19,好きすぎるからじゃなくても滅だから!
眩しくて目が覚めた。
「んー」
リビングで寝ちゃった……?
「あ!」
隣でくてっと寝てる昴君をゆする。
「起きて!朝だよ!」
初めて見た寝起きの顔が可愛すぎて、思わず目を逸らす。
じゃないと、理性を保てる自信がない……
「昴君、私たち昨日ここで寝ちゃったみたい。起きないと、ほら」
優しく肩を叩く。
「おはよ、瑠璃」
甘えた声で眠そうに目を擦る姿に、母性がくすぐられる。
子どもを産んだことはないけど、母親の気持ちが分かる気がする。
「とにかく起きて、お店行こう?あっちで珈琲飲みながらなんか食べようか」
ぱっと笑顔になった昴君が、急いでシャワーを浴びに行った。
***
スマホを睨みつけて、ぶすっとしてる。
「なにかあったの?」
コンビニで買ったパンにかぶりつきながら、昴君が目を瞑って上を見た。
「いいことじゃなさそうだね」
「じじいに呼ばれた」
「いいことじゃない?帰ってあげたら?」
「瑠璃も」
「え?私も?」
不機嫌そうにこっちを見て頷く姿に、冷汗が流れる。
「本当に、私も呼ばれてるの?」
社長に名指しで呼ばれる覚えはないんだけど……
「ほら」
そう言って向けられた画面に、息が止まった。
『彼女を連れてきなさい』
(ええ……)
「昴君、私のこと社長になんて言ったの?」
「好きな人と暮らすから部屋貸せって言った」
「それで私に鍵をくれたんだよね?それからは?それだけ?」
「『好きな人が俺を好きになった』って報告した」
「いつ?」
「たぶん昨日」
「たぶん?」
「酔っぱらってた」
(ああ……)
覚悟ができてるとは言い難いけど、こういう日はいつか来るって思ってたから……
社長室に昴君とお邪魔したあの日、ろくなご挨拶もできていなかったし……
ちゃんとしないと。
お付き合いするって決めたんだし。
なのに、どうしてこんなに気が重いのだろう。
***
まさか社長のご自宅に夕飯に呼ばれる日が来るなんて。
昴君には「いらない」って何度も言われたけど、手ぶらで来るわけにはいかず、デパートで紅茶とお菓子のセットを買った。
「ただいま」
チャイムも鳴らさず侵入する昴君に、置いて行かれる。
「おい、瑠璃も入って」
「えっと……お邪魔します」
高級レジデンスの最上階は廊下もカーペットだった。
「よく来てくれたね」
社長は昴君を無視して、私に握手を求めてきた。
「べたべた触んなよ。これ瑠璃から」
そう言って、紙袋をテーブルに置いた。
「気を遣わせて悪いね。どうぞ、リラックスして、その辺に座って」
「は……はい」
キッチンで手を洗い、昴君が腕をまくった。
「なに食いたい?」
「おうおう、ハンバーグの材料を用意してある。あの煮込みハンバーグがいいな」
「はあ?なんでそんな時間かかるやつねだるんだよ。ったく、手間だっつーの」
ぶうぶう言いながら、手際よく玉葱のみじん切りを始めている。
「私たちは、こちらで飲みながらおしゃべりでもして待ちましょう。瑠璃さん、お酒は?」
「強くねーから、あんま勧めんなよ!」
「お前には聞いてない。いいから早く作ってくれ」
昴君の乱暴な口調も、社長の砕けた言葉使いも、私には刺激が強すぎる。
「頂き物のシャンパンがあるんだが、どうかな?」
「ありがとうございます」
広いリビングでシャンパングラスを重ねる。
「改めまして、昴の祖父、桐谷 達夫と申します」
「わ、渡邊 瑠璃です。43歳です」
もう、いっその事、左遷でも降格でも、体のいいリストラでもしてくれって思った。
21歳も年下のお孫さんに手を出そうとして、本当に身の程知らずにも程がある。
罰して。
「年齢が気になりますか?」
