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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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21/33

21,夢の中

「絶対紫の方がいい!絶対!」


昴君とドレスの色で意見が分かれている。


紫のグラデーションのフリルが綺麗なのだけど、それは30代前半の時に着たドレスで、今の私には『若すぎる』のだ。


「こっちの方がしっくりくると思うんだけど」


紺色の細身のロングドレス。


「紫がいい!似合ってる!可愛い!」


その『可愛い』が問題なんだよな。


「昴君もちょっと着替えてきてよ」


「いいよ」


私の部屋から追い出すことに成功した。


やっぱり、可愛いなんて歳じゃないからな……困ったな。


少し光沢のあるスーツに、白いネクタイを持って昴君がやって来た。


「え!似合ってるよ。大人っぽい」


本当だ。幼さが消えて、素敵な紳士になっている。


「そう?瑠璃、こういうの好きなの?」


「まあね」


どうしよう。顔がにやけちゃう。


「ほら。貸してみな」


ネクタイを結んであげる。


就活の時、弘春とネクタイの結び方を練習したことを思い出しそうになって、首を横に振る。


今、ここでそれを思い出すのは間違っている。


「ね。並んで立って見ると、こっちの方がお似合いじゃない?」


「お似合い?」


昴君がニヤッとした。


「そうそう。このスーツにはシックな紺色のドレスの女性が似合うでしょ?隣に立つなら、こっちの方が断然映える」


「じゃ、これで」


よっしゃ。紫のドレスは早く捨ててしまおう。


散乱した洋服を片付けて、引っぱり出した姿見を元に戻す。


ネイルや当日のヘアセットなど、スケジュールを考えながら、昴君の家族と会う緊張感を紛らす。


「珈琲飲む?」


「うん。お願い。少し甘いのが欲しいかも」


明日のお母さまの挙式の招待状を手に、珈琲を淹れる昴君を眺める。


どうしよう。もう、大好きになってしまってる。


「じゃ、カフェラテにするか。絵描いてあげる」


「ありがとう。可愛いのお願いね」


明日、式場で白い目で見られたら、私はたぶん立ち直れないと思う。


「憂鬱だよな」


渡されたカップには白鳥が描かれていた。


「上手だね……憂鬱ってわけじゃないの。ただ、心配って言うか……」


「大丈夫だと思うよ。俺が女連れて来るなんて、それだけで喜ばれるよ」


「まさか」


笑ってみようとしたけど、失敗。


「俺、かあちゃんのこと嫌いなんだよ。じじいから聞いたかも知れないけど、あいつ男をとっかえひっかえでさ、幸せなのはほんの一瞬で、だいたいが不幸のどん底にいるんだ。馬鹿なんだろうな。ちっとも学ばないで、性懲りもなく間違いを繰り返してる」


辛辣な言葉の中に、期待を裏切られたという悲しみが潜んでいる。


「幸せになって欲しいね」


「あいつには無理だよ」




***




親族だけの小さな挙式と伺っていたけど、大家族のようだ。


控えめな高砂を前に並ぶ10卓の円テーブル。


そのほとんどが昴君の親族のようで、高齢の方が多かった。


「あなた、お名前なんでしたっけ?」


親戚の誰かと思われているのだろう。


どうしても思い出せないといった風に、何度も名前を聞かれた。


「瑠璃だよ。渡邊瑠璃」


「瑠璃さんねえ、ああ……」


名字がワタナベだからか、部外者と思われないままに過ごした。


昴君の彼女だということは、極力伏せておいてもらった。


「ふう。ばばあたちの記憶悪すぎ」


「ちょっと、言葉遣い……」


「言ってやってください。昴は口が悪いのが唯一の欠点だから」


社長と同じ円卓に座らせてもらうなんて……会社の人が知ったら驚かれてしまう。


「私が若いときに離婚しましてね」


社長が突然、身の上話を始め、聞いていいのかどうか戸惑ってしまった。


「娘は母方に引き取ってもらったんですよ。だからここに居る殆どが渡部の姓です」


社長は目線を隣のテーブルにやった。


(あ、昴君のおばあさま)


