6,LALALAキーホルダー
昴君が話してくれた『女アレルギー』は手強そうだった。
彼は自分からは話さないから、山室君が上手いこと質問攻めをして、得られた情報はこんな感じ。
幼少の頃より女子にちょっかいを出されやすかった昴君は、それを避けたいばかりに前髪で顔を隠し、できるだけ愛想を悪くする為にパグ顔をマスターし、中学受験を経て中高一貫の男子校で過ごした。
ここまでは、アレルギー症状はなかったそうだ。
問題は大学に入ってからで、生まれもってのポテンシャルと意外にもその塩対応がマッチしてしまい、女子受けが良かったらしく、連日のウザ絡みに耐えてるうちに発疹が出るように……一晩寝れば、翌朝には戻っているらしく、痛くも痒くもないとのこと。
「それにしても……旨いな……」
山室君がぽつねんと零した感想に、昴君が食らい付く。
「まじ?」
「ああ。旨いよ。ほんと」
やっぱり。
そう感じたの、私だけじゃなかった。
「どっかで修行した?」
言葉に詰まっている昴君の代わりに答えてあげる。
「どこぞのおじいさまに教わったみたいよ」
「誰、それ?」
俯いて黙ってる昴君。
今日はもう散々、プライベートを根掘り葉掘り聞いたからね。
解放してあげよう。
「さ、帰ろうか」
3人で一緒に店から出る。
「そうだ。昴君が施錠してよ。朝開けるのと逆の手順だからさ、今、鍵かけてみて。ここで見てるから」
「はい」
電気を消して、
セキュリティーをONにして、
シャッターを閉めて、施錠。
「うん。できるね。約束忘れないでね。明日は、先に入ってもいいけど、シャッターは閉めること。外から人がいるってバレないようにね」
「はい」
駅までとぼとぼと並んで歩く。
「瑠璃、よかったら今夜もちょっと寄ってかないか?」
「いいよ。昴君も行く?」
「いや。できれば二人で」
「そ。いいよ。じゃ、昴君、お疲れさま。また明日ね」
「はい」
***
「なにあれ?」
山室君が怒ってる。
「あれってなに?」
どうしてか分からない。
「どうしてアイツが持ってんの?」
はて……?
「俺と一緒に買ったキーホルダー」
ああ。
「今日、店の鍵あげたから」
ビールが運ばれてきた。
「キーホルダーごとあげたってこと?」
そうなるのかな。
「うん」
山室君が頭を掻いた。
「あのさあ、彼氏へのプレゼント流用する?普通」
そんなの私の勝手でしょ、とは言い辛い。
「さあ、普通ってよく分かんない」
ビールジョッキを煽る。
「普通はやんねーの。あーゆこと」
山室君の苛立ちが私にも移ってきた。
「普通じゃなくて悪かったわね!」
酔いも回って、気がでかくなる。
「昨日の俺の告白どこ行ったんだよ」
山室君が唐揚げを頬張った。
「そんなの私に聞かないでよ」
私も唐揚げを口に入れる。
「お前に聞かないで、誰に聞くんだよ!」
ビールのお替わりが来た。
「自分で考えれば?八つ当たりしないで」
「八つ当たりじゃねーよ!……ってか、あれ?これ、八つ当たりか?なにしてんだ、俺?だよな、昴に焼いて、瑠璃に当たり散らしてるのかぁ。まじかぁ。だせぇなぁ」
一人で勝手に納得してる。
もう……嫌な気分。
「ごめん、ごめん。なんかさ、瑠璃がフリーになったらさ、次は俺いけるんじゃないかって気がしてて。ほんと、ごめんな。勘違いも甚だしいよな」
どう答えたらいいか分からない。
「こんな一方的に言われても困るよな」
お腹がいっぱいになったか分からないまま解散した。
***
もう鍵を預けたから大丈夫とは分かっていた。
だけど、一人で練習するより、近くに聞ける人がいた方がいいんじゃないかって気がして、朝早く来てしまった。
シャッターを上げたら、すんなりと持ち上がった。
「おはよう、昴君」
「おはよう、店長」
『ございます』を付けなさいと指摘すべき?
