21,夢の中
「絶対紫の方がいい!絶対!」
昴君とドレスの色で意見が分かれている。
紫のグラデーションのフリルが綺麗なのだけど、それは30代前半の時に着たドレスで、今の私には『若すぎる』のだ。
「こっちの方がしっくりくると思うんだけど」
紺色の細身のロングドレス。
「紫がいい!似合ってる!可愛い!」
その『可愛い』が問題なんだよな。
「昴君もちょっと着替えてきてよ」
「いいよ」
私の部屋から追い出すことに成功した。
やっぱり、可愛いなんて歳じゃないからな……困ったな。
少し光沢のあるスーツに、白いネクタイを持って昴君がやって来た。
「え!似合ってるよ。大人っぽい」
本当だ。幼さが消えて、素敵な紳士になっている。
「そう?瑠璃、こういうの好きなの?」
「まあね」
どうしよう。顔がにやけちゃう。
「ほら。貸してみな」
ネクタイを結んであげる。
就活の時、弘春とネクタイの結び方を練習したことを思い出しそうになって、首を横に振る。
今、ここでそれを思い出すのは間違っている。
「ね。並んで立って見ると、こっちの方がお似合いじゃない?」
「お似合い?」
昴君がニヤッとした。
「そうそう。このスーツにはシックな紺色のドレスの女性が似合うでしょ?隣に立つなら、こっちの方が断然映える」
「じゃ、これで」
よっしゃ。紫のドレスは早く捨ててしまおう。
散乱した洋服を片付けて、引っぱり出した姿見を元に戻す。
ネイルや当日のヘアセットなど、スケジュールを考えながら、昴君の家族と会う緊張感を紛らす。
「珈琲飲む?」
「うん。お願い。少し甘いのが欲しいかも」
明日のお母さまの挙式の招待状を手に、珈琲を淹れる昴君を眺める。
どうしよう。もう、大好きになってしまってる。
「じゃ、カフェラテにするか。絵描いてあげる」
「ありがとう。可愛いのお願いね」
明日、式場で白い目で見られたら、私はたぶん立ち直れないと思う。
「憂鬱だよな」
渡されたカップには白鳥が描かれていた。
「上手だね……憂鬱ってわけじゃないの。ただ、心配って言うか……」
「大丈夫だと思うよ。俺が女連れて来るなんて、それだけで喜ばれるよ」
「まさか」
笑ってみようとしたけど、失敗。
「俺、かあちゃんのこと嫌いなんだよ。じじいから聞いたかも知れないけど、あいつ男をとっかえひっかえでさ、幸せなのはほんの一瞬で、だいたいが不幸のどん底にいるんだ。馬鹿なんだろうな。ちっとも学ばないで、性懲りもなく間違いを繰り返してる」
辛辣な言葉の中に、期待を裏切られたという悲しみが潜んでいる。
「幸せになって欲しいね」
「あいつには無理だよ」
***
親族だけの小さな挙式と伺っていたけど、大家族のようだ。
控えめな高砂を前に並ぶ10卓の円テーブル。
そのほとんどが昴君の親族のようで、高齢の方が多かった。
「あなた、お名前なんでしたっけ?」
親戚の誰かと思われているのだろう。
どうしても思い出せないといった風に、何度も名前を聞かれた。
「瑠璃だよ。渡邊瑠璃」
「瑠璃さんねえ、ああ……」
名字がワタナベだからか、部外者と思われないままに過ごした。
昴君の彼女だということは、極力伏せておいてもらった。
「ふう。ばばあたちの記憶悪すぎ」
「ちょっと、言葉遣い……」
「言ってやってください。昴は口が悪いのが唯一の欠点だから」
社長と同じ円卓に座らせてもらうなんて……会社の人が知ったら驚かれてしまう。
「私が若いときに離婚しましてね」
社長が突然、身の上話を始め、聞いていいのかどうか戸惑ってしまった。
「娘は母方に引き取ってもらったんですよ。だからここに居る殆どが渡部の姓です」
社長は目線を隣のテーブルにやった。
(あ、昴君のおばあさま)
とても似ていた。
「昴はあの祖母に育てられた。母親はなんせ……」
「家にいねえからな」
昴君がぶっきら棒に言った。
照明が暗転し、曲が切り替わった。
入り口の扉にスポットが当てられ、厳かに開かれた。
