2,恋するフォーチュンティースプーン
弘春とは大学時代にバイト先で知り合った。
デパートのレストラン街にあった喫茶店……
「今日から来てくれることになったから、いろいろ教えてあげてね」
スタッフさんにそう言われ、先輩として仕事の流れを教えてあげた。
「渡邊さんなんでも知ってるんですね」
たまたまちょっと早くバイトに入っただけで、特別な知識じゃないけど、褒めてくれて嬉しかった。
「またシフトが一緒になったら、教えてください」
しばらく敬語で話してくれていたけど、隣の大学に一浪して入学した同い年だと知り、一気に距離が縮まった。
「学生だったんだね。てっきり就活浪人でもしてるのかと思ったよ」
「なにそれ……俺、年上に見えてたってこと?老けてるって言いたい?」
それ以来、バイトが終わってから飲みに行ったり、シフトの入ってない日に遊びに行ったりする仲になった。
正直、弘春が私を選んでくれると思っていなかった。
当時、すごく可愛い子が一緒に働いていて、明るいし、気さくで、私なんかよりずっとモテる子だった。
弘春はその子に気に入られてたと思う。
「どうして私を誘ったの?」
勇気を出して聞いてみたことがある。
「どうしてって……好きだから?」
まさかの告白に恥ずかしくて死ぬかと思った。
友達も多くないし、明るいグループに入っていけない私にとって、男子というのは別の世界に生きている生物だったから……
――初恋だった。
甘い思い出と苦い想いをスプーンでかき混ぜる。
もう冷めてしまった、口をつけていない甘い珈琲。
***
一睡もできないまま出勤した。
「あれ?店長、あのあとラーメン食いにでも行ったんですか?」
「あ、まあ……」
顔がむくんで、目が腫れてる。
勘違いに便乗させてもらおう。
「えー!ずっちぃ。俺だけ除け者っすか?」
京介君がむっとした顔で、私と山室君を睨んだ。
「いや。俺は行ってないし。あんだけ食って、まだラーメンとか、俺はそんな食えないし。ってか年だよなぁ。俺も京介くらいの時は無限に食えてたもんなぁ。ラーメンなんて3杯は楽勝だったよなぁ」
どうでもいい山室君の自慢話(?)に助けられた。
「……あの」
突然声をかけられて、私たち3人は飛び上がる程驚いた。
気配はなかったし、いると思ってなかったから……
振り返ると、前髪が目にかかった表情の暗い子が、不機嫌そうに立っていた。
「「「……」」」
「あ、あれじゃない?ほら、昴だっけ」
そうだった。今日から新人がもう一人来るんだった。
「初めまして。店長の渡邊瑠璃です。今日から一緒に働く渡部昴君で合ってますか?」
「はあ……」
ポケットに手を入れたまま、ちょんと頭を下げた男の子。
「あのね、社会人になったんだから、挨拶は大事にしましょう。新人教育で習わなかった?」
京介君に目をやると、声を出さずに『あー!』って顔をして、指をさしている。
「こいつか!知ってます。覚えてます。態度悪くて、何度も研修が中断するから、別コースに連れて行かれたんですよ。店長、こいつは問題児ですよ、本社に返しましょうよ」
(え……めんど……)
「まあまあ京介、そんなこと言ってると、お前の第一印象が最悪だぞ?一緒に働くんだから、感じよくやろう。俺は山室。ここの副店長で、君たちのバリスタの先生をやる男だ。よろしく頼むな」
山室君が右手を出すと、意外にも昴君は握手に応じた。
「私と、京介君もワタナベなの。混乱を招かないために、ファーストネームで呼ばせてもらいたいんだけど、構わないかな?」
「いいよ、瑠璃」
「あのなぁ!瑠璃さんのことは『店長』って呼べよ!そんくらい分かるだろ?店長、俺コイツ無理っす。一緒に仕事出来る気しないっす」
キューンと泣き出しそうな子犬のような顔で私を見つめられても……困るのよ。
