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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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26/33

26,『愛とか恋とか』を歌わないで

がらんとした部屋で一人支度を済ませ、早い時間に出勤する。


昴君はきっといる。


そう信じて来たけど、


いたのは山室君だけだった。


「おお瑠璃、早いのな。昴は?」


なにかしゃべったら、涙が出そうだった。


「やっぱ、そうなるよな。昨日も、ぎくしゃくしてるみたいだったし、ちゃんと説明できてねえの?」


首を横に振る。


「説明したけど許してもらえねえの?」


もう一度、首を横に振る。


「説明して、許してもらったのに、気まずいままなの?」


縦に頷く。


「あちゃー」


この件を軽くいじってくれてよかった。


少し気が楽になったかも。


「「おはようございます」」


昴君と京介君が一緒にやって来た。


昴君はすっと私の横を抜けて、更衣室に行ってしまった。




***




忙しい時間帯に差し掛かる。


出勤前にテイクアウトを希望されるお客様で店内の活気が増す。


全体を見回しながら列を整え、声を出しながら回転させてゆく。


ドキンッ


一瞬、心臓が跳ねた。


(やだ……なんで……)


弘春が昴君のレジで注文している。


支払いを済ませ、テイクアウトのカウンター前できょろきょろしている。


私と目が合い、手招きをされた。


「何しに来たの?」

「コーヒー買いに来たんだよ。なんて。彼氏の偵察、なんつって」


怒りが込み上げてくる。


無視して背を向ける。


「ちょっと待てよ。瑠璃のお母さんから、連絡もらったんだよ。もう、いい人見つけたみたいだから、よりを戻す話はなかったことにしてって。勝手だよなあ?」


山室君を見ている。


「そんなにイイ奴なの?バツイチなんだって?同期らしいじゃん」


なんでも筒抜けなのが、腹が立つ。


「彼じゃない」

「へ?」

「私の恋人はあの人じゃないの」

「そうなの?じゃ誰?」


弘春の視線が店内を行ったり来たりする。


「あの、弘春のレジやった人。昴君って言うの」

「はあ?」


変な声を出して、弘春が笑い出した。


「あいつ、いくつだよ。ってか、お前、自分の歳分かってんのかよ」


これくらい言われても平気。


昴君を失う怖さに比べれば、何てことない。


「彼は22歳で、私より21歳も年下なの。とても大切な人だから、近付かないでくれる?」


「ふざけんなよ。いい歳して、恋愛ごっこでもするつもり?あんな若いの囲って恥ずかしくないのかよ」


「ごっこじゃないし、恥ずかしい事なんてない。彼はとても立派な人だから」


弘春のオーダーが出て来たので、手渡す。


「ありがとうございました」


(さっさと帰れ)


弘春の背中を見送って大きく息をつく。


頭に血が昇っていて、少しくらくらする。


今からでも遅くないかな。


昴君を盗み見る。


胸がぎゅっと締め付けられる。


いや、遅くても頑張るしかない。




***




この瞬間を狙っていた。


仕事終わりに、昴君を待っている。


「一緒に買い物して帰ろう」


決めてる言葉を練習しておく。


目が合うと、言葉を失いかねないから。


昴君より先に、山室君が出てきた。


「お疲れ様」


山室君の後ろに目をやる。


(まだかな……)


「あのさ、瑠璃、今日、メシ食ってかない?」


「ごめん、今日はちょっと……」


早く昴君との関係を修復したいから、今夜はどうしても帰りたい。


「なんでもお願い聞く、約束は?」


「あ……でも……」


昴君が出てきた。


「さ、行こう。瑠璃」


山室君に鞄を引っ張られてしまった。


「お、お先に……」


無表情の昴君からは、返事がなかった。


「ねえ、山室君、引っ張らなくていいから」


鞄を放してもらって、並んで歩く。


「どこ行く?食いたいもんある?」


「どこでもいいよ」


絶望的な気持ちになる。


山室君に話を聞いてもらってもいいかもしれない。


「じゃあ、中華だな」


前にも来たことがある、地元の中華料理屋に入った。


「今日、元彼、また来てたな。なに話してたの?」


「昴君のこと。恋人だから、近付かないでって言った」


「おお。言えたんだ。で?昴は?そのこと知ってんの?」


「ううん。知らない」


「あのさ、友達として言わせてもらうな?悪く思わないで欲しいんだけど……瑠璃、やっぱさ、昴は難しいんじゃないか?」


「え?」


「息子でもおかしくない程の歳の差って、長いことやっていけんのか?ご両親とか家族の事を考えたらさ、相応の相手っておのずと決まってくるもんなんじゃない?」


耳がじんじんしてくる。


「今なら、昴も瑠璃も時間的なロスは最小限だし、考え直すなら今が潮時なんじゃないか?」


山室君にも私たちは似合わないカップルだと思われてたんだ。


「でも……私……もう、すごく好きになっちゃってて……」


「恋愛ってさ、最初は誰でもそうじゃない?盛り上がって、他に目が行かなくなって、上がりっぱなしの体温がこのまま一生続くって思うんだよな。だけど、時間が経てば冷めてくる」


それは私にも経験がある。


「もう俺たち気持ちが乱高下する恋愛を楽しめる歳じゃないだろ?落ち着いて、毎日、一定のぬるま湯的なっていうの?そういう、ほっとする相手を選んだ方がいいと思わないか?例えば……俺……みたいな……」


ビックリして息が止まった。


「瑠璃さ、俺とのこと考えてみてくれないか?もう離婚したし、正式にフリーの男としてさ、瑠璃に交際を申し込みたいんだけど」


「ごめん」


「即レスすんなよ」


「ごめん。ホント、ごめん」


昴君しか考えられないから。


「ま、分かってたけどな」


山室君は無理に笑顔を作った。


「先、帰っていいよ。俺、もう少し食ってくから」


ずっと気に掛けてくれて、味方でいてくれて、安心できる相談相手だった。


「ごめんね」


「謝んなって。惨めになるわ」


「ありがとう。お先に」


昴君の顔がどうしても見たくなって、山室君を置いて店を出た。




***




「ただいま」


明かりをつけて部屋に入る。


「昴君?」


玄関に靴は無かった。


今日も話せないのかと思うと、お腹の中から熱い塊が込み上げてきて、私は声をあげて泣いた。


ごめんなさい、ごめんなさい。


なんてことをしてしまったんだろう。


いつも私に本音をぶつけてくれた、あの素直で純粋な青年を、私は自分の都合で傷つけてしまった。


取り返しのつかない事をしてしまった。


昴君のベッドに潜り込む。


温かい彼の匂いに包まれる。


(お願い、帰ってきて)


願う事しか出来なかった。


うつらうつらと寝たり起きたりを繰り返して、そのまま朝を迎えてしまうまで、私は涙を流し続けた。


朝日を浴びながら、昴君の本棚を眺める。


分厚い参考書のような書籍が並んでいる。


「難しい専門書ばっかり……」


出会った時からそうだった。


彼はこだわりが強く、探求心を持って真実と向き合う。


そこには他人の目を介在させない、彼らしい強さがあった。


それは彼にはあって、私には無い、見習うべきところだったのに。


こんなに近くにお手本となる人が居ながら、私は自分の悪いところ全開で、あるべき姿の真逆を行ってしまった。


どうしたら許してもらえるだろうか。


やり直そうと言って聞き入れてもらえるだろうか。


次に否定されたら、私は生きて行けるだろうか。


震える心を守るように自分を抱きしめる。


また昴君に愛してもらえるよう、勇気を出さなくちゃ。




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