チャペルの挙式ではあまりお姿を確認できなかったので、ようやくお顔を拝見できた。
「なんだよ、嬉しそうに」
昴君が言う意味が分かる。
とても無邪気に、満面の笑みを浮かべている女性。
『とっかえひっかえ』なんて昴君が言うから、『魔性の女』のイメージを浮かべていたが、至って普通の、派手な印象がまるでない女性で驚いた。
鼻から大きく息を吐いている、昴君と社長。
きっと同じことを思っておられるのだろう。
「馬鹿みてぇ」
「こら、昴」
2人のやり取りをかき消すように、大きな拍手を送った。
乾杯の音頭は新郎側の招待客が行い、豪勢なフルコースが始まった。
相変わらず、美味しそうに食べる昴君が可愛らしい。
「瑠璃、旨いよ。いっぱい食べよ」
「そうだね」
私たちのテーブルは和やかに食事を進めていたが、隣はそうではないようだった。
「三度目よ?どうして止めなかったの?」
「恥ずかしいわ。あんなに若い旦那さんを口説き落として、きっとまた何年も持たないわよ」
非難の声がたとえ小さくても、内容が内容なだけに漏れ伝わってしまう。
「だから嫌だったんだよ」
「昴君?」
「あんな恥ずかしい母親で、幻滅しただろ?くそ。じじいのせいだ。瑠璃に嫌われたらどうしてくれるんだよ」
昴君が社長を睨んで、社長は「すまん」と言って俯いてしまった。
「そんなことないよ。お母さま、こんなにたくさんの方に祝っていただいて、良かったじゃない?お幸せそうだし」
そんなことを話していたら、新郎新婦がキャンドルサービスに現れた。
「きゃー、昴の恋人ってあなた?来てくれてありがとう。息子のことよろしくね」
少女のようにはしゃぐ新婦、昴君のお母さまに面食らいつつも、笑顔でお辞儀する。
「誠さん、父と息子と彼女さんです」
新郎に紹介していただいた。
「彼女?」
新郎が怪訝な顔で私を見ている。
胸がぎゅっと締め付けられる。
「あねさんね?私たち」
新婦にいたずらっぽく微笑まれたけど……そちらは5歳年上なだけで……
「どうぞ末永くお幸せに」
精一杯の笑顔で賛辞を送った。
「ありがとう!あなたたちもね!」
花を飛び回る蝶のようにお母さまは行ってしまった。
「んだよ。余計なこと言いやがって」
「昴君、だから、言葉遣い……」
このやり取りを社長が笑う。
これじゃ、彼女じゃなくてお母さんだもん。そりゃ笑うよね……
恥ずかしくなってお料理を口に入れる。
「これ美味しいね。これなんの味だろう?」
「分かんね。もう食っちったから」
そうだよね。過ぎたことを正確に思い返すことは難しい。
さっき私の感じた『恥ずかしさ』の正体が、惨めだったのか……悔しさだったのか……怒りだったのか……もう思い出せない。
***
「今日は悪かったな」
「そんな。お招きいただきありがとう」
昴君とソファでだらんとしている。
「ねえ、それ、俺が脱がせていい?」
昴君が私に乗っかってきた。
「え……だめ……」
逃げ出したいけど、両腕で塞がれている。
「なんでだよ。彼女の着替え手伝いたい」
「結構です。一人でできます」
強引に押しのけて自由になる。
「いいだろ?好きな人に触りたいって思うのって普通だろ?」
「そうだけど……」
部屋までついて来ちゃった昴君を追い返せない。
抱きしめられる。
「それはちょっと……」
キスで口を塞がれる。
あまりに美味しそうに私を食べ尽くそうとしている昴君に、もう抵抗できない。
「瑠璃」
熱っぽい目で見られて、体に火がつく。
観念した……
昴君にも……
自分の欲求にも。
どんなに世間体を気にしたって、私たちの歳の差は埋まらない。
それを理由に離れようとしても、昴君はそれを許してくれないし、私だって本意じゃない。
今日の結婚式で、お母さまが見せていた天真爛漫の笑みが羨ましい。
私も人の目を気にせず、自分の幸せだけで頭を埋め尽くすことができたら……私だってどんなに……
身も心も真摯に向き合ってくれている昴君に、私の全てを許した。