「はい。あまりにも離れているので」
「あの子の母親は……私の娘ですが、今年41歳になります」
くらくらする。
シャンパンのせいだと思いたい。
「あの子が在学中に妊娠して、大学を中退して産んだんです」
私より年下のお母さん……
「昴はなにか言ってましたか?母親のこと」
「いいえ」
「でしょうね。彼とは仲が良くない」
ショックだった。
「どうして……」
「親が言うのもアレですけど。とんだ男好きでしてね。お恥ずかしい話ですが、娘のボーイフレンドにはこれまで何十人と会ってきました。だが彼女は未だに『運命の相手』を探し続けています」
受け答えが上手くできず、シャンパンを口にした。
「瑠璃さんは、ある意味、昴の『理想の女性』だと思います。母親の代わりとは思っていません。ただ、彼の中にあった軽蔑する女性の影が、あなたには無いのでしょう」
昴君が人間関係を苦手な理由が少し分かった気がした。
「あの子のアレルギーについては?」
「はい。伺っています」
「あなたには発症しないのだと言っていましたが、本当ですか?」
「はい。そのようです」
社長は目を細め、本当に嬉しそうに微笑まれた。
「どうか、昴をよろしく頼みますね」
「でも……」
私は、たぶん、ひ孫さんの顔を見せてあげられませんよ……言おうか迷う。
「男の人を連れて来ると覚悟していました」
「?」
「昴は女性が駄目だから、男性を好きになるものと思っていたんですよ。それでも構わなかった。自分の好きな人が、自分を好きになってくれると言うのは、それこそ奇跡でしょう?だから、たとえ昴が男性を連れてきても、好き同士なら認めようと腹に決めていた」
社長はグラスを置いて、私に向き直った。
「だから、昴から好きな人ができたと聞いて、それがあなたと知って、私は嬉しかった。年齢なんて言うのは記号でしかない。私から見たら、20代の昴も40代の瑠璃さんも、どちらも若い。どうか、瑠璃さんが昴を好いていてくれるのなら、気後れせずに一緒にいてやって欲しい」
ぽろっと涙が落ちた。
「参ったな。こんなところ昴に見られたら……」
社長が慌てて、ティッシュの箱を差し出してくれた。
さっと引き抜き、頬に当てる。
「優しいお言葉ありがとうございます」
昴君の優しさはおじいさま譲りだったんだね。
「おい!じじい、まさか瑠璃のこと泣かせたのか?」
「違う、違う。瑠璃さんは、花粉症だったかな……?」
「なに意味不明なこと言ってんだよ。できたぞ」
テーブルに並べられた煮込みハンバーグ。
「とっても美味しそう!」
「私の大好物で、昴の得意料理だな」
「じじいも瑠璃も料理のセンスがない」
「私のセンスがないんじゃないの、昴君がセンス良すぎなの」
「よく言った。私も100%瑠璃さんと同意見だ」
「なに、気が合っちゃってんだよ」
昴君は大きな口を開けて笑っていた。
***
「じじいとなに話してたんだよ」
「内緒」
「はあ?」
「でも……おじいさんに、『昴をよろしく頼む』って言われちゃった」
「頼まれたからよろしくするのかよ」
「そうじゃないけど……」
「なに笑ってんだよ」
可愛いって思って。
昴君はおじいさんになんでも素直に話して、おじいさんは昴君になにを言われても全てを受け入れる覚悟があった。
「相思相愛だなって」
「俺と瑠璃が?」
「じゃなくて、昴君とおじいさん」
「はあ?気持ちわりいこと言うな」
夜風が気持ちいい。
繋いでる手の感触も気持ちがいい。
昴君との時間が心地よくて、ずっとこうしておしゃべりしながら歩いていられたらいいのになって思った。
「瑠璃」
「ん?」
「俺とさ、結婚を前提に付き合わない?」




