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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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5/15

5,LALALAキーホルダー

まさかと思って来てみた。


「昴君、一体何時に来てるの?」


ビクッと肩を震わせ、姿勢を正した昴君が、顎を上げてキャップのつばの下から睨みつけてくる。


「早く来て何がしたいの?」

「別に」

「なら、もう少し家でゆっくりしてから来たらいいんじゃない?」


5時半だよ?

健全な男の子なら、起きたくても起きられない時間なんじゃないの?


「瑠璃……店長には関係ない」


「いいえ。店長だから関係があります。社員の健康管理も大事な業務の一つです」


この時間は人影の少ないオフィス街だけど、さすがに声が響くのが気になる。


「いいから入って」


一度開けたシャッターを、内側から再び閉める。


「一応、営業時間で扉を開けていい時間が決まってるの。昴君がああやってお店の前に立ってるのも、クレームがきたら対応しなきゃだし、自分がよくても、会社の決まりに則って行動してもらわないと困るんだよ……」


私が話しているのに、昴君はカウンターの内側に入って、手を洗い、豆を挽き始めた。


「あのね、聞いてる?」

「……」


無視?!


それにしても手際が良くて、洗練された所作には惚れ惚れしてしまう。


「どこで覚えたの?」

「じじいんとこ」


どこのおじいさんか存じませんが、口が悪いこの子の悪態を許してやってくださいね。


「あのね、昴君。いくら美味しい珈琲が淹れられてもね、お客さん……」


「今、美味しいって言った?!昨日の俺の珈琲、旨かった?」


あら、まあ。

そんな可愛い顔もできるのね。

ちょっと得した気分だわよ。


「うん。昨日淹れてもらったの、とても美味しかった」


「よっしゃっ」とガッツポーズ。


ははーん。

開店前に珈琲を淹れる練習がしたいんだな。

分かり易い若僧だこと。


「昴君、約束を守ってくれるなら、お店の鍵を預けてもいいわ」

「まじ?」

「まじ。約束が守れるなら、だけど。どう?」


キラキラしたでっかい目で、うんうんと頷かないでくれる?

可愛すぎるから。


「1,私か山室君が来るまでシャッターは下げたままにすること」


速攻のうんうん。


「2,京介君やバイトの子たちに、自分が鍵を持っていることを言わないこと」


速攻のうんうん。


「3,日中、お客さんのいる時間はまずは接客を覚えること」


ゆっくり嫌々のうん。


正直過ぎて笑っちゃいそうになるけど、ここは真顔をキープ。


「最後に、4……」


え、まだあんのかよ、みたいなパグ顔を見せてくれた。


「返事をするときは、頷くだけじゃなくて、『はい』と声に出して返事をすること」


うんうん、と頷いてから「は……い……」と言ってくれた。


「よし!」


約束だから、隠してあったスペアキーを取り出した。


「暗証番号は知ってるよね?これはシャッターを開ける為のキーだから、無くさないでね。もし紛失したら、直ちに報告すること」


うんうん……「あ。はい」


「よし」キーを手渡す。


それを昴君はそのままポケットにしまった。


「ちょっと、今の話聞いてたよね?無くさないでよ?」

「はい」


大丈夫か心配になってくる。


「よかったら、これ使って」


弘春が置いて行ったキーホルダーを渡す。


「いい」

「いいじゃなくて、そんなんじゃすぐに無くされそうで怖いから。これは捨てようと思ってたやつだから、気に入らないなら捨てても構わないから。とりあえず、鍵を裸で持たないで」


