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例の投稿は結局、一万の大台に届きそうなところで落ち着いた。
おそらく時間帯的に、帰宅ラッシュやら夕飯やらと何かしら活動してる人が多かったのだろう。拡散の勢いもすぐに収まり、「いいね」の数も途切れた。
しかし、あの投稿の影響で花咲ちゃんのフォロワーは急激に増え、千人を優に超えた。もはや私の弱小アカウントなど、太刀打ちできるものではなくなった。
それから私の日課は変化した。
今まで監視するだけだった花咲ちゃんの呟きに、私は時々返信を送るようになった。何気ない日常のことに、趣味のことに、どんな内容でも粗を探すように目を見張り、その手で彼女のテリトリーを荒らした。
もちろん一つのアカウントでは即ブロックされて終わりだ。だから私はブロックされては別のアカウントを作成し、執拗に追いかけた。
『遊んでばっかじゃなく、勉強したら?』
『それの何が楽しいの?バカみたい』
『下手なくせに調子乗ってるよね』
呆れるほど低レベルな誹謗中傷。大した語彙力もなく、ストレートに感情のまま吐き出す罵詈雑言。自分でもお粗末だと分かっている。私は数々の中身のないアカウントを駆使して彼女を攻撃した。
それも決定的な発言はせず、全ての呟きに絡むような法則性もなく、ギリギリ受け流されそうなラインを責め続けた。
最初に書きこんだ時に理性は失ったつもりだった。しかしそれでも、まだこんな小賢しいやり方をするとは、どうしても私は保守的になってしまうようだ。つくづく情けないと自分に呆れる。
もちろん、そんなことを続けては花咲ちゃんのフォロワーから疎まれるのは必然だった。私が返信すると、たびたび注意してくる輩も何人かいた。
『辞めた方がいいですよ、そういうの』
『これ絶対同じ人でしょ。なんで執着してるの?ストーカー?』
『小学生に嫉妬してるの?まさか』
そんな私宛の返信を見るたび頭に血が上る。
「うるさいうるさい!私と花咲ちゃんのことを何も知らない外野が!」
狭い部屋に響く、精一杯搾り出す怒号。隣から壁を殴る音が聞こえる。散々我慢させられたのはこっちだ。キッと壁を睨み、手元にあった鞄を放り投げる。
こんなの間違っていることはわかっていた。しかし、もう戻れないのだ。自分で自分を洗脳するかのように唱え、この手を制御する理由を失っていく。
そして、自分に対する説教には耳を塞ぎ、また殻に籠ることを繰り返す。
他のアンチ達はとうに消え去っていた。彼らはただ捌け口があればいいだけで、見ず知らずの一人に固定して粘着するわけではなく、満遍なく叩く先を移していく。もはや今、この子に悪口を送り続けているのは私だけだろう。
ただ、こんな暴言を投げたところで彼女から反応がくることは一切なかった。それがまた癇に障って、私はどんどんヒートアップしていく。
まるで効いていないような、気にもしていないような態度が気に食わない。彼女のアカウントは親も見ているはずだ。それなのに、何の行動もしてこない。私のことなど見えていない、空気のように無視され続けた。
投稿するたびに上がり続ける彼女の画力が妬ましい。それは都度、私の中の屈辱、羨望、憎悪、そのような負の感情を増幅させた。
しかし数週間経つと、その画力に反比例するように彼女が絵を上げる頻度は下がっていった。毎日だったものが二日に一回となり、やがて週に一、二回となっていく。
何か心境の変化があったのか、単純に私生活が忙しいのか、私には知る術がなかった。
もしかしたら、私の攻撃が効いてきたのかもしれない。今まで相手にされていなかったと思い込んでいたが、実は少しずつ影響を与えていたのだろうか。
だとしたら上々だ。このままいっそのこと筆を折ってやりたい。どうにかして彼女のイラストに影を落としてやりたい。そんな勢い任せに、攻撃を止めることはなかった。
心に芽生えた復讐心、私は思うがまま従う。それが逆恨みと気付かずに。
だが、そんな日々はある日急に終わりを告げた。河原の木々もすっかり寂しい姿となった深秋の頃。
