17,好きすぎるからじゃなくても滅だから!
「瑠璃さん怒ってる?」
怒ってるかも知れない。
だって昴君ってば、なんでもかんでも聞かれたこと全部答えちゃうんだもん。
京介君の興味を隠さない視線や、山室君の呆れたような軽蔑を含んだ目線が、私には痛くてたまらなかった。
「ちょっと話をしよう?」
リビングで昴君をソファに促す。
私にぴったりと寄り添うように座った彼に、少し距離を取った。
「なんで避けるんだよ」
「避けてるんじゃないの。ちゃんと話がしたいだけ」
密着されると言いたいことが言えなくなる。
だけどそれは、昴君が悪いわけじゃない。
彼を意識し過ぎて勝手に拗らせてしまっている、私の問題。
「あのね。昴君には分からないかもしれないんだけど……」
私の言葉をじっと待つ彼を見ていると、なにを言いたかったんだか、自分でも分からなくなってくる。
「上司という立場上、新卒で入ってきた部下との関係と言うのは……難しいのよ……」
「難しい?なにが?」
この子には言葉のニュアンスが伝わらない。
「私が会社から処罰をくらうかもってこと。異動させられると思う」
「じじいに言っとく」
「そうじゃなくて……社会的に見てもね、ほぼ犯罪みたいっていうか……」
「は?」
「分かるよ?実際、私は逮捕されたりはしないし、刑罰は受けないけど、世の中の目がそれを許さないのよ。山室君の冷たい視線に気付かなかった?」
「迷惑ってこと?」
「迷惑って……わけじゃないんだけど……あまり大っぴらに言われると、ちょっと困るって言うか……」
私も自分がどうしたいのか分からない。
昴君の好意はとても嬉しいのに、受け取れないし、かと言って突っぱねられない。
「今ならいい?」
「え?」
「ふたりの時ならいい?」
昴君がずずっと体を寄せてきた。
「キスしていい?」
昴君は返事を待たない。
「付き合ってるってことでいい?」
押し倒される。
「えっと……」
跳ねのけられない自分が情けない。
だって体が火照って、いうことを聞いてくれない。
「俺のこと好き?」
唇が微かに触れ合う距離で、こんなこと聞かないで。
息をのむ。
目を瞑って、小さく頷いた。
***
私たちの甘い雰囲気は朝の混雑する店内の空気に飲み込まれた。
「いらっしゃいませ」
笑顔が苦手だったとは思えない。
今の昴君はむしろ愛嬌がある。
京介君は山室君に何か言われたんだと思う。
職場では昨日の話を一切持ち込まず、大人の対応をしてくれていた。
「店長、ハンドドリップのご注文いただきました」
『こだわりさん』がいらしている。
以前より、度々ご来店いただいてるけど、ここのところ頻度が上がっている。
「山室君、お願いできる?」
「いや。昴にやらせる」
「オッケー」
レジに行って、昴君と交代した。
「ハンドドリップお願いします」
「はい」
嬉しそうに笑う顔を見て、ニヤケそうになるのを必死で抑える。
(見ないようにしよう)
勝手に昴君を追ってしまう自分の目を、手元に集中させる。
一人でも多く、スムーズにお客様の回転率を上げないと……これが本来の私の仕事でしょ。
この歳になって、恋愛で浮かれるなんて思ってもなかった。
しかも年甲斐もなく、あんな若い子に言い寄られていい気になってるなんて……。
「店長、代わります」
昴君が戻って来た。
「はい、お願いします」
私はテーブル席の片付けに行った。
「あの……」
後ろで声がして、なんの気なしに振り返った。
昴君がレジで女の子に話しかけられている。
「よかったら、連絡先を交換してくれませんか?」
大学生だろうか、昴君と同じくらいの歳の可愛らしい子だ。
一瞬、パグったらどうしようと思い、一歩踏み出した。
「すみません。俺、彼女がいるんで」
笑顔は消えてたけど、パグりもしないで、昴君は平然と言った。
「ご注文はお決まりですか?」
昴君は女の子が手に持っていたスマホをやんわりと押し返した。
「フラペチーノを……」
女性客のオーダーを取り終え、一旦レジが空いた。
やり取りを見ていたらしい、隣のレジの京介君が昴君をからかっている。
「なんでお前ばっかモテんだよー!」
「うるさい」
「さっきの子、可愛くなかった?連絡先だけ交換しちゃえばよかったんじゃない?」
「いらない」
「実はこんな性格って知ったら、幻滅されるだろうなー。お前、店長にもこんな態度なの?」
「おい!」
昴君が京介君の口を抑えた。
「ごめん、ごめん。困らせたくないんだったよな。はは。気を付けるよ、マジでごめん」
京介君を口止めしてたのは昴君だったのか。
ほんの一瞬、昴君と目が合った。
ふいっと逸らされてしまう。
けど……耳が真っ赤だよ。
***
「今日はありがとうね」
「なにが?」
「京介君に私たちのこと黙ってるように言ってくれたんでしょ?」
昴君は恥ずかしそうに俯いた。
「困らせないから」
「ん?」
「俺、彼女のこと困らせたりしないから」
鼻の奥がツンとなって、涙が出るかと思った。
こんなに想ってもらって、幸せじゃない人なんていないはずだ。
仕事帰りに寄ったスーパーで、思いがけず素敵な告白を受けてしまった。
「夕飯、なにが食べたい?」
聞いたところで、料理上手は昴君の方なのだけど。
「瑠璃さんの食べたいものでいい」
なにがいいかな?