キーホルダーを昴君のお腹に押し付ける。


「うざ」


鼻から息を大きく吸う。

いいでしょう。今のは聞かなかったことにしてあげます。




***




鍵をあげた効果は絶大だった。


昨日までぶうたれた顔でカウンターに立ってた昴君は、見違えるように……は言い過ぎだけど、頑張って接客をしていた。


「瑠璃、どうやって手懐けたの?」

「ちょっと、言い方……シャッターの鍵を渡した」

「え?早くない?」


山室君の反応はもっともだ。


「だって早朝からシャッターの前で立たれても困るでしょ?」

「まあな……」


昨日の、告白みたいな?会話が気にはなってるけど、山室君と普通に話せてよかった。


同期入社で配属は別だったけど、30歳の時に一度、そしてこの店舗で二度目の同僚となった。


私が店長で、山室君が副店長。


正直、反発されたらどうしようって思ってた。


女性の私が先に出世するなんてって、男女差別をしていたのは私の方で、山室君は単純に「いいなぁ、がんばれよ」って言ってくれた。


初めての店長業務。

緊張と遣り甲斐が半々。


今となっては、副店長が山室君じゃなかったらギブアップしてたかもな、と思わなくもない。


でも、もしギブアップしてたら、弘春との関係も違っていたのかも……


感傷に浸っていたら、京介君が声をかけてきた。


「店長、昴がやばいっす」

「えっ!」


慌ててホールに目をやる。


昴君が女子たちに腕を掴まれてスマホを向けられていた。


「あいつ、結構頑張ってたんすっけど、そろそろ限界っぽいっす。顔が……パグってきてます……」


ほんとだ。

行かなきゃ。


方向転換して歩き出した、その時……


「お客様、当店の雰囲気をお写真に収めていただくのは誠に有難いのですが、スタッフを含めて人物が写り込むのはご遠慮いただいております」


山室君……


「えー、ちょっとだけだしー」

「いーじゃん、けちー」

「大変申し訳ございません。ご理解、ご協力に感謝申し上げます」


回収されてきた昴君は、濡れた新聞紙みたいにしょんぼりしていた。


「山室君ありがとう。昴君ちょっと、こっち来て」


裏に呼ぶ。


「えらかったよ」

「は?」

「よくキレないで頑張ってくれた」

「……」

「嫌な思いしたでしょ?」

「まあ」


バツの悪そうな顔をして、突っ立っている。


「なんとなく分かるんだ。昴君、モテるでしょ?」

「まあ」


否定しないんだ。

こりゃ、相当だな。


小柄で色白で、どこか中性的なイメージがある。


女性に『可愛い』と思わせてしまう、この容姿は大変だろうな。


しかも、髪を切らせてしまったことで、あどけなさが加わってしまった。


接客を頑張るように言ったことで、パグ顔は封じられ、ぎこちない笑顔でお客を翻弄してしまう……本人にはどうしようもない現象……


「この調子で頑張って」

「はい」




***




金曜日という事もあって、売上は好調だった。


「今日はありがとね、山室君が昴君を助けに行ってくれて助かった」


「どういたしまして。ああいう時は瑠璃は行かない方がいいよ。女性は女性に注意されるのが嫌いだろ?」


そんなもんかな。


「お先に失礼します」と言って、京介君が帰った。


「昴君は?」

「さあ」


山室君が男性の更衣室を見に行った。


「なにそれ!大丈夫なのか?!」


大きな声が聞こえて、ドアの前に駆け寄る。


「どうかしたの?」


ドア越しに聞いてみる。


「入れてもいいか?ちょっと見せるだけだから……」


山室君の声が聞こえて、それから「瑠璃、ちょっと入ってきて」と言われた。


(……え。さすがにちょっと)


躊躇っていたら、山室君が迎えに来た。


引っ張られて更衣室に入る。


上半身裸の昴君が、きゃっ。


「どうしたの……?」


一瞬目を覆ってから、異変に気付く。


体中に赤い発疹が広がっている。


「え?アレルギー?痛い?痒い?」

「別に」

「どどど、どうしよう、救急車呼ぶ?あ、いや、病院行った方がいいよね?」


昴君は何も言わずシャツを着て、部屋を出て行った。


「病気とかじゃないんで」

「は?あれが生まれ付きなの?」


山室君の後ろについて、昴君を追跡する。


「いや。なんて言うか、女アレルギー」

「なんだそりゃ?」


昴君は話したくなさそうだけど、ここは知っておくべきだ。


「昴君、もう少し聞かせて欲しいから、ちょっと座って……」


まだしゃべってるのに、出て行こうとしてる。


「珈琲を淹れてもらえる?」


昴君の足が止まる。


舐めないで。

年齢はイコール経験値でもあるのよ。

あなたのキラーワードは入手済みなんだから。


「はい」




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