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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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17/33

17,好きすぎるからじゃなくても滅だから!

「瑠璃さん怒ってる?」


怒ってるかも知れない。


だって昴君ってば、なんでもかんでも聞かれたこと全部答えちゃうんだもん。


京介君の興味を隠さない視線や、山室君の呆れたような軽蔑を含んだ目線が、私には痛くてたまらなかった。


「ちょっと話をしよう?」


リビングで昴君をソファに促す。


私にぴったりと寄り添うように座った彼に、少し距離を取った。


「なんで避けるんだよ」


「避けてるんじゃないの。ちゃんと話がしたいだけ」


密着されると言いたいことが言えなくなる。


だけどそれは、昴君が悪いわけじゃない。


彼を意識し過ぎて勝手に拗らせてしまっている、私の問題。


「あのね。昴君には分からないかもしれないんだけど……」


私の言葉をじっと待つ彼を見ていると、なにを言いたかったんだか、自分でも分からなくなってくる。


「上司という立場上、新卒で入ってきた部下との関係と言うのは……難しいのよ……」


「難しい?なにが?」


この子には言葉のニュアンスが伝わらない。


「私が会社から処罰をくらうかもってこと。異動させられると思う」


「じじいに言っとく」


「そうじゃなくて……社会的に見てもね、ほぼ犯罪みたいっていうか……」


「は?」


「分かるよ?実際、私は逮捕されたりはしないし、刑罰は受けないけど、世の中の目がそれを許さないのよ。山室君の冷たい視線に気付かなかった?」


「迷惑ってこと?」


「迷惑って……わけじゃないんだけど……あまり大っぴらに言われると、ちょっと困るって言うか……」


私も自分がどうしたいのか分からない。


昴君の好意はとても嬉しいのに、受け取れないし、かと言って突っぱねられない。


「今ならいい?」


「え?」


「ふたりの時ならいい?」


昴君がずずっと体を寄せてきた。


「キスしていい?」


昴君は返事を待たない。


「付き合ってるってことでいい?」


押し倒される。


「えっと……」


跳ねのけられない自分が情けない。


だって体が火照って、いうことを聞いてくれない。


「俺のこと好き?」


唇が微かに触れ合う距離で、こんなこと聞かないで。


息をのむ。


目を瞑って、小さく頷いた。




***




私たちの甘い雰囲気は朝の混雑する店内の空気に飲み込まれた。


「いらっしゃいませ」


笑顔が苦手だったとは思えない。


今の昴君はむしろ愛嬌がある。


京介君は山室君に何か言われたんだと思う。


職場では昨日の話を一切持ち込まず、大人の対応をしてくれていた。


「店長、ハンドドリップのご注文いただきました」


『こだわりさん』がいらしている。


以前より、度々ご来店いただいてるけど、ここのところ頻度が上がっている。


「山室君、お願いできる?」


「いや。昴にやらせる」


「オッケー」


レジに行って、昴君と交代した。


「ハンドドリップお願いします」


「はい」


嬉しそうに笑う顔を見て、ニヤケそうになるのを必死で抑える。


(見ないようにしよう)


