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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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1/10

1,恋するフォーチュンティースプーン

「ちょちょちょ、ちょっと待って」

「なんで?」

「なんでじゃなくて、やめて」

「やだ」


さすがに困るって!


「瑠璃が悪い」


尻もちをついたまま後ずさり。


ゴンッ


キッチンカウンターに頭をぶつける。


やばい……もう、後がない……


「こんな風にはよくないんじゃない?お互いの気持ち大事にしようよ」


戸惑いながら、『分かって欲しい』という目で懇願する。


「ショックなんだけど」


いやいや。

その顔にショックを通り過ぎて……どうにかなりそうなのは私の方だから……








――ほんの数カ月後にこんなことが起きるなんて。この時の私は想像すらしていなかった。







ピンポーン


「いらっしゃいませ」


ローストした珈琲のいい香りが漂う店内。


「ご注文お決まりでしたらどうぞ」


バシッと糊の効いたシャツにエプロンが制服だ。


「本日のおすすめはこちらです」


得意の笑顔で、精一杯のおもてなし。


午後のコーヒーショップは、オフィスカジュアルの格好をした人達で賑わっている。


ここは、3年前から私が店長を務める大手のコーヒーチェーン店。


バリスタで有名になりたいという夢があったけど、人には向き不向きがあるのだと30代で痛感した。


「オーダーお願いします」


季節限定のフラペチーノのオーダーを通す。


「店長、本社からお電話ですけど」


「はーい。ありがとう京介君」


固定電話の受話器を受け取りながら、カウンター奥のバックヤードへ下がった。


「お電話代わりました。渡邊です」


『忙しい時間にごめんね。ちょっと頼みたいことがあってね』


「今度はなんでしょう……」


先月、新人の渡辺京介君を受け入れた際に、散々やり合った、人事課長だ。


別に新人が使えないとは言わないけど、ここみたいな繁盛店では教育・育成に充分な時間をかけてあげられない。


もう少し人員が豊富で、時間的にゆとりのある店舗に預けた方が、本人の為になると思った。


『もう一人、そっちにお願いしていいかな?』


「は?嘘ですよね?」


『残念ながら、今日はエープリルフールじゃないよ~』


「……」

こんな真面目な時にふざけた態度を取る、この人のことを理解できる日は来ないだろう。


『いやぁ、本人の希望でね、就職地のエリアに制限があるんだよ。困るよね~、希望を言えばなんでも通ると思ってんのかねえ?』


「すみませんが、ここはもう……」


『一人教えるんだったら、もう一人一緒に教えてやってよ。手間は同じでしょ?』


「いいえ。京介君……渡辺さんは、バリスタ志望ですので、ベテランについてしっかりと教えてあげたいと思ってるんです」


『あ、ちなみにね、今度行く子もワタナベっていうんだよ』


「待ってください。お受けできませんってば……」


『もう、決まっちゃったんだよね。本部人事で。ごめんね。明日からよろしく』


(……くっそ)


絶望的な気持ちになりながら、接客に戻る。


私自身、店長なんかより、現場の方が性に合ってるし好きなのに。


「どうした?」


副店長で、同期の山室君。


「もう一人頼まれちゃった」


「は?新人?まじかよー」


「ごめん。断り切れなかった……しかも明日から……」


頭を掻いてる。


この人の困ったときの癖だ。


「まあ、頼まれちゃったもんはしょうがないよな」


私が引き受けちゃったんだけど、結局、教育係は山室君に頼まざるを得ない。


すまない気持ちでいっぱいになる。


「ご馳走するから……」


「お!じゃ、遠慮なく。行きたい店あるから、そこでいい?ついでにさ、京介も誘って3人で行こうぜ。明日から、二人三脚ならぬ三人四脚で頑張るんだし」


「それもそうね。京介君にも先に報告すべきだよね。誘ってみる」




***




3人で行列に並んでいる。


「ちょっとは遠慮してくれてもいいんじゃない?」


「何言ってんだよ。せっかく店長が奢ってくれるって言ってるんだから、遠慮なんかしたら駄目だよなぁ?京介」


「え、まあ、自分は他人のお金で食べられるんならどこでも嬉しいっす。寿司なら更に上がります!あざっす瑠璃さん」


(……このやろ)