とても似ていた。


「昴はあの祖母に育てられた。母親はなんせ……」


「家にいねえからな」


昴君がぶっきら棒に言った。


照明が暗転し、曲が切り替わった。


入り口の扉にスポットが当てられ、厳かに開かれた。


チャペルの挙式ではあまりお姿を確認できなかったので、ようやくお顔を拝見できた。


「なんだよ、嬉しそうに」


昴君が言う意味が分かる。


とても無邪気に、満面の笑みを浮かべている女性。


『とっかえひっかえ』なんて昴君が言うから、『魔性の女』のイメージを浮かべていたが、至って普通の、派手な印象がまるでない女性で驚いた。


鼻から大きく息を吐いている、昴君と社長。


きっと同じことを思っておられるのだろう。


「馬鹿みてぇ」


「こら、昴」


2人のやり取りをかき消すように、大きな拍手を送った。


乾杯の音頭は新郎側の招待客が行い、豪勢なフルコースが始まった。


相変わらず、美味しそうに食べる昴君が可愛らしい。


「瑠璃、旨いよ。いっぱい食べよ」


「そうだね」


私たちのテーブルは和やかに食事を進めていたが、隣はそうではないようだった。


「三度目よ?どうして止めなかったの?」


「恥ずかしいわ。あんなに若い旦那さんを口説き落として、きっとまた何年も持たないわよ」


非難の声がたとえ小さくても、内容が内容なだけに漏れ伝わってしまう。


「だから嫌だったんだよ」


「昴君?」


「あんな恥ずかしい母親で、幻滅しただろ?くそ。じじいのせいだ。瑠璃に嫌われたらどうしてくれるんだよ」


昴君が社長を睨んで、社長は「すまん」と言って俯いてしまった。


「そんなことないよ。お母さま、こんなにたくさんの方に祝っていただいて、良かったじゃない?お幸せそうだし」


そんなことを話していたら、新郎新婦がキャンドルサービスに現れた。


「きゃー、昴の恋人ってあなた?来てくれてありがとう。息子のことよろしくね」


少女のようにはしゃぐ新婦、昴君のお母さまに面食らいつつも、笑顔でお辞儀する。


「誠さん、父と息子と彼女さんです」


新郎に紹介していただいた。


「彼女?」


新郎が怪訝な顔で私を見ている。


胸がぎゅっと締め付けられる。


「あねさんね?私たち」


新婦にいたずらっぽく微笑まれたけど……そちらは5歳年上なだけで……


「どうぞ末永くお幸せに」


精一杯の笑顔で賛辞を送った。


「ありがとう!あなたたちもね!」


花を飛び回る蝶のようにお母さまは行ってしまった。


「んだよ。余計なこと言いやがって」


「昴君、だから、言葉遣い……」


このやり取りを社長が笑う。


これじゃ、彼女じゃなくてお母さんだもん。そりゃ笑うよね……


恥ずかしくなってお料理を口に入れる。


「これ美味しいね。これなんの味だろう?」


「分かんね。もう食っちったから」


そうだよね。過ぎたことを正確に思い返すことは難しい。


さっき私の感じた『恥ずかしさ』の正体が、惨めだったのか……悔しさだったのか……怒りだったのか……もう思い出せない。




***




「今日は悪かったな」


「そんな。お招きいただきありがとう」


昴君とソファでだらんとしている。


「ねえ、それ、俺が脱がせていい?」


昴君が私に乗っかってきた。


「え……だめ……」


逃げ出したいけど、両腕で塞がれている。


「なんでだよ。彼女の着替え手伝いたい」


「結構です。一人でできます」


強引に押しのけて自由になる。


「いいだろ?好きな人に触りたいって思うのって普通だろ?」


「そうだけど……」


部屋までついて来ちゃった昴君を追い返せない。


抱きしめられる。


「それはちょっと……」


キスで口を塞がれる。


あまりに美味しそうに私を食べ尽くそうとしている昴君に、もう抵抗できない。


「瑠璃」


熱っぽい目で見られて、体に火がつく。


観念した……


昴君にも……


自分の欲求にも。


どんなに世間体を気にしたって、私たちの歳の差は埋まらない。


それを理由に離れようとしても、昴君はそれを許してくれないし、私だって本意じゃない。


今日の結婚式で、お母さまが見せていた天真爛漫の笑みが羨ましい。


私も人の目を気にせず、自分の幸せだけで頭を埋め尽くすことができたら……私だってどんなに……


身も心も真摯に向き合ってくれている昴君に、私の全てを許した。




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