15,あーサッカー観戦
一緒に出勤するのは恥ずかしいけど、早朝だから見つからないだろう。
……と、甘く見ていた。
「え?開いてる」
昴君がシャッターを開けた。
「まだ早いよね?」
日曜の遅番が締め忘れたのかな……
「瑠璃、おはよう」
「山室君、何でいるの?今日早くない?」
私も驚いたけど、私の後ろにいる昴君に山室君が驚いている。
「あ、そこで会ったの……」
咄嗟に出た嘘に、昴君を裏切ったような気がして苦しくなる。
「いいって。分かってるから。お前ら、上手くやってんだろ?今日は、謝ろうと思って……週末、酷いこと言ってごめんな」
そう言って、チケットをくれた。
「サッカー?」
「ああ。京介から、昴が好きだって聞いて。2人で行って来いよ」
私の手にわんこのように飛び付く昴君……の、目が……キラキラしていて……眩しいよ!
「山室君、ありがとう」
チケットもだけど、昴君からこんな笑顔を引き出してくれたのが感謝しかない。
「えー!なんすかー?それ」
どこからともなく京介君がやって来て、昴君に抱きついた。
「あ!いーなー!俺も行く!」
「いや。悪いけど、2枚しか無いから」
山室君がオロオロしてる。
「ひでぇ!山室さん、昴だけ誘ったんすか?俺は?俺は?」
「そうじゃなくて……」
それ以上は、今はやめて。
「京介君、じゃ、私たちも行こう?」
「え!チケット買ってくれるんっすか?」
「買う買う。4人で行こう?」
なんか、山室君と昴君、京介君と私……みたいなカップリングになっちゃってるけど、仕方がない。
私だって、昴君とサッカー観たいし。
本音を言えば、サッカーを観てる昴君を見たいし。
「何買えばいいの?」
昴君の手元を覗く。
隠された。
「ちょっと、意地悪しないでよ」
「あとで、一緒に買いに行く」
あれ?拗ねてる?可愛いんですけど……
「うん。間違えるといけないから、お願いね」
***
「へえ。コンビニってサッカーのチケットも売ってるんだ」
コピー機のようなマシンをポチポチしてる昴君。
手慣れてる。
「買ったことあるんだ」
「うん」
「誰と行ったの?」
なんか、彼女みたいなこと聞いちゃった。
「じじい」
「へ?」
「俺、友達も彼女もいたことないから」
目頭がじんわりと熱くなった。
正直に全部話さなくたっていいのに。
気取らないところも好きだな。
決裁を終えて、家路に向かう。
まさか、同じ家に帰るなんて、山室君も京介君も知ったら驚くだろうな。
「夕飯どうする?どこかで食べて帰ろうか?」
「やることあるから帰る」
「そうなの?」
と……帰宅後。
「瑠璃さん、ここ座って」
ソファに座り、タブレットを渡される。
「これ見て予習、俺、なんか作るから」
と……サッカーの動画。
(本気?)
「白いユニフォームの方ね、メンバー覚えといて」
「ひぇー!無理無理」
「あとで解説するから。とりあえず一人で頑張って」
(やば……できるかな……)
メモを取りながら必死で覚える。
背番号、髪型、似てる芸能人の名前等々。
「はい。お待たせ」
山盛りの鶏のから揚げがローテーブルに置かれた。
「めっちゃ良い匂い!」
「サッカーにはこれだから」
嬉しそうにレモンを絞っている。
私の右隣にぴったりと座って、タブレットを覗き込んでいる。
「ここでちょっと止めて」
「はい」
「じゃ、はい。あーん」
「あーん……は……ちょっと……」
「いいから、いいから。タブレット係は忙しいから」
大きく口を開けて、中に入れてもらう。
「おいひい」
「はい。じゃ、進めて。次のスローインのところで止めて」
(嘘でしょ……)
昴君は、料理を教えるのは適当なのに、サッカーの解説はスパルタだった。
私のメモには、ポジション、出身校、得意なプレーなどが書き足され、簡単な選手図鑑のような仕上がりになった。
「じゃ、テストね」
「は?やめて、無理だってば!」
「5番の選手名とポジション」
何だかんだで覚えてる自分に驚きつつ、昴君の喜ぶ顔が私のご褒美になった。
「あ。ポテサラもあるんだ」
ようやくサッカーの会話から解放され、ぐてっと背もたれに頭を乗せる。
「よく頑張りました」
そう言って、スプーンでポテサラを『あーん』……甘やかさないで……
「瑠璃さん、あのさ」
「ん?」
次はどんな問題だ?
