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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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12/33

12,決戦はハイヒール

昴君は8時ちょうどにやって来た。


「これ持ってくやつ?」


返事を待たずに、キャリーケースに重たい鞄を器用に乗せて運んでくれる。


私も小さいバッグをいくつか同時に持って、ついてゆく。


「お休みの日にごめんね」


引っ越し業者でも配送会社でも、自分で手配できたのに、昴君の手伝ってくれるという言葉に甘えてしまった。


家具の移動がないと、引っ越しはこんなにも簡単なのかと拍子抜けする。


「忘れ物ない?」


「うん。たぶん大丈夫。ま、弘春の引っ越しの時に手伝いに来ることになるだろうし」


不用意に彼の名前を口走ったことを後悔しながら、シートベルトを締めた。


「この車、昴君のなの?」


「じじいがくれた」


「あはは。さすがだね。我が社の御曹司とは知らずに、偉そうなこと言ってごめんね。会社の人には昴君の素性は内緒なの?」


「言うわけないだろ」


「言ったらいいんじゃない?そしたら、もっとちゃんと話を聞いてもらえるかもよ?」


私は先日の豆の進言を無下に扱われたことが気に入らなかった。


せっかく昴君が異変に気が付いて、わざわざ本社に足を運んだのにあの始末だもの。


「知ってたら、違う態度取るのかよ」


「そういうこともあるんじゃない?」


「店長は、今と違う態度取るのかよ」


「さあ、どうだろ。私はもう知ってしまったからね。昴君が私の態度が変わったかどうか考えてみてよ」


そう言ったけど、返事は聞かせてもらえなかった。




***




あっという間に新居に荷物を運び終わった。


まだ10時にもなってない。


「お礼にどこかに食事でもって思ったんだけど……ちょっと、お昼には早いよね」


「いい。俺、次あるから」


「あ。そうだったの?忙しいところ、ごめんね」


昴君はさっさと靴を履いて行ってしまった。


残念だけど、お礼は今度、改めてってことで。


リビングが大きめの2LDKだ。


リビングダイニングを中心に、両端に個室がある。


右の部屋は大きいウォークインクローゼットが備え付けられていて、ベッドがある。


一方、左は部屋自体は大きいが、収納が無く、家具は何もない。


右の部屋を使わせてもらうことにして、荷物を運び込む。


とりあえずスマホのスピーカーで音楽を流しつつ、靴と鞄を玄関のクローゼットへ。


半分どころか、四分の一も埋まらなかった。


洋服はすぐに着るものをハンガーにかけて、季節外れのものは鞄に入れたまましまった。


食器と調理器具をキッチンに収納したところで、チャイムが鳴った。


「NHKかな?」


インターホンを見たけど、誰もいなかった。


12時か……お昼でも食べに行こうかな……


ガチャ


玄関が開いて、昴君が入ってくる。


「え?忘れ物?」


一瞬目が合って、無視される。


「こんにちは!」

「よろしくお願いします!」


昴君の後ろから、引っ越し業者の人たちが元気に挨拶をしながら入って来た。


「どういうこと?」


昴君を捕まえて問い詰める。


「俺も住む」


「はあ?!なに言ってんの?嘘でしょ?」


「嘘じゃない」


私たちの不自然なやり取りに、引っ越し業者が立ち止まっている。


「あ、持ってきたのここ入れてください」


私と反対側の部屋を指さす。


「ちょっと!聞いてないんですけど!」


「言ってない」


「あのねぇ!こんなの困るよ。昴君と同棲するなんて、他の人にどう思われるか……」


肩を押されて、私の部屋に押し込められる。


「作業の邪魔になるから」


頭に血が昇っていくのが分かる。


(落ち着け。冷静に)


時間をかけて自分を取り戻してるうちに、嵐のように引っ越し業者は過ぎ去った。


「瑠璃さん」


優しい声で昴君が言った。


「店じゃないから、店長って呼ばない」


くらくらする。


「昼飯行こ。蕎麦がいい」




***




私は昨日のハイヒールを履いて出た。


歳の差を実感させなければと思った。


「あのね、昴君、私はお友達じゃないのよ。職場の上司なの。昴君が親切でやってくれているのは知ってるけど、やっぱりちょっと距離感がおかしいと思うの」


「どうして?」


……言葉に詰まる。


(どうして?)


その質問が『どうして?』なのよ、私には。


迷わず歩く昴君に付いて行くと、蕎麦屋の行列に並んでいた。


「すごい人気だね」


あまりにも普通な昴君に腹を立てるのを忘れてしまいそうだった。


「天ザルが最高」


「へえ。美味しそう。私も冷たいお蕎麦をいただこうかな。ねえ、いつから一緒に住むことにしてたの?」


「最初っから」


「社長にもそう伝えてあったの?私と住むって、社長に言ったの?」


「うん」


「分かってて、社長はお部屋を貸してくださったの?昴君は社長と住んでたんでしょ?」


「うん」


『当然』のように首を縦に振る、20歳も年下の男の子の扱い方が分からない。


「付き合っても無いのに女性と一緒に住むなんて、良くないんじゃない?」


「付き合えばいいじゃん」


正気を失いそうだ。


ぐっと足先に力を込める。


「私はあなたと親子ほども年が離れてるんだよ?」


「だから?」


「はたから見たら、私たちはカップルになり得ないの」


「関係ない」


「関係なくない。私には関係あるの。私はそういう『世間体』っていうのを気にするの。それに……昴君は恋愛対象にならないわ」


言いながら、どうしてこんなに苦しいのか自分でも分からなかった。




***




お通夜のようにお蕎麦を食べて、しんみりと帰ってきた。


私の気持ちが沈んでいる理由は分かってる。


言って、気付いてしまった。


昴君はもう私の恋愛対象になってしまっている。


昴君が好きだ。


だから、こんな気持ちになっている。


でも、それを認めるわけにはいかない。


昴君は『女アレルギー』を発症させない私に好感を持ってくれている。


おそらく、彼の人生で、私のような女性に会ったことが無いのだろう。


ひょっとすると『運命』のように感じているのかも知れないけど……


次の住まいを探しつつ、昴君が勘違いに気付くよう働きかけていくしかなさそうだ。


「珈琲いる?」


「うん。いただこうかな」


ポーカーフェイスの昴君だけど、さすがにしょげてるのが分かる。


「さっきは、きつい言い方してごめんね。昴君には感謝してるの。会社への貢献度は高いし、あなたの努力が職場の雰囲気を良くしてくれてるし、個人的にも……」


「個人的にも?」


「嬉しくないわけじゃないの。むしろ、光栄って言うか。こんなに若い男の子から好意を持ってもらえて、一緒に住もうなんて提案をもらって……」


「嬉しい?」


「そう。嬉しいよ。だけど、私は昴君の運命の相手じゃない。あなたには引き続き、相応しい相手を探し続けて欲しいな」


昴君がマグカップを持って、ソファの隣に座った。


太ももの外側や、二の腕がぴったりとくっ付く距離。


(……近いから!)


思ってはいるけど、動けないまま、カップを受け取った。


「初キス」


「へ?」


「瑠璃さんとだった」


あの朝、店内での出来事がフラッシュバックする。


「あれは……ほら、実験的な、アレルギー反応を確かめたい的な感じだったでしょ?感情がこもってないキスはノーカウントでいいんじゃない?」


「違うし」


そう言って昴君は自室に入ってしまった。


20代の男子だものね、多感な時期だと思う。


気持ちは嬉しいけど、私はそれを受け取ってはならない。


一時の感情で彼を後悔させないためにも、気を引き締めなくてはと思った。




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