25,後悔道中
両親は長野に住んでいる。
私が子どもの頃は長野市内で暮らしていたが、父の定年退職に伴い、2人は軽井沢に引っ越した。
私が、偽物の彼氏を紹介するような娘だなんて知ったら、きっとがっかりさせてしまうだろう。
でも、もう決めたことだから。
「お休みの日、使わせちゃってごめんね?」
「いいよ。ただ飯ご馳走になりに来た」
こうして相手に重荷を感じさせない山室君は大人だな。
「それにしても……奮発したな」
ホテルの最上階にある、和食レストランを予約した。
「軽井沢からわざわざ出てきてるからね」
「泊まってくの?」
「さあ。そこまでは聞いてない」
予約時間の間近になって、大きな紙袋をいくつも持った両親が現れた。
「お待たせしてすみませんね」
母が汗を拭いている。
「もしかして迷った?」
「いや。母さんが緊張してトイレから出てこないから……」
「もう。お父さん、やめてください。みっともない」
いつも通りで安心した。
「紹介するね、こちら同僚の山室君」
「初めまして。瑠璃さんとお付き合いさせていただいております」
そう言った山室君は、完璧な偽彼氏だった。
品の良いポロシャツにチノパン、かっちりとした皮靴に同じ色のベルト。
「あら、まあ、素敵な方」
母は一撃で落ちた。
「瑠璃とはいつから?」
「もともと、同期で入社当初からの知り合いなんです。今の店舗では瑠璃さんは店長で、私が副店長という、ちょっと情けない関係ですが、なにせ、彼女はとても頑張り屋さんなので……」
父も好印象を持ったようだった。
「そうでしたか。瑠璃は私たちも歳がいってからの一人っ子なので、過保護に育て過ぎたんじゃないかと家内と話してましてね。山室さんのようなしっかりした男性にお任せできると、安心して帰れますよ」
和やかに食事が進んで、私は余計な事を言わず、箸と口を動かしていた。
「同期という事は歳も近いんでしょう?山室さん、ご結婚についてはどうお考えですか?」
「げほっ、げほっ。ちょっと、お母さん……」
酢の物が器官に入った。
「実は……私は、結婚歴がありまして。バツイチなんです。瑠璃さんとの将来は考えてはいますが、すぐにとは……」
真に迫る告白に、私も神妙な面持ちになる。
「そういう事ですか」
残念そうな両親には胸が痛む。
けど、本当の私を知ったらこんなもんじゃ済まない。
「瑠璃はそれでいいのか?」
急に話を振られて戸惑う。
「いい……よ。私は、それでいい」
私はお芝居が下手みたいだ。
***
お開きとなり、両親が運んで来た紙袋を、私と山室君が手分けして持つ。
「今日は本当にありがとうございました。瑠璃のこと、よろしくお願いしますね」
母は何度も山室君に頭を下げていた。
レストランが並ぶ廊下をエレベーターに向かって歩く。
「今日はありがとう」
山室君にひっそりとお礼を述べた。
「いいよ。旨かったし」
反対側にある鉄板焼きのレストランから出てきた人とぶつかりそうになった。
「……!社長!」
山室君が叫んで、私は生きた心地がしなかった。
昴君と、お母さまと旦那様が、揃ってこちらを見ていた。
「社長さん?」
母がしゃしゃり出る。
(お願い黙って!)
「どちら様かな?」
社長が私に言った。
「両親です」
血の気が引く会話。
「そうでしたか。優秀な社員に恵まれて、有難いと思っています。今後ともよろしくお願いしますね」
「おい、じじい。行くぞ」
昴君が先に止まったエレベーターに乗り込んでいた。
「昴?いいの?あの方って……」
動揺しているお母さまの肩を、旦那さんが抱いてエレベーターに乗った。
「すみません。私、忘れ物をしたかもしれません」
山室君が言って、レストランに踵を返す。
「あら、あら、では、社長さん、私たちはこちらで」
「はい。失礼させていただきます」
母と社長が挨拶を交わし、エレベーターは閉まった。
***
静かな部屋に、珈琲の香りだけが漂っている。
先に帰った昴君は、ベランダで外を見ながら珈琲を飲んでいた。
「ただいま」
声を絞りだす。
「友達って山室さんの事だったんだ」
昴君が私の隣を通り過ぎた。
「ごめんね……それは……」
キッチンで俯く昴君に、なんて言っていいのか分からない。
「昨日は、俺に結婚しようって言っといて、今日は、両親に山室さんを紹介するんだ。瑠璃ってそういう人だったんだ」
聞いて欲しい。
私の思いを。
でも、どこから……
「そうだよな。俺みたいなペーペー、瑠璃の恋人だって紹介するわけにはいかないよな」
違う。
そうじゃない。
だけど、どうやって……
「なんか悪かったな。一人で盛り上がって馬鹿みたいだったわ。瑠璃は断わり切れなかっただけで、別に俺のことなんて好きとかじゃなかったんだよな」
「お願い、黙って!」
考えさせて。
言葉を流し込まないで。
私には、私の思いがあって……
珈琲カップをシンクに叩きつけて、昴君は部屋に籠ってしまった。
割れたコップの破片を集めながら、どこで間違えたのか答え合わせをする。
考えれば、考えるほど、最初から間違っていたという答えが浮かび上がってくる。
昴君を紹介できなかったのは、私の弱さゆえで、決して昴君に非があるわけではない。
だけど……
どうしても言えなかった。
笑われたり、なじられたりしたらどうしようって、立ち直れない気がして。
昴君の部屋の前に立ち、ドア越しに話す。
「私が弱くて……本当にごめん……昴君の事が好きだから……反対されたくないって……この関係を守りたい、邪魔されたくないって思いが強くなってしまって……本当にごめんなさい」
立っていられなくって、しゃがみ込む。
「好きだからなの。好き過ぎて……たまに、辛くなってしまうの。情けないんだけど、離れた歳の差が気になって仕方がなくて……周りにどう思われるか……」
そっとドアが開いた。
「もういいよ」
昴君は一言そう言って、再びドアを閉めた。
(終わった……)
一番大切な人を傷つけて、一番嫌われたくない相手なのに嫌われてしまった。
***
「おはよう」
「おはよう」
昴君は今日もキッチンからいい匂いを振り撒いていた。
美味しい珈琲とトーストにスクランブルエッグ。
一見いつも通りだけど、目が合わない。
こっちを見てくれない。
「「いただきます」」
普段からそんなに会話は多くないはずだけど、今日はそれが気になる。
何か言わなきゃって、焦る。
「今日、じじいんとこ行ってくる」
社長……昨日、鉢合わせをして、変に思われたに違いない。
その場で問いただすことをせず、母と話を合わせてくださった。
「私も一緒に……」
「来なくて、いい」
昴君の拒絶に喉に大きな塊を詰め込まれたような息苦しさを覚えた。
「仕事帰りにそのまま行くから、夕飯は別で」
「分かった……」
改めてきちんと謝りたいけど、それも拒絶されたらと思うと怖くて言葉が出ない。
いっその事、怒ってくれたらよかったのに。
強く責めてくれたら、謝ることも出来たのに。
「別に怒ってないから。少し気にはしてるけど、瑠璃のこと分かってるつもりだし」
優しい言葉に絞め殺されそう。
「じじいに、昨日のこと聞かれてて、報告に行くだけだから」
淡々としゃべる昴君に、心が追い付かない。
「夜は帰って来るから」
「うん」
そういう約束だったのに、
その夜、
昴君は帰ってこなかった。