名字が被っているので、仕方なく、ファーストネームで呼ぶことに同意はしたけど。


私はあなたを『京介君』と呼ぶけど、あなたには私を『店長』と言って欲しかった。


職場では出来てるっぽいのに、プライベートになるとこれだもん……


「明日来る人も、ワタナベなんていうんですか?」


「渡部昴君。すばる君って呼んでもいいか確認しなきゃね」


あの後、FAXで履歴書が送られてきた。


「京介君と同じ新卒だけど、誕生日きてたから22歳だったかな。研修で会ったりした?」


「記憶にないっす。なんで、今になって店舗が決まったんですか?俺なんて、研修終わってすぐに配属先言い渡されましたけど」


ほんと、私も変だなって思ってた。


京介君は4月末から働いてもらってるのに、約1カ月遅れの配属にモヤッとするよね。


「私にも分かんないや」




***




鍵を刺さずに玄関を開ける。


「お帰り、遅かったな」


見慣れた格好の見慣れた男性にホッとする。


一緒に住んでいる同い年の彼、弘春。


「ただいま。ちょっとあって、同僚と夕飯食べてきた」


「瑠璃、あのさ。シャワー浴びたらでいいんだけど、ちょっと話せるかな?」


「今でもいいけど?」


「いや、後でいい。珈琲淹れとくよ」


珍しく奥歯にものが挟まったような言い方。


気にはなったけど、サクッとシャワーを浴びてリビングに戻った。


「良い匂い。豆引いてくれたんだね」


珈琲はダイニングテーブルじゃなくて、リビングのローテブルに置いてあった。


黒糖とフレッシュミルク、それとお気に入りのティースプーンも。


持ち手がハートのモチーフで、パールの装飾が施されている。


「どうしたの?なんか怖いんだけど……」


暗い顔してるし、こんなもてなしをされると、どんな話かと不安になる。


「別れてくれないか?」


一息で飛び出してきた言葉に、私は言葉を失う。


「ごめん。長年一緒にいたけど、瑠璃との将来が見えてこなくて……別の人と結婚を考えた付き合いをしたいんだ」


弘春とは大学時代に知り合ってから24年、付き合い始めて22年、同棲してからは12年が経つ。


「本気で言ってる?」


「ごめん」と頭を下げ続ける彼に、私はなんて言ったら……


無意識のうちに黒糖を2粒、フレッシュミルクを入れて、ティースプーンでかき混ぜる。


(そういう事か)


私は普段、珈琲はブラックを好む。


頭が痛くなる問題を抱えた時だけ、甘い珈琲を欲する。


何も考えられず、持っているティースプーンを見つめる。


これは同棲を始めてすぐの頃、友達の結婚式の引き出物で貰った物だ。


元々、共通の知り合いで、弘春と挙式に参列した。


この帰り道、私たちも『間もなくゴールインだね』って言って笑ってたんだった。


「決まった人がいるの?」


弘春が顔を上げて「え?」って言った。


「結婚相手、決めた人がいるの?」


「いや……それは……」


雑に珈琲カップを口に付けて、弘春が中身をこぼした。


「もういるんだね」


慌ててティッシュでカーペットを拭いている彼を見てげんなりする。


「ごめん。本当にごめん」


土下座なんてしないでよ。


余計に惨めになるだけだから。


「いつから?」


聞きたくない気もするけど、今しか聞けない事だから、聞いておこうと思った。


「最近だよ……今年に入ってから……」


「私の知ってる人?」


返事がないのが、返事になった。


全く目を合わせようとしない。


徐々に怒りが湧いてくる。


確かに最近、忙しくて休みのすれ違いが続いていたけど、だからって他の女性となんて。


「もちろん弘春が出て行くんだよね?」


家賃25万円を折半で支払っている、駅近の賃貸マンション。


「そりゃあ、まあ……次が決まればすぐにでも……」


そんなふざけた条件、私が許すとでも思ってるの?


舐められてると思うと、余計に腹立たしい。


「悪いけど、今すぐにでも出て行って。そんでもって、私が引っ越すまでは家賃払ってもらうから」


「え……なんで……」


「当たり前でしょ?あなたの都合で出て行くんだし、私に迷惑かけるんだから。ここは弘春名義で借りてるよね。引き落としが出来なければ信用を失うから、気を付けてね」


私だっていつまでもここに居るつもりはない。


長年連れ添った彼氏の思い出が詰まった部屋に一人で過ごしたら、どうなるか分からない。


だけど、これくらい言ってやらないと気が済まない。


言ったところで、気が済むわけじゃないけれど……




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