昨日はハンバーガーだったし、今日は和食がいいかな。
でも私、あんまり得意じゃないんだよな……
「困ったな」
「え!」
昴君が慌てふためいている。
「困った?」
「じゃない、じゃない。その『困った』じゃない。困ってない。ごめん」
笑ってしまう。
私の不用意な一言にこんなに反応するなんて、ドキドキし過ぎて心が持たない気がする。
「そ?じゃ、今のはなんの『困った』?」
「和食がいいかなって思ったけど、得意じゃないなぁって……家庭的じゃなくてごめんね」
「じゃ、焼き魚で。サンマ旨そう」
「本当だ」
取れたての生サンマが発泡スチロールに山盛りになっている。
「大根はあるから買わなくていい。あとは……揚げ出し豆腐でいっか」
「……!あれって家でできるの?」
「簡単だよ」
でた。天才肌。
「お豆腐に衣つけて揚げるなんて、誰でもできることじゃないんだからね」
「誰でもできるだろ」
昴君が笑ってる。
可愛い。
お会計を済ませて、並んで歩く。
「手繋いでいい?」
昴君はこの手の許可を必ず求めてくれる。
答えを待ってくれないこともあるけど、私は許可することも拒否することもできる。
早く答えなきゃと思いつつ、前を見たまま歩き続ける。
だって、一緒に買い物してるだけなら、別に不自然じゃないけど……
手を繋いだら、周りに変に思われるに決まってる。
でも、手を繋ぎたい私もいて……
「手を繋ぐね」
言ったと同時に昴君が私に指を絡ませてきた。
「え……」
「彼女に手を握っていいか聞く必要なかったわ」
指を絡ませた手を、ひょいっと目の前に持ち上げた。
こういうことは20代の若者同士がすることであって……
私みたいな42歳の……
「はっ!」
嫌なことを思い出してしまった。
今となっては、世界一嫌いなイベントのこと。
「どうした?瑠璃さん?」
「え。あ、いや……あの……」
最悪だ。
思い出したくない。
明日、誕生日だった。
どうしよう。やだ。43歳になっちゃう。
「どうした?」
澄んだ瞳で覗かれると敵わないな。
「あ、いや、大したことじゃないんだけど……明日、誕生日だったなって……思い出しちゃって、ごめんね」
「おお!おめでとう!ってか、なんで『ごめん』?」
「ほら、そもそも歳が離れてるのに、更に離れちゃうし……」
そう言えば、昴君って私の年齢知ってたっけ?
どちらかと言うと若く見られがちだけど、まさか、30代と思われてる?
「42も43も変わんないだろ」
(知ってたか……)
さらりと言われて、胸がズキズキしてる。
「明日はどっか食べに行こ」
「いいよ別に。おめでたい歳でもないんだし」
「駄目だよ。俺とは初めての誕生日だろ」
この歳になっても『初めて』は残ってるんだな。
「瑠璃さんの好きなもん、なんでもご馳走するから」
嬉しかった。
本当に、心の底から。
「じゃ、お言葉に甘えて。家がいい。昴君の得意料理を振舞ってください」
「はい!よろこんで」




