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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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2/9

2,恋するフォーチュンティースプーン

弘春とは大学時代にバイト先で知り合った。


デパートのレストラン街にあった喫茶店……


「今日から来てくれることになったから、いろいろ教えてあげてね」


スタッフさんにそう言われ、先輩として仕事の流れを教えてあげた。


「渡邊さんなんでも知ってるんですね」


たまたまちょっと早くバイトに入っただけで、特別な知識じゃないけど、褒めてくれて嬉しかった。


「またシフトが一緒になったら、教えてください」


しばらく敬語で話してくれていたけど、隣の大学に一浪して入学した同い年だと知り、一気に距離が縮まった。


「学生だったんだね。てっきり就活浪人でもしてるのかと思ったよ」


「なにそれ……俺、年上に見えてたってこと?老けてるって言いたい?」


それ以来、バイトが終わってから飲みに行ったり、シフトの入ってない日に遊びに行ったりする仲になった。


正直、弘春が私を選んでくれると思っていなかった。


当時、すごく可愛い子が一緒に働いていて、明るいし、気さくで、私なんかよりずっとモテる子だった。


弘春はその子に気に入られてたと思う。


「どうして私を誘ったの?」


勇気を出して聞いてみたことがある。


「どうしてって……好きだから?」


まさかの告白に恥ずかしくて死ぬかと思った。


友達も多くないし、明るいグループに入っていけない私にとって、男子というのは別の世界に生きている生物だったから……


――初恋だった。


甘い思い出と苦い想いをスプーンでかき混ぜる。


もう冷めてしまった、口をつけていない甘い珈琲。




***




一睡もできないまま出勤した。


「あれ?店長、あのあとラーメン食いにでも行ったんですか?」


「あ、まあ……」


顔がむくんで、目が腫れてる。


勘違いに便乗させてもらおう。


「えー!ずっちぃ。俺だけ除け者っすか?」


京介君がむっとした顔で、私と山室君を睨んだ。


「いや。俺は行ってないし。あんだけ食って、まだラーメンとか、俺はそんな食えないし。ってか年だよなぁ。俺も京介くらいの時は無限に食えてたもんなぁ。ラーメンなんて3杯は楽勝だったよなぁ」


どうでもいい山室君の自慢話(?)に助けられた。


「……あの」


突然声をかけられて、私たち3人は飛び上がる程驚いた。


気配はなかったし、いると思ってなかったから……


振り返ると、前髪が目にかかった表情の暗い子が、不機嫌そうに立っていた。


「「「……」」」


「あ、あれじゃない?ほら、昴だっけ」


そうだった。今日から新人がもう一人来るんだった。


「初めまして。店長の渡邊瑠璃です。今日から一緒に働く渡部昴君で合ってますか?」


「はあ……」


ポケットに手を入れたまま、ちょんと頭を下げた男の子。


「あのね、社会人になったんだから、挨拶は大事にしましょう。新人教育で習わなかった?」


京介君に目をやると、声を出さずに『あー!』って顔をして、指をさしている。


「こいつか!知ってます。覚えてます。態度悪くて、何度も研修が中断するから、別コースに連れて行かれたんですよ。店長、こいつは問題児ですよ、本社に返しましょうよ」


(え……めんど……)


「まあまあ京介、そんなこと言ってると、お前の第一印象が最悪だぞ?一緒に働くんだから、感じよくやろう。俺は山室。ここの副店長で、君たちのバリスタの先生をやる男だ。よろしく頼むな」


山室君が右手を出すと、意外にも昴君は握手に応じた。


「私と、京介君もワタナベなの。混乱を招かないために、ファーストネームで呼ばせてもらいたいんだけど、構わないかな?」


「いいよ、瑠璃」


「あのなぁ!瑠璃さんのことは『店長』って呼べよ!そんくらい分かるだろ?店長、俺コイツ無理っす。一緒に仕事出来る気しないっす」


キューンと泣き出しそうな子犬のような顔で私を見つめられても……困るのよ。


すらっとした長身で少しカールした茶色い髪、今時の男の子って感じの京介君。


小柄で色白、痩せすぎな印象がある、黒髪が目にかかっていて、近寄りがたい雰囲気の昴君。


(……参ったな)


