なかなか気が進まなかった。
家にいても何もすることはない。気持ちの問題か暑さのせいか、私は無気力に時間がすぎるのを待つだけだった。
小腹が空いたからと冷蔵庫を開ける。中はスカスカで、すぐに食べられそうなものはない。私はしばし悩んでから、財布を手に取り出かける準備をする。
「そうだ、ついでに……あー、どこやったかな」
私はぶつぶつ独り言を言いながら、あるものを探す。しばらく見て見ぬふりをしていたが、あとどれくらい貯金が残っているか、把握しておかないとまずいかもしれない。
例の期間、自炊よりもイラストに時間を割いていたせいで、弁当や出来合いに頼ることが多かった。
コンビニで何度かATMから引き出した記憶があるので、念のため通帳の記帳をしておこう。まだ持つだろうとは思うが、浪費癖をつけないよう自戒しなければ。
そう思いながら辺りを探る。どこにしまったか覚えていない自分に腹立ちつつ、無作為に引き出しを開けていく。そして、テーブル横の引き出しを開けたときだった。
そこには大量の紙束があった。私はその存在を瞬時に思い出し、ゆっくりと手に取った。
夏休みが明けてから、私はすっかりイラストをあげなくなっていた。
あれほど頑張った毎日投稿も、一度途切れると閲覧数はガクッと下がってしまうようだ。フォロワーも思っていたほど伸びず、直近の投稿の「いいね」数はまた百程度まで落ちていた。
一時的に満たされ膨れ上がっていた心が、一気にしぼんでいった。このままでは、また夢から遠のいてしまう。そんな焦りと不安が密かに芽生えていた。
そんな中でも、真っ先に心に浮かぶ人物は花咲ちゃんだった。私は、せっかく頑張ってきたこの努力を、どうしても彼女に見て欲しかった。
味気ない孤独な日常から救い出して、もう一度夢へ向かう背中を押してくれたあの子に、どうしても聞いて欲しかった。
紙束から目を離し、さらに引き出しを覗くと、下敷きとなっていた通帳を発見した。私はその両方を鞄に詰めると時計をチェックした。
今から行けば、まだ間に合う。私は感情のまま家を飛び出した。




