4,LALALAキーホルダー
身支度を整え、靴を履こうとした。
ふと、玄関にあるスリッパラックの隣に弘春が使っていた鍵を見つける。
「置いて行ったんだ……」
ブランドのロゴが入った、皮のキーホルダー。
これは12年前、30歳のクリスマスプレゼントに私があげたものだ。
あの時の事はよく覚えている。
「瑠璃、頼む、助けて!」
山室君に両手をついてお願いされた。
「なに?怖いんだけど」
「妻へのプレゼント、まじで困ってる」
「はあ?私に何を求めてるの?」
山室君の奥さんは私とはまるでタイプが違う。
「毎年、クリスマスプレゼントは外すから『何か欲しいものある?』って今年は聞いたんだよ」
「それで?」
「可愛いキーホルダーだって」
「欲しいものが分かってよかったじゃん」
私が助けてあげる事なんてなくない?
「いやいやいやいや、『可愛い』ってなんだよ?『キーホルダー』に可愛いも何もないだろ?」
「うーん……」
「キーホルダーなんてもんは、旅行先のご当地キャラとか、見たことあるような無いようなアニメのキャラクターとかだろ?『可愛い』はあくまで主観的なもので、他人が選んでも本人が気に入るとは限らねえだろ?」
言われてみれば、そんな気もした。
「結婚してる人に『他人』なんて扱いしていいの?」
「結婚してたって他人だろ?親子は同じ血が流れてるから他人とは言えないけど」
そんなもんなのかな。
「で?私にどうしろと?」
「一緒に『可愛いキーホルダー』を探そう」
無茶振り!
「はあ?無理だよ。私、可愛いキーホルダーなんて見たことないもん。キーホルダーなんて、なんて言うか……ダサいの代名詞みたいな……」
あ。言い過ぎた?
「だろ?だからだよ。俺の無理難題に一緒に立ち向かってくれよ~」
山室君が懇願するから、私たちはイルミネーションで華やぐ繁華街に行ったんだ。
「そもそもさあ、瑠璃の言う通り、『可愛い』と『キーホルダー』は相反する物であって、『可愛いキーホルダー』は存在しないよな?」
それは私の理解と一致していた。
「こんなの答えのない問題出されてるみたいで苦痛じゃね?」
「確かに……奥さんは何が好きなの?」
結婚式を含めても2、3回しかお会いしたことがない。
「ブランド品とか?」
「じゃ、決まりじゃん」
そんな流れで私たちは超有名高級ブランド店で、でかでかとロゴが入った、茶色い本革のキーホルダーをそれぞれに買った。
「瑠璃もそれ使うの?」
「まさか。あげるんだよ」
「あ、彼氏?」
「ん」
私はクリスマスも誕生日も物なんてあげたことは一度も無かったけど、30歳になるメモリアルイヤーに何かプレゼントをするのも悪くないかと思った。
ちょうど同棲を始めたばかりの頃で、弘春との距離がぐっと縮まった年でもあった。
***
いけないいけない。
弘春のセンチメンタルが移っちゃったんだな。
開店時間が迫る店舗に急いだ。
「え……!」
爽やかな好青年に顔がにやけてしまった。
「驚いただろ。意外と似合うよな。なんか、お前に髪切れって言われたって、言ってたけど?」
あと2mm切れって言ったの。
坊主になれとは言ってないはず。
京介君に頭をぐりぐりされている昴君。
「いやー、ちょーなちぃ。俺、中学の野球部で、こんなんだったわー。あ!店長、おはざーす!」
「お、おはよう。えっと、昴君、私は……」
そんなパワハラチックでしたでしょうか?
「店長、早く着替えてきてくださいよー。もう店開ける時間ですよー!」
京介君に指摘されて急いで準備をした。
それにしても驚いた。
だって昨日、『丸出しは最悪』って言ってなかった?