身構える。
「キスしていい?」
「え?」
「この前の初キスは無かったことにされたから。今から正式なの、していい?」
「えっと」
目を瞑った昴君の顔が近付いてくる。
パニクってた部分もあると思う。
でも、今回のキスは、私も積極的に受け入れたことは確か。
***
翌朝、もともと早起きの昴君は更に早い時間に起きたようだった。
「もはや朝じゃなくて、まだ夜じゃない?子どもの遠足みたい。そんなに楽しみなの?」
冗談めかして言う。
「明日、初デートだから」
さらりと言ってのけたセリフに胸を打ちぬかれる。
(不意打ち、こわ!)
「瑠璃さん、これ着てみて」
ユニフォームを渡される。
「え?いいの?」
「俺、自分のあるから」
(これも自分のじゃないの?)
次に放たれるショットに耐えられる気がしなくて、不用意にしゃべれない。
ユニフォームを上半身に当ててみる。
「やっぱり似合う。瑠璃さん綺麗だから」
(今、死にたい。この瞬間が私の最期でいい)
耳が熱くてジンジンしてる。
「昴君、そういうのは……ね」
きょとんとこちらをじっと見てる昴君になんて言う?
この子はたぶん、なにも考えてない。
思ったことが口から出てそうだ。
「なんでもない。ありがとう」
身に余る賛辞は、有り難く受け取っておくことにした。
****
その夜、悪夢を見た。
過去と現実がごちゃまぜになっているセンスのない夢。
サッカースタジアムでユニフォームを着た私の隣にいる弘春……
一緒にサッカー観戦なんてしたことはなかったはずだったけど……
混乱していた記憶は、付き合い始めたばかりの頃、2002年、日韓共催のワールドカップ。
私たちは友人も含めた大人数で、スポーツバーに行った。
「瑠璃!紹介するよ、経済学部の弘春君」
「「あ」」
隣の大学に通う幼馴染が紹介してくれた弘春とは、バイト先が同じで、既に面識があった。
「なんだぁ、知り合いか。なら、話が早い。お互いフリーなんだし、付き合っちゃえば?」
悪酔いをしてる友達を一緒に介抱した。
まさか、そんなノリで付き合い始めることはなく、私たちはこれから2年間かけて、バイトでの仕事ぶりや、友人としての関係を通してお互いを知っていった。
この時は、『なんかいい人だな』ってくらいの印象だったと思う。
きっとドキドキしてたんだろうけど、今となってはもう思い出すことも出来ない。
「起きようかな」
アラームより早く目覚めた朝は、その時間をボーナスタイムでごろごろするんだけど、今日はそんな気分じゃなくなった。
このまま布団に潜っていると、弘春の思い出で、心が浸食されてしまう。
「おはよ」
あ、起きてたんだ。
「おはよ」
リビングで、昴君が作業をしている。
「なにしてるの?」
覗き込むと、選手名簿を一枚の紙にまとめてくれていた。
「そこまでして……」
『くれなくてもいいのに』って言いかけて、ほくほく顔の昴君に言葉を飲み込む。
「ありがとう。一生懸命覚えるね」
昴君は真っ直ぐな子だ。
そして彼は若い。
さっきまで思い出してた弘春とのイベントの年、彼はまだ生まれてない。
『恋愛に歳は関係ない』って信じたい。
だけど、現実的にそうじゃないことは分かってる。
(耐えられるのかな……)
終わらせなければならない関係に浸っていることが、自分をどれだけ惨めにさせてることか肌で感じる。
立ち直れないかもしれない未来を予想してるくせに。
不安が期待を上回っているくせに。
離れたくない、離したくない、『この感情』にしがみ付く卑しい自分が大嫌い。




