29,Cofee Chocolate
俺は女が嫌いだ。
くねくねして男に近付いて、気持ち悪い。
俺に向かって『かわいい』とか言って、おかしいだろ。
背が低いせいか、あんまり髭が生えてこないせいか、色が白いからか……それでも、俺は男なのに『かわいい』はどうかしてる。
だから、俺は女に触るとアレルギーが出る。
別に、痛くも痒くもないけど、その瞬間は少しピリッとする。
たぶん毛穴が開いて、汗がしみるんだと思う。
でも、あの日、瑠璃が俺の腹に店の鍵を押し当てた時は違った。
ピリッとする代わりに、ソソソって全身がこそばゆかったんだ。
アレルギーが出ない女性。
俺は、神様だか仏様だかに感謝した。
瑠璃は結婚してないどころか、彼氏と別れたらしかった。
もう完全に運命の出逢いだろ。
今は俺のことなんて眼中にないだろうけど、いずれ好きになる。
だって、そういうもんだろ。運命の相手なんだから。
……本気でそう思っていた。
新しい職場にはだいぶ慣れた。
ここは女が少ない。
同僚はおっさんばっかりだ。
「おい渡部、ちょっといいか?」
ここには他にワタナベがいない。
名前で呼ばれたくないから、ちょうど良かった。
瑠璃のことを思い出したくない。
ここへの転職を誘ってくれた清水さんは、店の常連だった。
いつもハンドドリップの珈琲を頼んでくれていた。
カウンターの端で珈琲を淹れる時間、清水さんは小声でぽそぽそと仕事の愚痴を零した。
『ローストの具合がね、一定化出来ないんだ』
『豆の産地の気候が変わってしまってね、チョコレートも値上がりしてるし』
俺は、常に一言『大変ですね』とだけ返していた。
ある日、『よかったら食べてみてくれないか?』そう言って、清水さんが商品を置いて帰ったことがあった。
何の気なしに、食ってみた。
清水さんの悩みが全部詰め込まれた味がした。
『おしい』って思った。
ほんの少し、でもあらゆる箇所に調整が必要だった。
俺は、ノートに書き殴って、その千切った紙を渡した。
もちろん全部指摘できたわけじゃない。
どうせ一気に変えるなんてできっこないし。
だけど、清水さんは数日で改善をしてきた。
『ありがとう。だいぶイメージに近くなってきた。図々しいお願いだけど、もう一度食べてみて欲しいんだが……』
清水さんは、ザ・マジメって感じのおっさんで、チョコレートをまぶした珈琲豆に命をかけている人だった。
「渡部君のいた会社に、これを置いてもらえることになったんだ」
突然、何を言い出すんだ?
「レジ横に並ぶスイーツに採用してもらえた」
そんなこと聞いてない。
「この前、君の店の店長と副店長にもお会いできたから、挨拶をしてきたよ」
瑠璃と話したのか……?
「君を引き抜いてすまないと、お詫びを申し上げた」
なんて?なんて言ってた?
