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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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27/33

27,『愛とか恋とか』を歌わないで

店舗に行くのが怖い。


昴君にも山室君にもどんな顔をして会えばいいのか……


「おはようございます」


少し遅めに来たから、もう皆揃っていた。


「では、今日も皆さん、よろしくお願いします」


簡単な朝のミーティングを終え、各々与えられたポジションに着く。


「店長、ちょっといいっすか?」


京介君が小さな声で話しかけてきた。


「どうしたの?」


「今夜、暇っすか?一緒に行って欲しいところがあるんっすけど」


昴君が2日連続帰ってきていない。


今日こそは戻って来るかもしれないから、家で待ちたかった。


「ごめんなさい……今日は……」


「あ。昴も一緒っす」


「そうなの?なら行こうかな」


「あざっす」


京介君は持ち場に戻った。


どこに連れて行かれるのか、なにをするのか気になったけど、仕事中は聞けず終いだった。




***




「準備できたら、俺、店の外で待ってるんで」


京介君に言われ、急いで私服に着替える。


寝不足で肌の調子がよくないし、メイク道具も持って来ていない。


せめて印象だけでも明るく……そう思って、笑顔を作る。


(緊張するな)


昴君がいると思うと、足がすくむけど、会いたい気持ちの方が強かった。


「お待たせしてごめんね」


居たのは京介君と山室君だけだった。


「昴君は?」

「あ。先に行ってるっす」

「どこに?」


焦らさないで教えて欲しい。


山室君を見たら『さあ』という風に、首をすくめた。


「こっちっす」


近くのコンビニに入って、お菓子と飲み物を買わされた。


繁華街を抜けたところにある、賑やかなビルに入る。


「ゲーセン?」


黙ってエレベーターの前に立っている京介君。


今までに見たことが無いくらい、大人っぽく感じた。


上の階で降りて、いくつも並んでる小さなドアの前を過ぎる。


「カラオケ?」


一室の前で止まって、京介君がドアを開けてくれた。


促されるままに部屋に入ると、昴君がマイクを持って座っていた。


「昴君……」


こっちを見てくれないから、声が震えて言葉が続かなかった。


京介君に押され、ソファに座る。


優しいギターの音が流れ始める。



『愛とか恋とか』



「知ってる?」


山室君に聞かれて、『ううん』と答えた。


ぽつりぽつりと昴君が歌い始める。


甘くて、優しい……綺麗な歌声。


だけど、私は息ができなくなる。


歌詞を通して私に語りかけてくる、昴君の気持ちなの?


サビに差し掛かったところで、目が合った。


懸命に訴えかけるように歌う昴君の姿に、体が痺れて動けない。


吸い込まれそうな悲しい目で見つめられて、どこまでも落ちていく感覚に囚われる。


一瞬たりとも目を離せない。


なのに……涙が溢れてきて、視界が歪む。


ぽたぽたと顎から水滴が落ちて、私の服を濡らした。



ギターのメロディで曲が終わる。


昴君が席を立った。


思わず私も立ち上がる。


扉を開けて出て行く昴君の後を追いたいのに、京介君が立ちはだかった。


「ごめん、どいて」


押しのけようとしたけど、びくともしなかった。


「瑠璃さん、最低っす」


そんなこと分かってる。


「だから、ちゃんと謝らせて。話をさせてよ!」


「ダメっす。昴に止められてるんで」


どうして……京介君を睨みつける。


「いいから、座ってください」


もう溢れる涙に構ってる余裕なんてなくて、京介君の腕を揺さぶりながら、私は早口でまくしたてた。


「悪いと思ってる。後悔してるの!謝りたいし、ちゃんと話したいのに、こうして避けられちゃったら何もできない!話をさせてよ。昴君に会わせて!」


なりふり構わない私に、京介君も困惑しているようだった。


「昴が、自分の努力でどうにもできないことで振ったのは瑠璃さんだろ?瑠璃さんが悪いんす。もう遅いっす……」


『後悔』なんて二文字じゃ足りない。


この気持ちをどうすればいい?


泣き続ける私の背中を山室君が撫でてくれた。


「お願い、京介君、昴君に会わせて。どこに居るの?」


「もう分かりません。昨日までは俺んちに居たけど、これからどっか行くらしいっす。だからその前に、瑠璃さんに、この歌聞かせたいって頼まれて……」


「どっかって?」


山室君が聞いてくれた。


「ホントに知らないっす。聞いても教えてくれなかったから」


重たい空気の中、ラジオのような軽快なトークが店内に流れていた。




***




さっきの歌詞が頭から離れない。


昴君の帰ってこない部屋で独り、『愛とか恋とか』をスマホで流す。


昴君の気持ち……痛いほど分かっていたのに……彼は一生懸命伝えてくれていたのに……


聴けば聴くほど、歌詞と昴君がリンクしてくる。


ずるいよ……言いたい事だけ言って、私にはその機会をくれないなんて……


私の中から何かが欠け落ちてしまったみたい。


力が入らないし、やる気も起きない。


そのままソファで眠った。




***




覚悟はしていた。


そんな気がしていたから。


昴君の無断欠勤。


もう来ないのかも知れない。


昴君の不在を埋める仕事は、私の気を紛らすのには充分だった。


慌ただしい業務が、昴君のことを考える時間を私に与えてくれない。


「店長、本店の人事からお電話です」


嫌な予感を抱えつつ電話に応対する。


「お電話代わりました、渡邊です」


「忙しい時間帯にすみませんね。今日、欠勤している社員がいるでしょう?渡部昴っていう」


(やっぱり)


「彼から退職願いが届きましてね。最近の若者は、こうしてメールを一通送るだけで、仕事が辞められると思ってるんだから、まったく、どんな教育を受けて来たんだか」


「社長はご存じなんですか?」


「社長?こんな末端の新入社員が辞めたって耳に入れてどうするんですか。いずれ知ることにはなるでしょうけど、いちいち報告なんてしませんよ」


「そうですか」


受話器を置いて、社長に電話をすべきか迷う。


昴君が思い詰めて会社を辞めたのは私のせいだ。


仲の良い2人のことだから、もちろん知らないなんて事はないだろうけど、一言言っておくべきか……


とりあえず、今は仕事に戻って、後で考えよう。


いつもより段違いの重力がかかっていそうな体を必死で動かした。


店舗に戻る一歩手前で、顔をぺチンと叩く。


(しっかりしなさい、笑顔、笑顔)


どんな日もこうやって乗り切ってきた。


長い社会人生活だもの、良い日だって悪い日だって、働くことで正常運転に戻れた。


「山室君、悪いんだけど、ブレンド豆の味、確認しておいてくれる?」


最近、昴君に任せきりだった。


彼独特のセンスで、『味の落ちた豆』の調整をしてくれていた。


新人ではあったけど、頼りになる戦力だった。


仕事でもプライベートでも、彼を頼って傷つけてばかりで、情けない。


「京介君、今日のラテアートの注文は全部お任せしていい?」


「はい!」


一見、軽いノリの男の子だけど、仕事熱心で同僚思いのいい子だ。


昴君の数少ないお友達の一人なんだろう。


彼がいない実感が湧かず、癖でレジを見てしまう。


何をしていても、考えていても、昴君に繋がってしまう。


彼が居ないことですら、彼を思い出させるきっかけになってしまう。


どこにいるの?


会いたいよ。




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