勝手に昴君を追ってしまう自分の目を、手元に集中させる。


一人でも多く、スムーズにお客様の回転率を上げないと……これが本来の私の仕事でしょ。


この歳になって、恋愛で浮かれるなんて思ってもなかった。


しかも年甲斐もなく、あんな若い子に言い寄られていい気になってるなんて……。


「店長、代わります」


昴君が戻って来た。


「はい、お願いします」


私はテーブル席の片付けに行った。


「あの……」


後ろで声がして、なんの気なしに振り返った。


昴君がレジで女の子に話しかけられている。


「よかったら、連絡先を交換してくれませんか?」


大学生だろうか、昴君と同じくらいの歳の可愛らしい子だ。


一瞬、パグったらどうしようと思い、一歩踏み出した。


「すみません。俺、彼女がいるんで」


笑顔は消えてたけど、パグりもしないで、昴君は平然と言った。


「ご注文はお決まりですか?」


昴君は女の子が手に持っていたスマホをやんわりと押し返した。


「フラペチーノを……」


女性客のオーダーを取り終え、一旦レジが空いた。


やり取りを見ていたらしい、隣のレジの京介君が昴君をからかっている。


「なんでお前ばっかモテんだよー!」


「うるさい」


「さっきの子、可愛くなかった?連絡先だけ交換しちゃえばよかったんじゃない?」


「いらない」


「実はこんな性格って知ったら、幻滅されるだろうなー。お前、店長にもこんな態度なの?」


「おい!」


昴君が京介君の口を抑えた。


「ごめん、ごめん。困らせたくないんだったよな。はは。気を付けるよ、マジでごめん」


京介君を口止めしてたのは昴君だったのか。


ほんの一瞬、昴君と目が合った。


ふいっと逸らされてしまう。


けど……耳が真っ赤だよ。




***




「今日はありがとうね」


「なにが?」


「京介君に私たちのこと黙ってるように言ってくれたんでしょ?」


昴君は恥ずかしそうに俯いた。


「困らせないから」


「ん?」


「俺、彼女のこと困らせたりしないから」


鼻の奥がツンとなって、涙が出るかと思った。


こんなに想ってもらって、幸せじゃない人なんていないはずだ。


仕事帰りに寄ったスーパーで、思いがけず素敵な告白を受けてしまった。


「夕飯、なにが食べたい?」


聞いたところで、料理上手は昴君の方なのだけど。


「瑠璃さんの食べたいものでいい」


なにがいいかな?


昨日はハンバーガーだったし、今日は和食がいいかな。


でも私、あんまり得意じゃないんだよな……


「困ったな」


「え!」


昴君が慌てふためいている。


「困った?」


「じゃない、じゃない。その『困った』じゃない。困ってない。ごめん」


笑ってしまう。


私の不用意な一言にこんなに反応するなんて、ドキドキし過ぎて心が持たない気がする。


「そ?じゃ、今のはなんの『困った』?」


「和食がいいかなって思ったけど、得意じゃないなぁって……家庭的じゃなくてごめんね」


「じゃ、焼き魚で。サンマ旨そう」


「本当だ」


取れたての生サンマが発泡スチロールに山盛りになっている。


「大根はあるから買わなくていい。あとは……揚げ出し豆腐でいっか」


「……!あれって家でできるの?」


「簡単だよ」


でた。天才肌。


「お豆腐に衣つけて揚げるなんて、誰でもできることじゃないんだからね」


「誰でもできるだろ」


昴君が笑ってる。


可愛い。


お会計を済ませて、並んで歩く。


「手繋いでいい?」


昴君はこの手の許可を必ず求めてくれる。


答えを待ってくれないこともあるけど、私は許可することも拒否することもできる。


早く答えなきゃと思いつつ、前を見たまま歩き続ける。


だって、一緒に買い物してるだけなら、別に不自然じゃないけど……


手を繋いだら、周りに変に思われるに決まってる。


でも、手を繋ぎたい私もいて……


「手を繋ぐね」


言ったと同時に昴君が私に指を絡ませてきた。


「え……」


「彼女に手を握っていいか聞く必要なかったわ」


指を絡ませた手を、ひょいっと目の前に持ち上げた。


こういうことは20代の若者同士がすることであって……


私みたいな42歳の……


「はっ!」


嫌なことを思い出してしまった。


今となっては、世界一嫌いなイベントのこと。


「どうした?瑠璃さん?」


「え。あ、いや……あの……」


最悪だ。


思い出したくない。


明日、誕生日だった。


どうしよう。やだ。43歳になっちゃう。


「どうした?」


澄んだ瞳で覗かれると敵わないな。


「あ、いや、大したことじゃないんだけど……明日、誕生日だったなって……思い出しちゃって、ごめんね」


「おお!おめでとう!ってか、なんで『ごめん』?」


「ほら、そもそも歳が離れてるのに、更に離れちゃうし……」


そう言えば、昴君って私の年齢知ってたっけ?


どちらかと言うと若く見られがちだけど、まさか、30代と思われてる?


「42も43も変わんないだろ」


(知ってたか……)


さらりと言われて、胸がズキズキしてる。


「明日はどっか食べに行こ」


「いいよ別に。おめでたい歳でもないんだし」


「駄目だよ。俺とは初めての誕生日だろ」


この歳になっても『初めて』は残ってるんだな。


「瑠璃さんの好きなもん、なんでもご馳走するから」


嬉しかった。


本当に、心の底から。


「じゃ、お言葉に甘えて。家がいい。昴君の得意料理を振舞ってください」


「はい!よろこんで」




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