いや。今は業務の時間外だから、うるさいことは言わないでおこう。
「一杯いただける?」
「はい」
業務命令じゃないんだけど、素直に従う少年が可愛く感じる。
まだ早いし、私も来たときのままの格好で、ソファ席に座る。
昴君がマグカップを持ってやってくる。
テーブルに珈琲を置いてくれる。
そのままこっちを向くから……
顔が近くない?
チュッ
(は?)
今、唇が当たった。
(嘘でしょ?)
私は息が止まって、頭も真っ白。
昴君が、上に着てたシャツを脱いだ。
(は?)
こんなとこ見られたら、セクハラだと思われちゃう。
「やっぱり!」
私のお尻を自分のお尻で押して、昴君がソファに座ってくる。
ちょちょちょちょっと!近いから!
「ほらな?」
昴君の方を見られなくて、そっぽを向く。
「ねえ、ねえ、見て」
肘で突いてくる。
「なってない」
「なにが?」
「アレルギー出ない」
「え?本当?」
思わず振り向いた先に、見たことがない、とろけてしまうような笑顔が……きゃー。勘弁。
「ほら、ほら」
私の手を取って、自分の胸に触らせる。
不可抗力ですから!
私の意思じゃありませんから!
気持ちは全力で反抗してるのに、手が嫌がってない、っていうか、むしろ……ね。
(……はぁ。すべすべだ)
仕方なく昴君に向き合う。
「本当だ。白いままだね」
あ、やば。セクハラだったかな。
「発疹って、いつもそんなすぐ出るの?」
「秒で」
「へえ」
でも、これって……
私を女と思ってない証拠じゃない?
勝手に思って、勝手に傷ついた。
なんて馬鹿な私。
「とりあえず、服着て」
「はい」
昴君はご機嫌に自分のマグカップを持って来て、また隣に座った。
「ここで飲むの?」
「はい」
今日も間違いなく『美味しい珈琲』だったはず。
ただ意識が混乱していて、私の味覚がどうかしてただけ。
「昴君、あのね……」
「はい」
「上司との距離を覚えてもらおうと思うの」
「はい」
きょとんとした目で私を見ている。
「いい?仕事でやむを得ない時以外は、身体に触れてはいけません。言葉遣いも、友達じゃないんだから、敬語を徹底してください。あと、私はもう朝早く来ないから、明日からは一人で練習してください」
ちょっときつい言い方をしたと思う。
昴君は消え入りそうな声で小さく「はい」と返事をした。
***
ちっとも仕事に集中できてない。
出て行った弘春との思い出、ずっとただの同僚だと思っていた山室君の告白、今朝の昴君との出来事……どれも考えたくなくて、でも、払っても払っても浮かんできてしまう。
京介君が山室君にラテアートを教わっている。
「一杯もらえるかな?」
「もちろんっす」
この子のこういう明るいところは武器だよな。
チェーン店とはいえ、お客さんがお気に入りのスタッフについてくれることは多い。
昴君は体質的にアレだけど……京介君はそこそこ、お客さんのファン作りが上手くいってると思う。
「お待たせしました」
「おお!やるぅ!」
くじらの絵が描いてあった。
思わずハイタッチ。
お砂糖を2粒沈めて、かき回す。
白い泡が珈琲と混ざって、この世で一番優しい色となる。
「ふぅ。美味しい」
「本当っすか?あざーす」
山室君と微笑み合ってる京介君の奥から、何やら悪寒を感じた。
昴君……
怖いよ……
今朝の注意を根に持ってんだろうな。
だけど、あの子にはあれくらいハッキリ言わないと伝わんなそうだからな。
「ねえ、京介君。昴君にもラテ作ってあげて」
「いーっすよ」
今度はハートをモチーフにしたラテアートを施してくれた。
「へえ。もういろんなの描けるんだね」
「まだ、5種類くらいっす。ほれ、昴。店長からだぞ」
挙動不審な感じで突っ立ってた昴君は、カップを見るなりすっ飛んできた。
「店長から、俺に?」
「そう。よかったなー」
嬉しそうに口を付けた昴君の唇に、ちょっぴり意識が持って行かれてしまった。