すらっとした長身で少しカールした茶色い髪、今時の男の子って感じの京介君。
小柄で色白、痩せすぎな印象がある、黒髪が目にかかっていて、近寄りがたい雰囲気の昴君。
(……参ったな)
「山室君、申し訳ないんだけど、昴君を男性用の更衣室に案内して、新しい制服を渡してあげてくれる?着替えたら、改めてここでミーティングをしましょう」
2人を見送って、京介君に向き合う。
「ちょっと……じゃないかもだけど……問題があるかもしれないけど、仲良くやってくれないかな?会社から預かった2人の新人をきちんと一人前にしてあげたいから。私の仕事だし。今後の2人の為にも、ね?お願いできないかな」
京介君の不満は痛いほど分かる。
山室君について、ここ1ヵ月、本当に一生懸命仕事に取り組んでくれてたのを見ていたから。
「店長の頼みなら……でも、万一、切れちゃったらすんません」
「その時は、しょうがないね。京介君だって人間だものね。切れちゃうこともあると思うけど、どうか、裏でね。お客さんの前で切れたら、その時は私が京介君に切れるからね」
ちゃんと伝わるように、怖い顔を見せる。
「うわぁ。逆に見てみたいかも。店長の切れた顔、ちっとも怖くねーし」
(駄目だこりゃ……)
***
山室君って怒ると結構怖いんだ……知らなかった。
何があったのか分からないけど、制服に着替えて来た2人は腕を組んで、互いに後頭部を向けあっていた。
「え……と。じゃ、え?どうしたらいい?」
とうとう心の声が口から出てしまった。
「瑠璃、京介の言った通りコイツはまじでやばい。本社に送り返して、新人研修のし直しをさせよう。ここじゃ無理だ」
山室君が、イライラしながら言った。
「自分だって瑠璃って呼んでんじゃん……」
「昴、てめぇ!」
「こ、こらこら、みんな、喧嘩はやめよう。もうすぐ開店時間だし、ね?えっと、じゃ、京介君は山室君についていつも通りにお願いね。昴君は私と一緒に行動しよう。バリスタ希望とは聞いてるけど、店舗の事は珈琲以外にもいろいろ覚えてもらわないとだし……」
「珈琲淹れる以外、興味ない」
「興味があるとかないとかじゃなくてね、ここは職場で、趣味のサークルじゃないのよ。悪いんだけど、私の言うことには従ってください。まずは、前髪をこれで上げて!」
自分の髪から引き抜いたピン止めを1本渡す。
「はあ?やだ」
「やだじゃないの!」
山室君と京介君にも協力してもらって、何とか前髪をねじって止めた。
「眉間に皺が寄り過ぎてパグみたいな顔になってますよ。お客さんの前ではパグじゃなくて、笑顔でお願いしますね!」
昴君に凶暴な目で睨まれる。
「命令です。笑顔を作りなさい」
言い方を気を付けないと、パワハラって言われかねないけど、この子にはこれくらい言わないと伝わらなさそうだ。
一生懸命口角を上げようとしている昴君……
笑っちゃいけないって分かってるんだけど……
「鼻の穴は膨らませなくていいんだよ」と山室君が言い、
「お前が笑うんだよ、客を笑わせようとすんなよ」と京介君が言った。
とうとう堪えきれず、私たち3人はお腹を抱えて笑ってしまった。
***
今日は散々だった。
昴君は話を聞いてるんだか、聞いてないんだか分からない無表情で、返事をするでも頷くでもなく私の側にいた。
こちとら42歳にもなって、長年連れ添った初恋の人と破局を迎えてるって言うのに……
でも、かえってよかったのかも。
日中、弘春のことを考えずに済んだから。
いるのかな。
そわそわしながら鍵を開けた。
「お帰り」
あ。まだいてくれた。
もしかして、別れるのやめようって言われるのかも。
「あのさ、明日、出て行くから。今日だけごめん。もう一晩ここに泊めて」
泣き顔を見られるのだけは嫌だ。
「好きにすれば」
そう言って、自分の部屋に逃げた。




