5,LALALAキーホルダー
まさかと思って来てみた。
「昴君、一体何時に来てるの?」
ビクッと肩を震わせ、姿勢を正した昴君が、顎を上げてキャップのつばの下から睨みつけてくる。
「早く来て何がしたいの?」
「別に」
「なら、もう少し家でゆっくりしてから来たらいいんじゃない?」
5時半だよ?
健全な男の子なら、起きたくても起きられない時間なんじゃないの?
「瑠璃……店長には関係ない」
「いいえ。店長だから関係があります。社員の健康管理も大事な業務の一つです」
この時間は人影の少ないオフィス街だけど、さすがに声が響くのが気になる。
「いいから入って」
一度開けたシャッターを、内側から再び閉める。
「一応、営業時間で扉を開けていい時間が決まってるの。昴君がああやってお店の前に立ってるのも、クレームがきたら対応しなきゃだし、自分がよくても、会社の決まりに則って行動してもらわないと困るんだよ……」
私が話しているのに、昴君はカウンターの内側に入って、手を洗い、豆を挽き始めた。
「あのね、聞いてる?」
「……」
無視?!
それにしても手際が良くて、洗練された所作には惚れ惚れしてしまう。
「どこで覚えたの?」
「じじいんとこ」
どこのおじいさんか存じませんが、口が悪いこの子の悪態を許してやってくださいね。
「あのね、昴君。いくら美味しい珈琲が淹れられてもね、お客さん……」
「今、美味しいって言った?!昨日の俺の珈琲、旨かった?」
あら、まあ。
そんな可愛い顔もできるのね。
ちょっと得した気分だわよ。
「うん。昨日淹れてもらったの、とても美味しかった」
「よっしゃっ」とガッツポーズ。
ははーん。
開店前に珈琲を淹れる練習がしたいんだな。
分かり易い若僧だこと。
「昴君、約束を守ってくれるなら、お店の鍵を預けてもいいわ」
「まじ?」
「まじ。約束が守れるなら、だけど。どう?」
キラキラしたでっかい目で、うんうんと頷かないでくれる?
可愛すぎるから。
「1,私か山室君が来るまでシャッターは下げたままにすること」
速攻のうんうん。
「2,京介君やバイトの子たちに、自分が鍵を持っていることを言わないこと」
速攻のうんうん。
「3,日中、お客さんのいる時間はまずは接客を覚えること」
ゆっくり嫌々のうん。
正直過ぎて笑っちゃいそうになるけど、ここは真顔をキープ。
「最後に、4……」
え、まだあんのかよ、みたいなパグ顔を見せてくれた。
「返事をするときは、頷くだけじゃなくて、『はい』と声に出して返事をすること」
うんうん、と頷いてから「は……い……」と言ってくれた。
「よし!」
約束だから、隠してあったスペアキーを取り出した。
「暗証番号は知ってるよね?これはシャッターを開ける為のキーだから、無くさないでね。もし紛失したら、直ちに報告すること」
うんうん……「あ。はい」
「よし」キーを手渡す。
それを昴君はそのままポケットにしまった。
「ちょっと、今の話聞いてたよね?無くさないでよ?」
「はい」
大丈夫か心配になってくる。
「よかったら、これ使って」
弘春が置いて行ったキーホルダーを渡す。
「いい」
「いいじゃなくて、そんなんじゃすぐに無くされそうで怖いから。これは捨てようと思ってたやつだから、気に入らないなら捨てても構わないから。とりあえず、鍵を裸で持たないで」
キーホルダーを昴君のお腹に押し付ける。
「うざ」
鼻から息を大きく吸う。
いいでしょう。今のは聞かなかったことにしてあげます。
***
鍵をあげた効果は絶大だった。
昨日までぶうたれた顔でカウンターに立ってた昴君は、見違えるように……は言い過ぎだけど、頑張って接客をしていた。
「瑠璃、どうやって手懐けたの?」
「ちょっと、言い方……シャッターの鍵を渡した」
「え?早くない?」
山室君の反応はもっともだ。
「だって早朝からシャッターの前で立たれても困るでしょ?」
「まあな……」
