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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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16/33

16,あーサッカー観戦

「瑠璃さん、行こう」


この奇妙な距離感に慣れつつある自分が怖い。


山室君には勘付かれちゃってるけど、誰かに見られても、まさか私たちが恋愛を意識している仲だとは思われないだろう。


電車で3駅、ドアドアで30分の通勤は、私の人生史上トップクラスに幸せな時間だった。


店舗について、シャッターを開ける。


中に入ったら、シャッターを下ろす。


こうして、みんなが出勤してくるまでの約30分間に昴君がハンドドリップの練習をしている。


「はい。今日は酸味が強めのモカ」


……たまらない。


昴君はいつも淡々と珈琲を淹れるのに、


そのテイストは、毎回、表情が異なる。


そしてそのどれもが飛び切りおいしい。


(これも惚れた弱みなのか?)


もはや、昴君が淹れたってだけで、冷静な判断ができてないんじゃないかと、感想に自信が持てなくなってくる。


「どう?」


「最高……なんだけど……」


「けど?」


「自信ない」


怪訝な顔でこちらを見ている。


当然だよね。


ガラガラ


山室君がシャッターを開けて入店してくる。


「ちょうどよかった。おはよう、山室君。昴君の珈琲できたところだよ」


「おう!いただく。お前の珈琲、旨いからなぁ」


山室君が口をつけて、感想を言うのを待つ。


「うーん!今日も最高だ!天才だな」


「やっぱりそうだよね?昴君の珈琲、超絶美味しいよね!」


良かった。私の舌は、昴君にえこひいきをしているわけではなかった。


「自信ないってなに?」


昴君が怒っている。


「だって。感情が感想を狂わせてるかもって…」


「感情?……あ……」


昴君は耳まで真っ赤になった。


つられて私も顔が熱くなってくる。


「やめてくんない?こっちが恥ずかしいんだけど」


じとっとした目で、山室君がドン引きしてる。


声を出さずに、昴君と2人で笑った。




***




合言葉は『NO,残業デー』。


今日行くサッカー観戦は自由席だから、できるだけ早く出たい。


遅番のスタッフに予め告げる。


「今日は悪いんだけど、山室君とワタナベ3名は16時ジャストで上がらせてもらうから」


「分かりました。研修ですか?」


「ちょっと違うけど、まあ……」


うまくまとめたつもりだったけど、山室君に『下手クソか』と揶揄された。


15:50


フライングだけど、今日は特別。


さすがにユニフォームを着るのはマズいから、一旦私服で。


「「「「お先に失礼します」」」」


言ったもん勝ち。


ダッシュで駅に向かった。




***




「すごい人だね」


最寄駅から同じ方面に歩く、同じ格好をした人たち。


私も鞄からユニフォームを引っぱり出して、ブラウスの上から被った。


「あ、瑠璃さんもファンなんっすね!」


職場から離れたからかな、京介君が名前で呼んだ。


一瞬、こっちを見た昴君の目つきが鋭かったけど、にっこりと頷く。


「瑠璃さん、こっち」


昴君に手を引っ張られる。


「4人も並んで席取れるのか?」


「山室さん、なんで指定席にしてくんなかったんすか?」


「京介、てめえ、後から割り込んで来たくせに贅沢言うな!」


「すんません、すんません。俺、どこでもいいっすから」


じゃれてる2人を困った笑顔で眺めている昴君。


この前、打ち明けてくれた『俺、友達も彼女もいたことないから』を思い出した。


きっとどうしていいのか、絡み方が分からないんだよね。


(なんだか可愛い)