日曜日ということもあり、朝から隣人宅に人が来ているのだろうか。ドタドタと数人の忙しない足音と笑い声で目が覚める。
今日は珍しく自分も休みだったため、ゆっくり寝ているつもりだったが、仕方なくのそりと起き上がる。カーテンを開けるとたっぷりの日差しが、散らかった部屋に降り注ぐ。
私はパジャマ姿のまま水を一口飲んだ後、いつものように捨てアカウントから花咲ちゃんのタイムラインを覗く。
最新の呟きをチェックしようとした時、異変に気づく。
『このアカウントは非公開です』
彼女のアイコンをタップして飛んだ先には、この一文と白い背景のみが表示されていた。それは彼女のアカウントが鍵アカウントになったことを示す文言だった。
こうなることは至極当然だ。むしろ、なぜこの数週間その判断をせず、公開アカウントにしていたのか逆に疑問だ。
非公開にされたアカウントは、フォローしていないと見ることができない。数々のアカウントでフォローし、攻撃するたびにブロックを繰り返されていた私は、当然彼女のフォロワーにはいない。ここでとうとう干渉することさえ遮断されてしまったのだ。
私は何とかして彼女のアカウントを見たかった。また新しくフォローしても、怪しまれて拒否されるだけだ。何か方法はないか、必至に思案する。
そこまで考えてハッと思い出す。今ではすっかり切り替えることもなくなったメインアカウントの存在を。
確かあのアカウントは、一番初めに花咲ちゃんをフォローしたものだ。私は急いでアカウントを切り替え、フォロー欄の中から彼女を探す。
「見れる……!」
概ね予想通り、嫌がらせをしているのが私だと気づいていないようで、そのアカウントからは花咲ちゃんの呟きが通常通り閲覧できた。私は鼻息を立てて、更新された内容を覗いた。
『ついに鍵をかけちゃった。本当はもっと早くかける予定だったんだけど、絵を上げるたびに見てくれる人が増えて、嬉しかったからそのままでいたんだ』
『だけどもう絵を上げることも少なくなってきたし、ここは元々友達だけと繋がるつもりで作ったから。また新しくアカウント作ることにします』
『ここはイラストを続けるか決まってないけど、しばらくそのままにしときます』
その言葉を最後に、まとめて連投していたようだった。私は愕然とした。
「なんだよ、それ」
私は自然と呟き、力なくスマホを落とした。
それはアカウント削除と等しい結果だった。おそらくもうこのアカウントはここで終了だろう。そう直感した。
今まで簡単に興味が移ろう彼女を見てきた。新しいアカウントを作ったのなら、もうこちらを更新することはないだろう。
結局親の介入でもなく、花咲ちゃんの挫折でもなく、粛々とこの一連の出来事は幕を閉じた。私はまた見向きもされないまま、花咲ちゃんの背中を見送った。
途端に馬鹿馬鹿しくなってくる。私は本当に何をやっていたのだろう。そう思うと不思議と笑えてきて、私は一人ベッドの脇にうずくまった。
私と花咲ちゃんの繋がりは、呆気なく途切れてしまった。あれ以来、私は彼女に付き纏うことを辞めた。次のアカウントは、きっとすでに作られているだろう。
私は申請許可をしていなかったことを思い出し、あの後すぐに花咲ちゃんのアカウントのフォロー申請を許可した。しかし、彼女の新しいアカウントから私にフォロー申請が来ることはなく、更新が途絶えたフォロワーが一人増えただけに終わった。
今思うと、最初こそ彼女から求められていたが、友達ができてからというもの、私に対する興味が薄れていったように感じる。
おそらく私など、彼女の中ではとっくに眼中にない存在だったのだろう。
これまでやったことは、一体なんだったのか。結局大きな行動にも移せない、弱くて臆病者で何も成し遂げられないままで。世間から取り残され、いつまでも昔の夢に足を引っ張られているままで。都合の良い言い訳をして現実逃避することを癖にして。
いつからこうなってしまったのだろう。もしもあの出会いがなければ、あの子に縋り続けなければ、この結果は変わっていたのだろうか。
心に芽生えた黒い種は、蕾のまま咲くことなく止まった。そしてやがて、三つに裂かれたサヤから新しい感情の種がポロポロとこぼれ落ちる。




