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苦い恋は珈琲のあとで  作者: あおあん


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10/33

10,スコールは突然に

昨日のスコールから予期せず起こった、昴君の訪問と宿泊。


上司として間違ったことはしていないはずだ。


これと言って問題になるような事はなかった……はずだ。


昴君が着ていたスウェットを洗濯機に放り込む。


「楽しかったな」


困ったことに、私は昴君と同じ空間にいるのがとても心地よかった。


恋愛対象になり得ない歳の差が、ある種の安心感をもたらしているのかも知れない。


弘春には、なんかこう……もっと『異性』を意識していたように思う。


そう言えば、ここに越してきたきっかけもスコールだった。


私がキーホルダーをあげた30歳のクリスマス。


「え?プロポーズ」


急にそんなことを言われ、面食らった。


「なんで?違うけど……」

「なんだ。『一緒に住みましょう』的なことかと思ったわ」


照れ笑いをする弘春に聞いた。


「焦った?残念?」

「うーん……どちらかというと……残念」


付き合い始めて10年が経っていたから、結婚も視野に入れて同棲を検討し始めた。


ところが、それぞれの生活リズムに則った日常を送る中で、引っ越しを考えるのは面倒で、うやむやになりかけていた。


そんな時、昨日と同じような電車が止まるほどのスコールにあった。


「最悪だな」


ようやく休みを合わせて、私のバースデーパーティーを弘春が自宅で開いてくれていた。


「帰れないかも」


絶望的な気分だった。翌日の出勤に備えて、今日中に帰りたいと思っていたから。


「なんか、ごめん」

「謝らなくていいよ。雨は弘春のせいじゃないし」


その日は泊って、翌朝、帰宅途中に考えた。


なかなか合わない休日。


せっかく会っても、帰宅を気にしなければならないデート。


時間も精神的にもロスが多い気がして、本気で同棲を考え始めたんだった。


「結局、結婚はしなかったわけだけど……」




***




6時ちょうどに出勤した。


昴君は真剣な顔でローストした豆を齧っていた。


「へえ。そうやって味を覚えてるの?」

「はい」


一粒差し出してくれるけど……私はやらないんだけど……


受け取って齧ってみる。


粉々になったカスみたいなのを飲み込めない。


「出しなよ」


そう、昴君がペーパーを渡してくれた。


出していいんだ……ほっとして『ペッペ』とした。


「良くない」

「ん?」


良いも悪いも、私にはよく分からないんだけど。


「なにが?」

「ローストの具合が悪い」


袋を見てみると、本店から支給されてくるブレンドの豆だった。


「そうなの?本部に言った方がいいと思う?」

「店長、そんなことできんの?」

「やるよ。品質の悪いものをお客さんに出すなんて不誠実だもん」

「ふーん」


だけど、どこがどう悪いのか……ちゃんと伝えられる自信がない。


「あのさ、正確に報告をしたいから、一緒に来てくれない?」

「げっ」

「嫌かも知れないけど、昴君から説明してもらえないかな?私じゃ……情けないんだけど……どこが良くないか分からないから……」


『ふー』と鼻から大きく息を吐いて、昴君は「オッケー」と言ってくれた。


「君たちは朝から何の密談をしているんですか?」


山室君がからかってくる。


「おはよう。なんかね、豆の品質が良くないって昴君が言うんだけど、山室君、気付いた?」

「いや……いつの入荷分から?」


瞬時に真面目な顔になって、昴君の手元を覗き込んだ。


「昨日の入荷分、まだ店頭に出てない」

「そうか。焙煎の具合か?」

「たぶん」


山室君は豆をクンクン嗅いで「俺には分からん」と言った。


たぶん、それくらい機微なことなんだと思う。


だけど、気付いてしまった以上、無視するわけにもいかない。


「朝のラッシュは外せないから、午後、一緒に本部に来てくれる?」

「はい」




***




微妙にずっとパグってる昴君を連れて本社ビルに来た。


「そんな怖い顔しないで」

「客じゃねえし」

「分かるけど、喧嘩腰じゃ伝わる話も伝わらないから。お願いね」


会議室で20分も待たされて、ようやく品質管理課の課長とスタッフが2名で訪れた。


「わざわざお越しいただいて……確認しましたが、生産現場の方では何も変えていないと言ってまして、こう言ってはアレですが、気のせいなんじゃないかと……」


少し身を乗り出した昴君の腕を押さえる。


「分かっています。きっとほんの少しの変化なのだと思います。だからこそ、今なら原因を突きとめて、修正が可能なんじゃないでしょうか?放置をすれば、これが我が社の『顔』となる味に成り代わってしまいます」


