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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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23/33

23,後悔道中

どっと疲れた。心が……


昴君に翻弄されている。


「ユキさんとはいつから知り合いなの?」

「割と最近」


私は大人になってから友達はあまり出来ていない。


「どうやって?」

「よくカレー食いに行ってたから、味が変わって『前の方が良かった』って言ったら泣きつかれた」


お店の味に口出しするなんて、なかなか出来ることじゃない。


でも、昴君なら躊躇なくやれちゃうんだろうなと思って、つい笑ってしまう。


「なんか変?」


不思議そうに私を覗き込むあどけない顔。


最初は、いちいち動揺していた私も少しずつこの距離感に慣れてきたみたい。


「ううん。らしくていいなって思って」


満足そうに微笑んでくれた。


午後の店内は比較的穏やかな時間が流れる。


スピーカーから流れるジャズに気分が華やぎ、こういう職場で良かったとにんまりしてしまう。


バリスタの指導はこの時間に行われることが多い。


山室君から機械のメンテナンス指導を受けている、昴君と京介君。


今日は私も早めに上がろうと考えながら、スマホを開いた。


(お母さん?)


珍しく着信履歴があるのに、メッセージは届いていない。


『どうかしたの?』


緊急度が知りたくて、一応、送った。



***



返信が無かったので、メッセージのことは忘れていた。


昴君と一緒に上がろうかと思っていた16時、母が店にやって来た。


「どうしたの?」

「どうしたも、こうしたもないでしょ!」


母が血相を変えている。


「ちょっと。一旦出ようか?」


もう私服に着替えていたから、店から連れ出す。


昴君に目配せをすると、首をひょんと下げて先に帰ってくれた。


「お母さん?どうしたの?急に来て……驚くから返事ちょうだいよ」


「あなた、弘春さんと別れたって本当なの?」


「ああ……うん……」


「いい歳して何を考えているの!送っていた荷物が今朝返ってきて、おかしいなと思って電話したけどあなたが出ないから、弘春さんに掛けたのよ。そしたら引っ越したって言うから。驚いて来ちゃったわよ」


「そういうこと……まあ、いろいろあって……」


別れたい、出て行くって、言い出したのはあっちなんだけど。


「馬鹿なことやってないで、早く謝っちゃいなさい。弘春さん、まだ感じがよかったから、今なら許してくれると思うわ。意地張ってないで、よりを戻しちゃいなさい」


「それは……」


まさか、お母さんがここまで保守的な人だとは思ってなかった。


もっと娘に理解があってもいいんじゃないかと、言い返したくなってくる。


「長年お付き合いして、入籍はいつなのかずっと気にかけていたのよ?結婚は本人たちの意向を汲んでやれってお父さんに言われて、口出しするのは控えてきましたけど、この歳になって独り身になってどうするの!今更、新しい彼なんて出来ないでしょ!まさか、一生独身でいるつもり?」


ヒートアップしてゆく母に置き去りにされた気分。


「お母さん、あのね。弘春にはもう結婚を考えてる人がいるみたいだから……それに……」


母の態度が一変する。


「まあ!まさか!あなたも結婚を考えてる人がいるの?」


両手を口に当てて、目を見開いている。


嬉しそうに、踵がぴょこぴょこ浮いている。


「んー……」


昴君に『結婚を前提に付き合おう』とは言われたけど、返事はしていない。


それに、やっぱり現実的じゃない……よね。


「会わせなさい」

「は?」

「今から、その人に会わせなさい」


鼻息荒く、母が仁王立ちしている。


「やめてよ。子どもじゃないんだから、そんな監視してこないで」


「いいえ。いくつになっても、あなたは私の子どもです。伴侶を見つけて、嫁がせるまで母はあなたの監視を続けなければなりません」


(どうしよう……)