「ところで、昴君のアレルギーって人混みは大丈夫なの?」


「全然ダメ。もう出てる」


そう言って、ユニフォームの袖を捲った。


二の腕の内側にポツポツと赤い点が広がっている。


痛々しい……


「具合は悪くないのか?」


山室君が心配している。


「まあ、痛くも痒くもないんで」


「じゃあ、お前は後ろの方でしっぽりと観戦しろよ、俺たち3人はグイグイ前の方行きましょ!ね?瑠璃さん」


「京介、てめえ、同期に意地悪言ってっと、バリスタの試験資格やらねーぞ」


「あっ!それパワハラっす。ね?瑠璃さん、見ました?今の山室さん、パワハラっすよね」


「ごめん。見てなかった」


「嘘つけー!瑠璃さんまで共犯者!ひでえ、騙されたぁ」


京介君のはしゃぎっぷりが、小学生を思わせる。


「いいか、京介。瑠璃はこう見えて、サッカーど素人だ」


「え?そうなんすか?」


「だから、『今、どうなったの?』『え?何が起きたの?』って試合の途中、何度も話しかけてくるに決まってるぞ」


「げっ。うざくないっすか」


「そういう事だ。だから、前を陣取って、試合に没頭するのは俺とお前だけでいい。面倒な瑠璃は昴に預けちゃえばいいんだよ」


「いいアイデアっすね!さすが山室さん!」


ワイワイしてるうちに入場ゲートが開き、小学生のような2人は小走りにどこかへ行ってしまった。


「山室君に気を遣わせちゃったね」


昴君に笑いかける。


「ラッキー」


そう言って、昴君は私の手を強く握った。


「行こ。俺もできるだけ近くで見たい」


「うん!」


グイグイと手を引っ張られ、陣取った席からは、楽器を鳴らしながら熱心な応援するファン勢が見えた。


「すごい迫力だね」


「初めて?」


「うん」


ドームに野球は見に行ったことがあったけど、サッカーは初めてだった。


試合前の練習で選手がボールを蹴っている。


予習が効いてる。


背番号と顔で、ポジションと得意なプレーが何となく分かる。


「ほら、あの5番、俺が一番好きな選手」


周りが騒しいから、昴君が私に肩を寄せて、耳元で言った。


「う、うん」


太鼓のリズムと鼓動が混じって、どっちの音か分からない。


「始まる!」


昴君は両手をぐっと握って、スタンドに目が釘付けだ。


テレビで見るのとは違い、コートが小さく、選手は大きく、感じた。


解説がない代わりに、選手同士が掛け合う声がよく聞こえる。


繰り返される応援団のリズムが分かってきて、自然と私も拍手で加わる。


得点のチャンスが来るたびに、歓喜と落胆の歓声が会場を包んだ。


「よっしゃー!」


昴君のお気に入りの選手が初得点を決めた。


「やった、やったね!」


半分腰を浮かせて、ゴールを見ていると、振り返った昴君が抱き付いてきた。


「よっしゃー!よっしゃー!」


「ちょ、ちょ、ちょ……」


抱き付き返すわけにもいかず、手があわわと踊った。


「はっ!ごめん!」


我に返った昴君から自由になり、恥ずかしいけど、嬉しくてつい顔がほころぶ。


「先制点やったね!」


ハイタッチをした。


その後も得点チャンスはあったものの両者決めきれず、試合は結局1-0で終わった。


終了を告げるホイッスルの音が会場に響く。


この時間が終わって欲しくなかった。




***




山室君と京介君と合流し、なにか食べて帰ることになった。


「勝ったなー!最高だったよなー!」


京介君と昴君が盛り上がっている。


「どこも混んでそうだよね」


周辺の飲食店は勝利の余韻に浸りたいファンたちでごった返している。


「ここなら、すぐ入れそうだけど」


通りがかったファストフード店を覗いてみた。


「ハンバーガーは夕食にはちょっとかな……?」


振り返ると3匹のわんこが、今にも『お手』をしそうな『待て』の姿勢で立っていた。


「ここにする?」


「うん!」

「おう!」

「はい!」


比較的ヘルシーを売りにしている、ハンバーガーショップ。


皆、思い思いに好きなバーガーにかぶりついた。


「昴さ、瑠璃さんにハグしただろ」


(見られてた!)


咽そうになるのを堪えて、コーラで飲み込んだ。


無表情で固まっている昴君……大丈夫?


「俺らの席から見えちゃったんだよー、昴、瑠璃さん困ってたぞー。ね?山室さん?」


「ああ」


昴君を注意する京介君と、にやにやしてるだけの山室君。


「別にいいだろ。付き合ってんだし」


「「「えっ!!!!」」」


昴君の爆弾発言に、なんなら私が一番驚いた。


「付き合ってんの?私たち?」


唖然としてる山室君と京介君の前で、昴君はMAXのパグ顔を披露した。


「付き合ってない男とキスしたの?」


目の前が真っ白になった。




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