27,『愛とか恋とか』を歌わないで
店舗に行くのが怖い。
昴君にも山室君にもどんな顔をして会えばいいのか……
「おはようございます」
少し遅めに来たから、もう皆揃っていた。
「では、今日も皆さん、よろしくお願いします」
簡単な朝のミーティングを終え、各々与えられたポジションに着く。
「店長、ちょっといいっすか?」
京介君が小さな声で話しかけてきた。
「どうしたの?」
「今夜、暇っすか?一緒に行って欲しいところがあるんっすけど」
昴君が2日連続帰ってきていない。
今日こそは戻って来るかもしれないから、家で待ちたかった。
「ごめんなさい……今日は……」
「あ。昴も一緒っす」
「そうなの?なら行こうかな」
「あざっす」
京介君は持ち場に戻った。
どこに連れて行かれるのか、なにをするのか気になったけど、仕事中は聞けず終いだった。
***
「準備できたら、俺、店の外で待ってるんで」
京介君に言われ、急いで私服に着替える。
寝不足で肌の調子がよくないし、メイク道具も持って来ていない。
せめて印象だけでも明るく……そう思って、笑顔を作る。
(緊張するな)
昴君がいると思うと、足がすくむけど、会いたい気持ちの方が強かった。
「お待たせしてごめんね」
居たのは京介君と山室君だけだった。
「昴君は?」
「あ。先に行ってるっす」
「どこに?」
焦らさないで教えて欲しい。
山室君を見たら『さあ』という風に、首をすくめた。
「こっちっす」
近くのコンビニに入って、お菓子と飲み物を買わされた。
繁華街を抜けたところにある、賑やかなビルに入る。
「ゲーセン?」
黙ってエレベーターの前に立っている京介君。
今までに見たことが無いくらい、大人っぽく感じた。
上の階で降りて、いくつも並んでる小さなドアの前を過ぎる。
「カラオケ?」
一室の前で止まって、京介君がドアを開けてくれた。
促されるままに部屋に入ると、昴君がマイクを持って座っていた。
「昴君……」
こっちを見てくれないから、声が震えて言葉が続かなかった。
京介君に押され、ソファに座る。
優しいギターの音が流れ始める。
♪
『愛とか恋とか』
♪
「知ってる?」
山室君に聞かれて、『ううん』と答えた。
ぽつりぽつりと昴君が歌い始める。
甘くて、優しい……綺麗な歌声。
だけど、私は息ができなくなる。
歌詞を通して私に語りかけてくる、昴君の気持ちなの?
サビに差し掛かったところで、目が合った。
懸命に訴えかけるように歌う昴君の姿に、体が痺れて動けない。
吸い込まれそうな悲しい目で見つめられて、どこまでも落ちていく感覚に囚われる。
一瞬たりとも目を離せない。
なのに……涙が溢れてきて、視界が歪む。
ぽたぽたと顎から水滴が落ちて、私の服を濡らした。
♪
ギターのメロディで曲が終わる。
昴君が席を立った。
思わず私も立ち上がる。
扉を開けて出て行く昴君の後を追いたいのに、京介君が立ちはだかった。
「ごめん、どいて」
押しのけようとしたけど、びくともしなかった。
「瑠璃さん、最低っす」
そんなこと分かってる。
「だから、ちゃんと謝らせて。話をさせてよ!」
「ダメっす。昴に止められてるんで」
どうして……京介君を睨みつける。
「いいから、座ってください」
もう溢れる涙に構ってる余裕なんてなくて、京介君の腕を揺さぶりながら、私は早口でまくしたてた。
「悪いと思ってる。後悔してるの!謝りたいし、ちゃんと話したいのに、こうして避けられちゃったら何もできない!話をさせてよ。昴君に会わせて!」
なりふり構わない私に、京介君も困惑しているようだった。
「昴が、自分の努力でどうにもできないことで振ったのは瑠璃さんだろ?瑠璃さんが悪いんす。もう遅いっす……」
『後悔』なんて二文字じゃ足りない。
この気持ちをどうすればいい?
泣き続ける私の背中を山室君が撫でてくれた。
「お願い、京介君、昴君に会わせて。どこに居るの?」
「もう分かりません。昨日までは俺んちに居たけど、これからどっか行くらしいっす。だからその前に、瑠璃さんに、この歌聞かせたいって頼まれて……」
「どっかって?」
山室君が聞いてくれた。
「ホントに知らないっす。聞いても教えてくれなかったから」
重たい空気の中、ラジオのような軽快なトークが店内に流れていた。
***
さっきの歌詞が頭から離れない。
昴君の帰ってこない部屋で独り、『愛とか恋とか』をスマホで流す。
昴君の気持ち……痛いほど分かっていたのに……彼は一生懸命伝えてくれていたのに……
聴けば聴くほど、歌詞と昴君がリンクしてくる。
ずるいよ……言いたい事だけ言って、私にはその機会をくれないなんて……
私の中から何かが欠け落ちてしまったみたい。
力が入らないし、やる気も起きない。
そのままソファで眠った。
***
覚悟はしていた。
そんな気がしていたから。
昴君の無断欠勤。
もう来ないのかも知れない。
昴君の不在を埋める仕事は、私の気を紛らすのには充分だった。
慌ただしい業務が、昴君のことを考える時間を私に与えてくれない。
「店長、本店の人事からお電話です」
嫌な予感を抱えつつ電話に応対する。
「お電話代わりました、渡邊です」
「忙しい時間帯にすみませんね。今日、欠勤している社員がいるでしょう?渡部昴っていう」
(やっぱり)
「彼から退職願いが届きましてね。最近の若者は、こうしてメールを一通送るだけで、仕事が辞められると思ってるんだから、まったく、どんな教育を受けて来たんだか」
「社長はご存じなんですか?」
「社長?こんな末端の新入社員が辞めたって耳に入れてどうするんですか。いずれ知ることにはなるでしょうけど、いちいち報告なんてしませんよ」
「そうですか」
受話器を置いて、社長に電話をすべきか迷う。
昴君が思い詰めて会社を辞めたのは私のせいだ。
仲の良い2人のことだから、もちろん知らないなんて事はないだろうけど、一言言っておくべきか……
とりあえず、今は仕事に戻って、後で考えよう。
いつもより段違いの重力がかかっていそうな体を必死で動かした。
店舗に戻る一歩手前で、顔をぺチンと叩く。
(しっかりしなさい、笑顔、笑顔)
どんな日もこうやって乗り切ってきた。
長い社会人生活だもの、良い日だって悪い日だって、働くことで正常運転に戻れた。
「山室君、悪いんだけど、ブレンド豆の味、確認しておいてくれる?」
最近、昴君に任せきりだった。
彼独特のセンスで、『味の落ちた豆』の調整をしてくれていた。
新人ではあったけど、頼りになる戦力だった。
仕事でもプライベートでも、彼を頼って傷つけてばかりで、情けない。
「京介君、今日のラテアートの注文は全部お任せしていい?」
「はい!」
一見、軽いノリの男の子だけど、仕事熱心で同僚思いのいい子だ。
昴君の数少ないお友達の一人なんだろう。
彼がいない実感が湧かず、癖でレジを見てしまう。
何をしていても、考えていても、昴君に繋がってしまう。
彼が居ないことですら、彼を思い出させるきっかけになってしまう。
どこにいるの?
会いたいよ。