鼻をポリポリと掻きながら、課長が面倒臭そうに資料を捲っている。


「見せてください」


昴君が初めて敬語を使った。


「それはできないよ。これは品管の極秘資料なんだから」

「ちょっと待ってください。同じ珈琲を販売している社員に対して、品質管理を『極秘』って……すみませんが、私にもその資料を見せてください」


はなから相手にされてない感じが気に入らなかった。


だから私もちょっとムキになっていたかもしれない。


「いくら繁盛店の店長だからって、ずいぶんと勝手を言いますね。本件は調べた結果、『問題ない』という回答に達したんですよ。今日は、もうお引き取りください。お疲れ様でした」


なすすべなく追い返されてしまった。


私はパグを超えて、ブルドック顔になっていたはずだ。


自分でも鼻息が荒いのが分かっていた。


「ごめんね。まさか、こんな対応されると思ってなくて」

「別に」


エレベーターに乗り込み、目を瞑る。

苛々し過ぎて、どうにかなりそうだ。


チーン


ドアが開いて、足を踏み出し、おかしいな?と気付く。


「え?どこ?」


見たことないフロアに戸惑っていると、昴君に手を繋がれた。


「こっち」


長い廊下を進んで、曲がって、また進んだ。


大きな扉が開け放たれている。


結婚式の会場みたいだ。


「じじい」


部屋に入って左を向くと、社長がデスクに座っておられた。


「ひぇっ」


変な声が出て、慌てて、昴君の手を振りほどく。


「今度はなんだ」


こちらを見ることもなく、社長が言った。


「あいつクビ」

「ふっ。またそれか……」


社長が笑いながらこっちを見て、私の存在に気付いた。


「渡邊さんもいらしたんですね。失礼しました。今日は、なにか問題でも?」


本部に報告するとは言ったけど、社長に直談判することになるなんて……思ってもなかったんですけど……


「品管の課長、クビ」

「だから昴、お前が気にくわないという理由で社員を解雇していたら、お前の店舗以外、社員が居なくなってしまうよ」

「うるさい」


社長はしかめた眉毛に手を当てて、小さく顔を振った。


「あの……お言葉ですが、今日の品管の課長の態度はないと思います。店舗からの声に全く聞く耳を持ってもらえませんでした」


「なにがあったんだ?」


「本店から仕入れた豆の異変に昴君が気付いたんです。それを報告に上がったのですが、調査する様子もなく『問題ない』と結論付けられてしまい、資料すら見せてもらえず……真摯な対応とは言い難かったので、昴君が怒るのも無理はないかと」


「なるほど。昴、根拠は?」


「ブレンドの豆がまずい」


「どうまずい?」


「くそまずい」


「なにが変わったんだ?」


「ブラジル減って、コロンビアばっか。あと、焙煎の機械が壊れてるか、ロースターが変わった」


そう言って、昴君は部屋を出て行こうとする。


「ちょっと待ちなさい、昴」


社長に呼び止められ、昴君が振り返った。


「ほら、例の」


そう言って、社長が昴君に鍵を渡した。


あ、そうだ。


「すっかり、お礼が後になってしまって申し訳ありません。この度はお部屋を貸していただけることになりまして、誠にありがとうございます」


「いえいえ。使ってない部屋だったんで、入居者が出来てよかったですよ。これは、あくまで私個人の所有物なので、会社とは無関係なことをお忘れなく」


「恐れ入ります。また、改めて、契約のお話をさせていただきに伺います」


「せっかくですが、私はあまり時間を取れないので、その辺は全て昴を経由してください」


「はい。承知しました。そのようにさせていただきます」




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