***




「ただいま」

「瑠璃、大丈夫だった?」


昴君が玄関にお出迎えしてくれた。


「うん。ごめんね。母なの。急に来ちゃって……」


母には帰ってもらった。


急で、心の準備が出来ていなかったし、昴君との関係は私も曖昧にしているところがあるから後ろめたくて。


「腹減らない?食おう」


そう言って昴君は八宝菜のあんかけ焼きそばを出してくれた。


「中華もいけるんだ……」

「まあな」


お料理が出来る同居人というのは、想像以上に幸せ度が上がる。


「今度さ、お母さんに紹介して」

「あ……」

「嫌?」

「ううん」

「恥ずかしい?」


私が気乗りしないことを、昴君は察している。


「きっと嫌な気分にさせちゃうよ。うちは、昴君のところと違って保守的な家庭だから」


「俺みたいな若僧に、娘はやれないって言われる?」


「どうだろう。逆かな。こんな若僧たぶらかして頭どうかしたのかって言われるかな」


笑ってくれるかと思ったけど、くすりともしてくれなかった。


「俺と結婚、考えてくれた?」


それなら四六時中考えてる。


でも、答えが出てない。


「早くしたい」


「昴君、まだ22歳でしょ?大学出たばっかりだし、急ぐことないんじゃない?これからもっといろんな経験積んでからでも……」


出会いだって、たくさんあるだろうし。


「瑠璃が逃げそうで怖い」


逃げ出したいよ。


こんな真っ直ぐ気持ちをぶつけられて、怖いのは私の方。


「なにがそんなに不安なの?俺のこと好きだよな?昼だってユキトに嫉妬してたし」


「なにがこんなに不安なんだろう……」


昴君の将来に責任が持てない?


昴君が私の存在のせいで白い目で見られるのが可哀想?


それとも、私自身がさっき母から言われたようなことに耐えられない?


どれも当てはまるし、もっと出てくる。


「俺が逃げちゃったらとか、考えたりしないの?」


あり得ることだ。


「それは嫌」


きっぱり。


「なら良かった」


そう言って昴君は席を立って私のところへ来た。


椅子に座る私の前に跪く。


「どうしたの?」


とても緊張する。


「これ、じじいからの貰いもんだけど」


昴君は私の左手の薬指に、すっと指輪をはめた。


小粒のブルーダイヤが輝くシンプルなデザイン。


「結婚指輪じゃないから。これはばあちゃんのだけど、誰も使ってないからいいだろ?」


「貰えないよ」


「じゃ、あげない。貸すだけ。持ち逃げすんなよ」


切なそうに私の指を擦る昴君に、胸が苦しくなってくる。


「ありがとう。しばらくの間、お借りするね」


お守りのように思えて、心強くなれた。




***



寝る直前、父からの電話をベッドで取る。


『母さんから聞いたぞ』


無意識のうちに正座をしていた。


『なにをやっているんだ』


別に悪いことをしてるわけじゃないでしょう?


そう思うのに、口には出来ない。


『一体、今、どこに住んでいるんだ?明後日、母さんと会いに行くから、会わせたい人がいるなら、ちゃんと紹介しなさい』


「急にそんなこと言われても……」


『なんだ。お相手は仕事か?何をしている人なんだ?』


「同じ職場の人だけど……」


新卒の22歳です。とは言えない。


昴君のことは人として、男の人として好き。


でも、だからって年齢が気にならないわけじゃない。


『昼にはそっちに着くように出るから、場所を決めて連絡をよこしなさい』


「はい」と答えるしかなかった。


溜め息を殺して、ベッドに横たわる。


昴君も両親も双方から会いたいと言われてしまえば、会わせないわけには行かない。


(どんな顔して会えばいいの……)



コンコン


「どうぞ」

「あのさ、土曜日、じじいが来いって言ってるんだけど」

「明後日?」


両親と会う約束をしてしまった。


「母ちゃんが旦那連れて来るらしくて、瑠璃も行こ?」

「ごめん。友達と約束があるの」

「え!じゃあ、俺も行かない」


咄嗟についた嘘に、自分で自分の首を締めたことに気付く。


「昴君は行った方がいいんじゃない?お二人を祝福しないと、私たちも祝福してもらえないかもよ?」


昴君はしばし考えて「じゃ、行ってくる」と言った。




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