昨日の、告白みたいな?会話が気にはなってるけど、山室君と普通に話せてよかった。
同期入社で配属は別だったけど、30歳の時に一度、そしてこの店舗で二度目の同僚となった。
私が店長で、山室君が副店長。
正直、反発されたらどうしようって思ってた。
女性の私が先に出世するなんてって、男女差別をしていたのは私の方で、山室君は単純に「いいなぁ、がんばれよ」って言ってくれた。
初めての店長業務。
緊張と遣り甲斐が半々。
今となっては、副店長が山室君じゃなかったらギブアップしてたかもな、と思わなくもない。
でも、もしギブアップしてたら、弘春との関係も違っていたのかも……
感傷に浸っていたら、京介君が声をかけてきた。
「店長、昴がやばいっす」
「えっ!」
慌ててホールに目をやる。
昴君が女子たちに腕を掴まれてスマホを向けられていた。
「あいつ、結構頑張ってたんすっけど、そろそろ限界っぽいっす。顔が……パグってきてます……」
ほんとだ。
行かなきゃ。
方向転換して歩き出した、その時……
「お客様、当店の雰囲気をお写真に収めていただくのは誠に有難いのですが、スタッフを含めて人物が写り込むのはご遠慮いただいております」
山室君……
「えー、ちょっとだけだしー」
「いーじゃん、けちー」
「大変申し訳ございません。ご理解、ご協力に感謝申し上げます」
回収されてきた昴君は、濡れた新聞紙みたいにしょんぼりしていた。
「山室君ありがとう。昴君ちょっと、こっち来て」
裏に呼ぶ。
「えらかったよ」
「は?」
「よくキレないで頑張ってくれた」
「……」
「嫌な思いしたでしょ?」
「まあ」
バツの悪そうな顔をして、突っ立っている。
「なんとなく分かるんだ。昴君、モテるでしょ?」
「まあ」
否定しないんだ。
こりゃ、相当だな。
小柄で色白で、どこか中性的なイメージがある。
女性に『可愛い』と思わせてしまう、この容姿は大変だろうな。
しかも、髪を切らせてしまったことで、あどけなさが加わってしまった。
接客を頑張るように言ったことで、パグ顔は封じられ、ぎこちない笑顔でお客を翻弄してしまう……本人にはどうしようもない現象……
「この調子で頑張って」
「はい」
***
金曜日という事もあって、売上は好調だった。
「今日はありがとね、山室君が昴君を助けに行ってくれて助かった」
「どういたしまして。ああいう時は瑠璃は行かない方がいいよ。女性は女性に注意されるのが嫌いだろ?」
そんなもんかな。
「お先に失礼します」と言って、京介君が帰った。
「昴君は?」
「さあ」
山室君が男性の更衣室を見に行った。
「なにそれ!大丈夫なのか?!」
大きな声が聞こえて、ドアの前に駆け寄る。
「どうかしたの?」
ドア越しに聞いてみる。
「入れてもいいか?ちょっと見せるだけだから……」
山室君の声が聞こえて、それから「瑠璃、ちょっと入ってきて」と言われた。
(……え。さすがにちょっと)
躊躇っていたら、山室君が迎えに来た。
引っ張られて更衣室に入る。
上半身裸の昴君が、きゃっ。
「どうしたの……?」
一瞬目を覆ってから、異変に気付く。
体中に赤い発疹が広がっている。
「え?アレルギー?痛い?痒い?」
「別に」
「どどど、どうしよう、救急車呼ぶ?あ、いや、病院行った方がいいよね?」
昴君は何も言わずシャツを着て、部屋を出て行った。
「病気とかじゃないんで」
「は?あれが生まれ付きなの?」
山室君の後ろについて、昴君を追跡する。
「いや。なんて言うか、女アレルギー」
「なんだそりゃ?」
昴君は話したくなさそうだけど、ここは知っておくべきだ。
「昴君、もう少し聞かせて欲しいから、ちょっと座って……」
まだしゃべってるのに、出て行こうとしてる。
「珈琲を淹れてもらえる?」
昴君の足が止まる。
舐めないで。
年齢はイコール経験値でもあるのよ。
あなたのキラーワードは入手済みなんだから。
「はい」