「山室君、申し訳ないんだけど、昴君を男性用の更衣室に案内して、新しい制服を渡してあげてくれる?着替えたら、改めてここでミーティングをしましょう」


2人を見送って、京介君に向き合う。


「ちょっと……じゃないかもだけど……問題があるかもしれないけど、仲良くやってくれないかな?会社から預かった2人の新人をきちんと一人前にしてあげたいから。私の仕事だし。今後の2人の為にも、ね?お願いできないかな」


京介君の不満は痛いほど分かる。


山室君について、ここ1ヵ月、本当に一生懸命仕事に取り組んでくれてたのを見ていたから。


「店長の頼みなら……でも、万一、切れちゃったらすんません」


「その時は、しょうがないね。京介君だって人間だものね。切れちゃうこともあると思うけど、どうか、裏でね。お客さんの前で切れたら、その時は私が京介君に切れるからね」


ちゃんと伝わるように、怖い顔を見せる。


「うわぁ。逆に見てみたいかも。店長の切れた顔、ちっとも怖くねーし」


(駄目だこりゃ……)




***




山室君って怒ると結構怖いんだ……知らなかった。


何があったのか分からないけど、制服に着替えて来た2人は腕を組んで、互いに後頭部を向けあっていた。


「え……と。じゃ、え?どうしたらいい?」


とうとう心の声が口から出てしまった。


「瑠璃、京介の言った通りコイツはまじでやばい。本社に送り返して、新人研修のし直しをさせよう。ここじゃ無理だ」


山室君が、イライラしながら言った。


「自分だって瑠璃って呼んでんじゃん……」


「昴、てめぇ!」


「こ、こらこら、みんな、喧嘩はやめよう。もうすぐ開店時間だし、ね?えっと、じゃ、京介君は山室君についていつも通りにお願いね。昴君は私と一緒に行動しよう。バリスタ希望とは聞いてるけど、店舗の事は珈琲以外にもいろいろ覚えてもらわないとだし……」


「珈琲淹れる以外、興味ない」


「興味があるとかないとかじゃなくてね、ここは職場で、趣味のサークルじゃないのよ。悪いんだけど、私の言うことには従ってください。まずは、前髪をこれで上げて!」


自分の髪から引き抜いたピン止めを1本渡す。


「はあ?やだ」


「やだじゃないの!」


山室君と京介君にも協力してもらって、何とか前髪をねじって止めた。


「眉間に皺が寄り過ぎてパグみたいな顔になってますよ。お客さんの前ではパグじゃなくて、笑顔でお願いしますね!」


昴君に凶暴な目で睨まれる。


「命令です。笑顔を作りなさい」


言い方を気を付けないと、パワハラって言われかねないけど、この子にはこれくらい言わないと伝わらなさそうだ。


一生懸命口角を上げようとしている昴君……


笑っちゃいけないって分かってるんだけど……


「鼻の穴は膨らませなくていいんだよ」と山室君が言い、


「お前が笑うんだよ、客を笑わせようとすんなよ」と京介君が言った。


とうとう堪えきれず、私たち3人はお腹を抱えて笑ってしまった。




***




今日は散々だった。


昴君は話を聞いてるんだか、聞いてないんだか分からない無表情で、返事をするでも頷くでもなく私の側にいた。


こちとら42歳にもなって、長年連れ添った初恋の人と破局を迎えてるって言うのに……


でも、かえってよかったのかも。


日中、弘春のことを考えずに済んだから。


いるのかな。


そわそわしながら鍵を開けた。


「お帰り」


あ。まだいてくれた。


もしかして、別れるのやめようって言われるのかも。


「あのさ、明日、出て行くから。今日だけごめん。もう一晩ここに泊めて」


泣き顔を見られるのだけは嫌だ。


「好きにすれば」


そう言って、自分の部屋に逃げた。




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