「君の才能が見染められた事を喜んでくれていたよ。素敵な店長だね。商品を食べてもらって、『とても美味しかったです』と伝えて欲しいと言われた」
よっしゃ。瑠璃の笑顔が目に浮かぶ。
「余計な事をしてすまないね。でも、君が作ったこの味をどうしても知らせたくてね」
「いいえ。ありがとうございました」
瑠璃には連絡できずにいる。
向こうからも連絡が来ないし、自然消滅をしてしまった。
『帰る』って約束をしたけど、守れなかった。
今度、瑠璃と2人きりになったら、俺は自制心が働かない。
どうしたって……折れるほど強く抱きしめて、服を引き剥がして、『お願いだからもうやめて』そう懇願するまで瑠璃を……そんな妄想が頭から離れないんだ……
会うべきじゃない。
じじいには散々、『らしくない』とか『しっかりしろ』と説教されたけど、じゃあどうすればいいんだよ……
ああっ、もうっ!頭を掻きむしる。
「ははは。やっぱりそうか」
清水さんに笑われた。
「ずっと謎だったんだ。君のローストした豆は限界まで苦い、そして、それを隠しきれないほど、チョコレートは繊細な甘さだ。この商品が限りなく切ない甘さを醸し出せるのは、君の恋心がなせる業なんだな」
「俺が好きでも、向こうは好きじゃない」
「本当にそうかな?自分の部下を引き抜かれたことの文句を言うより、君は元気かって聞かれたよ。あの目は好きな人を気遣う女性の目だった……と、思うんだけど?」
「望みがあるのか?」
「それは私じゃなく、本人に聞いてくれよ」
「好きなら俺のこと探すだろ?どうして連絡くれないんだよ」
「じゃ、君からは連絡はしたのかい?」
黙ってしまった。
清水さんにああ言ってもらえたけど、信じて馬鹿みたいに突っ走って、また拒否られたら生きてける気しねえしな。
***
「んで、私のところに来たってわけね?ある意味、正解よ。女嫌いで恋愛経験ゼロのくせに、いきなりあんなハードモードのお相手攻略しようなんて、あんたどんだけ自信過剰なの?」
ひでえ言われようだ。
「そもそも、恋愛初心者に駆け引きなんてできっこないんだよ。身の程をわきまえなさい」
「駆け引きなんかしてねーし」
スパイスの効いたカレーが目の前に置かれた。
「ま、とりあえず、食べて。あんたは自覚がなくてもね、私を使って瑠璃さんを嫉妬させようとしたり、行き先告げずに居なくなって連絡を待つとかね、もうそんなん駆け引きとしか言いようがないの。どうせ、美味しいもんでも作って胃袋掴もうとか、一方的にプレゼント送って気持ちを分かってもらおうとかやってたんじゃないの?」
「なんで分かるんだよ。いけないことなのかよ?」
「本当に好きなら、何もしなくても側にいるだけでいいって思うもんなの。昴、あんたもそうだよ。『好き』って言ってもらわないと側に居たくないの?私ならたとえ『嫌い』って言われたとしても、好きな人の側に行きたくなっちゃうけど?」
「そうなのか?」
ユキトが言ってる意味が半分も理解できない。
だが思い当たる節が無くもない。
俺は『付き合ってるか』、『瑠璃は彼女で、俺は彼氏か』何度も聞いた気がする。
だって間違ってたらやばいだろ?
確認は必要だよな?
「もうさ、押し倒してやっちゃえ!もちろん、本気で嫌がってたら駄目だよ?犯罪だから。でもさ、抑えきれない愛の表現をぶつけられて、しかもそれが好きな人からなら、嬉しいに決まってるよ。ね?ダーリン?」
そう言ってユキトは裏の厨房にいるボーイフレンドに投げキッスをした。
「おう!」
男は投げられたキッスを捕まえて食った。
***
久しぶりに歩く商店街。
大通りにある、瑠璃のいるコーヒーショップ。
定時上がりならもういない時間のはずだけど……いた。
遠くからでもすぐに分かる。
瑠璃はなんか『美しい空気』を放っているから。
「よっ!なになに?ストーカー?」
背中をどつかれて、こけそうになった。
「京介……久しぶり……」
「なんだよーその挨拶。お前、俺に失礼じゃね?こんな心配させといて、手ぶらで店の前うろつくなんていい度胸だよな?」
「ごめん……なんか奢るよ」
「いーねー。そう来なくっちゃ」
カレーで腹はいっぱいだったけど、少し酒を飲みたい気分だった。
「お前の作った『コーヒーチョコレート』だっけ?食ったよ。まじで旨かった。瑠璃さんなんて、あれポッケに入れて、10分置きくらいに食ってるよ。山室さんに、客前で食うなって怒られてんのに、懲りずにやめない。意外と頑固だよなー」
「瑠璃と山室さん、いい感じなの?」
「いやぁ、あれは……はっきり聞いてないけど、山室さんはフラれてんな。瑠璃さん、お前のことしか見えてないと思うよ。前からそういうとこあったけど、最近は特に強くなってる感じするけど?」
サラリーマンでごったがえす、居酒屋チェーンに入った。
生ビールで乾杯。
「もう、ギブしたら?」
京介に言われてはっとする。
「お前も瑠璃さんも頑固すぎ。どっちかが折れないと近付けないよ?お前が折れれば済む話じゃねーの?」
なんだか見えてなかったものが見えてきた気がする。
瑠璃は俺のこと好きなのか?