私は新人指導のつもりだったけど、一昨日来たばかりの子には断ってはならない業務命令のように思えたのだろう。
反省しなくちゃ。
重たい気分で店内に顔を出した。
「瑠璃……ちょっと……」
山室君に呼ばれる。
お説教だよね。
「今日さ、俺が来たときにはもう、昴のやついたんだわ」
「え?」
昨日と同じなら、6時前。
「帽子被ってたし、最初分かんなかったんだけど、一緒に店入ろうとしてきて、注意したら昴だったって話なんだけど」
「う……ん」
「お前さ、何時に来いっつってんの?」
別にこれといった指示は出してないつもりだけど。
「俺と京介はさ、6時半でいいっつったはずなんだけど、もしかして瑠璃が……」
「してない、してない。そんな鬼みたいな教育してないってば!」
本人に確認しなくちゃ。
「昴君、ちょっと」
社員が休む控えのスペースに呼び出す。
パグっぽさは消えてて、表情は穏やかだった。
「ごめんね、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど、誤解を招くような言い方したよね」
「何がですか?」
あ、パグった……
「髪、前髪をあとほんの少し切ったらどうかなって言ったつもりだったの」
「はあ」
「なにも、そんなに短くしなくてもよかったんだけど」
「ああ」
パグりながら昴君は目をキョロキョロさせていた。
「失敗した」
「ん?」
「自分でちょっと切ろうとしたけど、失敗したから床屋で刈ってもらった」
「……」
そういう事か!
やっぱり私のせいだ。
「ごめんね、そうだよね。女の子でも自分の髪切るってなかなか難しいのに、ほんと、余計なこと言ってごめんね」
せっかく誠意を見せて行動してくれたのに、『もっと』なんて追い打ちをかけて、私は上に立つ人間としてなってないよな。
「いいよ、別に」
ボソッと言い放って、昴君はホールに行ってしまった。
***
山室君に誘われて近くの居酒屋で飲んでいる。
「いやあ、今年の新人は強烈だな。京介だけでも結構骨が折れるなって思ってたけど、昴は……ありゃないよなぁ」
「ふぅ」
「さっきから溜め息ばっかりついてんな」
「あ、ごめん」
胸の辺りにモヤモヤが溜まってて、つい深い息をついてしまう。
「俺でよければ話してくれない?彼氏のことだろ?」
話したいわけじゃないけど、こんな雰囲気出しといて言わないのも悪いかな。
「家、出て行っちゃったの」
「……」
「引くよね。確かに冷えてたと言えば冷えてたし、でも終わるなんて思ってなくて、これはこれで安定した関係なんだって、たかをくくってた、へへ」
やばい。無理にでも笑わないと泣きそう。
いい歳して、さすがにみっともないわ。
「事実婚かと思ってた。俺んとこは事実離婚なわけだけど、瑠璃は形にこだわんなくても幸せにやってるんだと思ってた」
「そのつもりだった……のは、私だけだったみたい」
とうとう涙が目尻から零れだした。
「ごめん、ごめん、泣くな、な?……いや、泣いた方がいいのか?こういう時は……ほら、な?涙は自分で拭け、な?」
あたふたしながらおしぼりを差し出してくれる山室君の姿に、笑ってしまう。
「お店や、新人君たちのおかげで結構平気なの。考える事がいっぱいだし、なんか癒されてる」
これは本心で、もし、仕事が忙しくなければ、きっと、もっと、弘春のことで頭が埋め尽くされてた。
「さっさと次の恋愛しろよ」
「何言ってんの?もうすぐ43歳だよ?」
「年齢は関係ないだろ」
山室君がビールを一気に煽った。
「自分はどうなのよ。奥さんとやり直すとか、別れて他の人探すとか、山室君は恋愛に積極的なの?」
2年以上、家庭内別居が宙ぶらりんなくせに。
「俺が別れたら付き合ってくれる?」
「ぷっ。なに言ってんの?」
口元を拭いて、笑いながら山室君を見た。
「俺は、明日にでも独身に戻れるんだけど」
真剣な眼差しでこちらを見ている。
「洒落になんないんだけど」
「洒落を言ってるつもりじゃない」
さすがに破局してすかさず『次』とはいかないよ。
それに、山室君に『ちょろい』って思われた気がして嫌だった。
私は、相手が独身なら誰でもすぐに付き合うような人に見られてた?
「……ごめん、しばらく誰とも付き合う気はないよ」




