18,好きすぎるからじゃなくても滅だから!
「じゃ瑠璃さん、悪いけど、今日は少し遅めに帰ってきてね」
昴君は先に帰って料理の準備をしてくれるらしい。
「お酒買って帰ろうかな。ワイン飲める?」
「うん」
今夜の打ち合わせをしながらの出勤。
こんなに幸せでいいのかな。
43歳の最初の珈琲は昴君の淹れてくれた特別の一杯。
「今日も美味しい」
「よかった」
見つめ合って微笑む仲になっている。
もう、とてもじゃないけど、上司と部下という関係ではない。
(付き合ってるって言っていいのかな……)
いつもの時間通りに山室君がやって来た。
「瑠璃、ちょっといいかな」
奥の事務所に呼ばれる。
「これ」
小さな紙袋をもらった。
「なに?」
「誕生日プレゼント」
はて?なんで知ってるの?
「もらえないよ」
「え……突き返すなよ。さすがにショックだわ」
「でも。こんなのくれたことなかったよね?」
「いいだろ。別に。もう買っちゃったから、今回は受け取って」
上から覗いてみる。
「なんか高そう。やっぱ要らない。奥さんにあげなよ」
そう言って紙袋を山室君のお腹に押し付ける。
「別れた」
「え?」
「離婚届け出した」
「そうなんだ」
山室君は奥さんの浮気が発覚し、その後、離婚を切り出されても無視していると言っていた。
「お前見てたら、俺も自由になりたくなった。だから、一歩踏み出せたお礼ってことで受け取って。返されると、惨めなだけだし」
「なら。ありがとう」
更衣室で開けてみたら、ぷらんとぶら下がるピアスだった。
「可愛い」
気に入ってしまった。
***
デパートで勧められるがままにワインを2本買った。
『もう帰って来ていいよ』
昴君からのメールは、帰宅途中のドンピシャのタイミングで私に届いた。
「ただいま」
ドアを開けた瞬間、いい匂いが漂ってくる。
「え?なに作ってくれたの?匂いがすでにもう『美味しい』んだけど!」
キッチンの昴君に駆け寄る。
「瑠璃さん」
昴君が私の髪をかき上げる。
頬に顔を近付けて……
え?キスされる?
いきなりのスキンタッチにきょどってしまった。
「これどうしたの?」
「あ?」
「耳にしてるの、朝と違う」
「ピアスね。山室君にもらったの。誕プレなんてくれたことなかったのに」
離婚の話は伏せるべきだろう。
「外して」
「え?」
「気に入らないから外して」
「あ、そ?」
可愛いのに。好みじゃないのかな。
自室に鞄を置いて、ピアスを外して、テーブルに着いた。
「どきどきする。どんなお料理?」
「時間なかったから手の込んだ物じゃないけど、ラムチョップとパスタ。ワイン買って来るって言ってたから」
「おお!ばっちり合うよ!ありがとう。こんなのが食べたいなって思ってた!」
それにしてもラムチョップなんて、取扱いが難しそうな食材をいとも簡単に買ってしまう昴君に改めて脱帽する。
「じゃ、火入れるね」
キッチンで昴君の隣に立って見てる。
この時間、ホント最高。
この場所、私の特等席。
優越感に浸ってしまう。
「焼き加減は?」
「昴君のお勧めで」
「オッケ」
見たことないスパイスが、至る所に置かれている。
きっと調合してくれたんだろうな。
ワイングラスを取り出して、テーブルに持って行く。
「開けちゃうね」
コルクを抜いて、ワインをグラスに注ぐ。
すでに並べてある前菜との相性も良さそう。
チーズとオリーブ、パテとクラッカー、スモークサーモンの乗ったベビーリーフのサラダ。
「お待たせ」
昴君がお肉の乗ったプレートを運んできてくれた。
「わーい」
テーブルに向かい合って座り、ワイングラスを掲げる。
「瑠璃さん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、昴君」
カチンと合わせて、一口含む。
ぶどうの香りと渋みが喉から鼻に抜けていく。
(幸せ)
「では……」
ラムにナイフを入れた。
「柔らか……」
すっと切れて、肉汁が溢れだした。ぱくり。
「ひゃ……」
こっちを見てる昴君の目を見て、うんうんと激しく頷く。
「なんて美味しいのー!」
「よっしゃ」
最高なんですけど。こんな美味しいお肉、食べたことないんですけど。
蕩ける食感に、ハーブとスパイスの香りが複雑で、ときめいてしまう。
「気に入った?」
「気に入ったなんてもんじゃないよ!最高です。完璧です。嬉し過ぎます。どうもありがとう」
ボキャブラリーが乏しい私を許してね。
昴君もお肉を食べて、「パスタ茹でるわ」そう言って、席を立った。
ワインとお料理が美味しくて、手が止まらない。
こんなに幸せなら、誕生日も怖くないかも……なんて。
「瑠璃さん、これ」
「ん?プレゼント?」
小さな包みをもらった。
「安いやつだけど」
「選んでくれたの?」
待ち切れずに、その場で開けた。
赤と青の石が並んだピアス。
「え……これ、好き」
お世辞じゃない。
こういう甘くないのが好きなの。
「俺が付けてもいい?」
「?」
ピアスを人に付けてもらったことなんてない。
緊張するけど、この初めては昴君にお願いしたいかも。
「では……よろしく……」
ゆっくり頭を下げて、頷いた。
「やった」
立ち上がって近付いてくる昴君。
髪をかき上げて、私は少し首を傾げた。
微かに耳に触れる昴君の手がくすぐったい。
温かい息が首筋にかかる。
体が燃えるように熱くなっていくのを感じる。
「じゃ、反対」
そう言われて、反対側に首を傾げる。
恥ずかしさが限界を迎えて、目を開けてられない。
「できた」
という言葉と同時に、首筋になにかが当たった。
慌てて手で抑える。
「なにかした?」
「なにもしてない」
「チュッてした?」
「チュッて……したかも……」
「『したかも』ってなに?」
もう。笑うしかなかった。
「いいだろ。彼女なんだから」
もう否定はしない。
完全にノックアウトされてる自覚あるもん。
「ありがとう。優しい彼氏ができて嬉しい」
昴君はビックリしたようにいきなり立ち上がって、また座った。
それから「あ。パスタ」と言って、キッチンに向かった。
これが彼の感情表現なんだろうな。
可愛すぎる。
「好み聞かなかったけど……」
そう言って運ばれてきたのは、巻貝みたいな形のパスタに、チーズソースが和えてあった。
「これも大好き!」
濃厚なチーズの匂いが、いっぱいになりつつあったお腹にスペースを作っていく。
「ワイン」
昴君が注いでくれた。
普段飲まないから酔いが回っている。
おそらく昴君も同じだと思う。
ふわふわと思考が曖昧になったまま、食事を終え、片付けもそこそこにソファに並んで座った。
グラスと残っていたチーズをローテーブルに移す。
もたれ合って、まったりと飲みたい気分だった。
「ケーキもある」
昴君が言い出して、冷蔵庫から箱を取り出している。
「え?買って来てくれたの?」
「まあ。誕生日だから」
出て来たのは、四角い長方形のチョコレートケーキで、上に銀色のキラキラしたデコレーションが施されていた。
「クランベリーチョコだって」
「美味しそうだね」
「ワインに合う」
「そうだね」
昴君の味覚とセンス、発する言葉、行動、全部好きだ。
歳はずっと下だけど、ちっとも子どもなんかじゃない。
一人の男性として、私は昴君に惹かれている。
「ロウソクやる?」
昴君がライターを手にしている。
「その顔は、やらないとだよね」
「やらないとだよな?」
細長いロウソクが5本。
とりあえず、昴君と手分けして刺した。
「歌う?」
「歌わないとでしょ?誕生日だもん」
ちょっと照れくさいけど、ねだってしまった。
「ハッピバースデートゥーユー……♪」
あれま。歌声まで最高だった。
パチパチパチパチ
昴君の拍手の中、私はロウソクを吹き消した。
「おめでとう、瑠璃」
遠慮がちに手を広げた昴君の胸に飛び込んだ。




